化物問答(巻第四「万の物年へては必化事」)

 伊予国のに山寺があった。

 郷里から三里ほど隔てた場所に建てられた寺である。

 草創の始め、という人物を本願主として寺は年月を送っていたが、いつの頃からか、化物が出て、住持の僧を獲るので、行方不明になってしまうと云われるようになった。

 実際、住持の僧がやって来ては、しばらくすると行方不明になるということが続いていた。

 現在は主のいない寺となっていて、甍やぶれては霧不断の香を焚き、枢おちては月常住の灯をかかぐ、といった様であった。

※『平家物語』灌頂巻「大原御幸」より。

屋根瓦が割れているため、流れ入った霧が堂内に立ち込めて、さながら不断の香煙(仏前に日夜間断なく焚き続ける香煙)を焚いているかのごとくである。扉が朽ち落ちているため、月光が室内に差し込み、あたかも常夜灯を掲げているかのようである、という意。


 そんな中、関東は足柄より上ってきた僧が、にゐの下へとやって来て、この山寺の住持を志願した。

「幸い、今は無住なので、たしかに住持になることは容易いが、この寺はしかじかの仔細があって、一時であってもなかなか堪忍できないだろう」

 にゐがありのまま話すと、

「さればこそ、志願いたしました。ぜひともかの山寺へ行かせてください」

 僧の決意は固かった。

 それでもにゐが渋っていると、僧は強引に山寺へと向かった。


 山寺へ着いてみれば、まこと年久しく人の住んでいない様子で、荒れ果てている。

「これは化物が住むと云われるのも首肯できる」

 僧は思った。

 そうして夜になり、しばらくすると、

「物申さん」

 門の方から声がする

 さてはにゐから遣いが来たのかと思っていると、寺の内から、

「どうれ」

 急ぐともなく声が答えた。

は、中にいらっしゃるか。にて候。お見舞いに参りました」

 門の方から何ものかがぞろぞろと入ってきた。

 ゑんよう坊と呼ばれたものが内から出てきて、やってきたものどもを出迎えた後、

「ご存じの通り、久しく生の肴も絶えて、手に入らなくなったところに、思いがけず人間が一人やって来ている。もてなしに不足はなかろう」

 そう云うと、

「まこと珍しいこともありますな。何よりのおもてなしにございます。夜と共に、その人間を肴に酒盛りをいたしましょう」

 他のものどもも興に入った。

 僧は、元より覚悟していたことではあるが、これから彼らの餌食になると思うと悔しい気持ちでいっぱいになった。

「それにしても化物の名を確かに聞いた。まず、というのは、丸瓢箪のことだろう。は、ひつじさるの方角の川の鯰のこと、いぬいの方角の馬の頭、たつみの方角の蛙の三本の脚のことであろう。うしとらの方角の古い朽木の倒木であろう。彼らのようなものがいかに功を経たからといって、何ほどのことがあろうか」

 そう考えて、常に携え、突いて歩いている筋金を入れた棒を握り、

「この棒でどいつもこいつも一打にて成敗してくれよう!」

 大音声で呼ばわった。

「貴様ら化物の程度は知れている。これまでの住持は貴様らの正体がわからず、遂に殺されてしまった。だが私は違う。手並みの程を見せてやろう」

 僧は棒を構えなおすと、化物どもに襲いかかり、こちらでは打ち倒し、あちらでは追い詰め、丸瓢箪をはじめとして化物を皆、一打のうちに打ち割って、四つの化物を散々に打ち砕いた。その他にも眷属の化物がいたが、ふすべ、割れた擂鉢、欠けた皿鉢さはち、擂粉木、木履ぼくり足駄あしだ、御器の欠片、味噌漉し、笊籬いかき竹寸切たけずんぎりなど、数百年を経たものどもが、形を変じて、つきまとってきた。

 それらも僧の棒に一撃殴られれば、どうして堪えきれよう、ひとつ残らず打ち砕かれて、棄てられてしまった。

 夜が明けて、にゐが遣いを出してみれば、僧は恙無い様子であった。

 にゐ本人が寺までやって来て、何があったのかと問えば、僧は昨晩の出来事を詳しく語った。

「真に智者なり」

 にゐは感嘆し、僧を中興開山としたので、現在まで絶えることのない古刹となり、仏法繁昌の霊地と呼ばれた。

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