蓮台野の塚の化物(巻第三「れんだい野にて化物にあふ事」)

 京の蓮台野には塚が多いが、その中でも不思議な塚が二つあった。

 二つの塚の間は二町ほどの距離で、一つの塚は夜な夜な火が燃えて、他方の塚は毎夜、極めて不気味な声で、

「こいや、こいや」

と呼ばわる。

 京中の、富貴な人からそうでない人まで戦慄し、夕方になるとこの塚の辺りに立ち寄る者は無かった。


 ある時、若者たちが集まって、

「サテ、誰か、今夜、蓮台野に行って、例の塚で呼ばわっている声の正体を明かしてやろう、という者はいないか」

と話していると、中でも力持ちで、大胆不敵な男が進み出て、

「己が行って見届けてきてやろう」

と云うや、座敷を発ち、蓮台野へと向かった。


 その夜は、折しも殊に暗く、目の前も見通せない。加えて、雨も降ってきて、荒涼としてもの寂しいことは云いようもない。

 そうして、例の塚に到着したので、耳を澄ませば、噂に違わず、

「こいや、こいや」

と呼ばわる声がする。

「何者なれば、毎晩このように呼ばわるのか」

 男が大声で云うと、その時、塚の中から年頃四十余りの、肌が青く、黄ばんだ女が現れた。


「これから申し上げることは他でもありません。あちらに見えます、燃える塚まで、妾を連れていってくださいませ」

 女が云うので、男は恐ろしいとは思うものの、構えていたことではあるので、易々と請け負って、もう一方の塚へと女を連れていくことにした。

 燃える塚へと到着し、女が塚の中へ入っていったかと思えば、塚が鳴動し始めた。

 長いこと鳴動して、しばらくすると、女が塚から出てきたのだが、眼は日月のように光り輝き、全身は鱗に覆われ、まさに鬼神の姿へと変じており、とても直視できなかった。

「また元の塚へ妾を連れて帰りなさい」

 女が鬼神の姿で云うので、今度はさすがに、男は気力も魂も消え失せてしまった。

 しかし、とても断ることができる様子ではないので、元の塚まで女をおぶって帰ることにした。


 サテ、元の塚へ帰ると、女は塚の中に入り、ややあって、元の女の姿で再び現れた。

「さてもさても、そなたのように剛勇の人がいらっしゃるものなのですね。今は望みを達成して、身に余る満足を感じております」

と云って、女は男に小さな袋を差し出した。

 受け取ってみれば、何が入っているのかはわからないが、ずっしりとした重さがある。


 男は鰐の口の中から逃れたような心地で、家路を急いで帰った。

 そして、先刻まで一緒だった友人らに会うと、しかじか語った。

 友人らは男の手柄に感じ入った。

 袋の中身はなんだったのであろうか、知りたいものだ。

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