第71話 いざ出陣

 暗い森というのは不気味なものだ。


 どうでもいい話だが、森には魔物とか魔女とか住み着いているという外国の逸話がある。

 この別荘周りの森を見てみると、そんな伝説の意味が分かったような気がした。


 ……なんて博識な事を言っている場合ではないが。


「懐中電灯よし、医療キットよし。フェーミナ、オーケーですぜ」


 舞さんが持っているショルダーバッグの中身を、光さんがチェックしていた。

 舞さんが後方支援なので、荷物持ちを志願したのだ。


「では行きましょう。遅くなると奴が何をしでかすのか分かりません」


「ああ」


 フェーミナの言葉に、俺達は玄関から目的地へと出発しようとした。


「悠二さん……!」


 ただその時、背後から波留ちゃんがやって来る。

 俺が足を止める中、彼女が俺の手を包み込んだ。


「無事でいて下さい……もし何かあったらあたし……」


「……心配しないで。アイツを倒したらすぐに戻ってくるから。それまで家にいてほしいな」


「……はい……悠二さん、気を付けて下さい……」


 まるで戦地に向かう夫を想う妻みたい。

 いずれにしてもなんて健気な子だ。


「……玲央ちゃん、すかさずスマホ取り出すのやめてくれないかな」


 ちなみにこの瞬間を撮影でもしたかったのか、玲央ちゃんがスマホを取り出していた。


「なっ、何で!? 愛くるしさとイケメンさが混じり合ったユウ君とまるでヒロインのようにユウ君を心配する健気で可愛い波留ちゃんの微笑ましくてイチャラブで砂糖が出そうなシーンを何故撮ってはいけない!?」


「そういうところだよ……とりあえず、波留ちゃんの事は頼んだよ」


「うーす……」


 不満そうな顔で、玲央ちゃんがスマホをしまった。あと「チッ、つまんねぇの……」とか聞こえた。

 波留ちゃんはもう慣れてしまったのか、乾いた笑みを浮かべている。


「じゃあ、行ってきます」


「はい……」


「お気を付けてー」


 俺達は波留ちゃん達に見送られながら、別荘を後にした。


 目指す先は目玉の潜む場所。

 森の中は薄暗く、たまに虫のさえずりが聞こえるくらいの静けさをしている。幽霊が出てきても違和感ない雰囲気だ。


 フェーミナはアルマライザーに戻った後、光さんの手に握られていた。

 ここで巨人に変身せず、様子見をしたいらしい。


「……次の怪獣は……パワータイプ……いやアメミットと被る……。スピードタイプ……」


 新しい怪獣の考案中か、バッグを担いだ舞さんがブツブツ呟いた。

 彼女は割と念には念を入れるタイプだ。怪獣がより強大だった場合、アメミットに変わる新戦力を考えているところだろう。


 何せ、あの目玉の怪獣としての姿が想像できない。


 まさかあのまま戦う訳がないだろうから、どうにかして本来の姿に戻るはずだ。

 オーソドックスな二足歩行か、それともアメミットのような四足歩行か。まさかスライムのような不定形ではないだろう。


『……あれは?』


「えっ? あっ……」


 フェーミナの声を聞いた後、俺達は止まってしまった。


 何故かというと目の前の樹木。その表面が網目状の物質に覆われているのだ。

 ツタなのかと思い懐中電灯を当ててみると、何故か明かりに反射している。俺は恐る恐る樹へと近付いた。


「……粘液とはまた違うな……」


 だとすると……これは金属だろうか?


 言うなれば液体金属。

 本当のところ金属なのか分からないが、でも見た目の質感はまさにそれだった。


 ……液体金属か。

 怪獣王のアニメでそれを操る奴がいたが、まさかな……。


「光ちゃん、あっちにも……前からこんなのあった?」


「ないない。フェーミナ何だと思う?」


 嫌な予感を覚えたところ、舞さん達が別の樹を覗いていた。

 俺が見ていた樹だけではなく、他のやつにも物質が纏わりついているようだ。


『見た目から金属に近いかと思われます。こんなものが自然界に現れるとは思えないので、あの目玉の仕業かと』


「何の為でしょう?」


『分かりません。しかしあの目玉がしているのなら、こちらに不都合な事が……』


 ――ゴゴゴゴゴゴゴ……


 舞さんへとフェーミナが答えた途端、急に地響きが鳴り出した。

 

 地震かと思ったその時、俺達の近くの地面がポップコーンの如く爆ぜる。

 そこから出てきたのは、太くしなった数本の触手だ。しかも樹に纏わりついた物質と同じ質感をしている!


「奴の差し金か!?」


「わたしに任せて!!」


 光さんがアルマライザーから光刃を出す。


 金属を帯びた触手が、鋭い先端を光さんへと伸ばした。

 彼女は華麗に回避し、アルマライザーの光刃で斬る。斬って斬って、斬りまくる。


 最後の1本に対しては、アルマライザーそのものを投げた。

 見事にそれを斬り落とす事に成功。アルマライザーは後ろの樹にカツンと刺さった。

 

「ふふん、どう悠二クン?」


「お見事っす」


 気付けば舞さんと一緒に拍手をしていた。

 これを受けた光さんは鼻高々だ。


「中に眠っているフェーミナのおかげで、身体能力上がっているからね。体育の成績もガンガン上がったよ」


 まさかの才能の無駄遣い。

 光さんが樹に刺さったアルマライザーを取りに行こうとするが、その足元が盛り上がるのを俺は見逃さなかった。


「光さん!!」


「えっ!? キャア!!」


 忠告虚しく、光さんが数本の触手に雁字搦めにされた。

 身動きを取れなくなった彼女が絞めあげられてしまう。


「あっ! くっ! うっ……」


『光!!』


 アルマライザーからフェーミナが叫ぶ。


 もちろん助けない訳にはいかず、俺が自分の爪で触手を切り裂いた。

 上から落ちた光さんをキャッチした後、まだ生きている触手も切り裂く。これで全滅だ。


「大丈夫、光ちゃん!?」


「う、うん……悠二クンが助けてくれたから……ありがとう悠二クン」


「ああ、無事でよかったよ」


 光さんを降ろした後、彼女が改めてアルマライザーを引き抜いた。

 するとフェーミナが、


『光!! ああいう事が起こるのですから、決してアルマライザーを手放してはいけません!! そもそもアルマライザーは変身にも使うのですから、荒っぽい使い方をしないで下さい!!』


「ご、ごめん……フェーミナ……」


『今回は悠二さんがいたのでよかったですが、もしそうでなかったのなら……。次からは気を付けて下さい』


「はい……」


 意気消沈な光さん。


 フェーミナがマジで怒るのは初めて見たが、彼女なりに光さんを心配していたのが分かる。

 交通事故に遭いそうになった子供を、キチンと叱る母親のようなものだ。


『悠二さん、ありがとうございます。あなたのおかげで光は救われました』


「どうって事はないよ。それよりも先に進もう」


 脅威が去ったところで、俺達は再び歩を進める。

 しばらくは無言だった。ただ数分経ったところで、舞さん達が小声で話し始めていた。

 

(悠二クンにお姫様抱っこされちゃった~……まだドキドキするよ……)


(光ちゃん大丈夫?)


(別の意味で大丈夫じゃないよ。これ勇美に言ったら殺されるかもねー)


『お2人とも、静かに……』


「「……はい……」」


 フェーミナ母さんがすぐに叱るという。


 ともあれ俺はまた感知能力を強める。

 奴は未だ動いていない様子。となると、もしかしたら俺達を来るのを待っているのかもしれない。


 さらに進むにつれ、樹木に纏わりつく液体金属が濃くなっているような気がした。

 これがあの目玉が出しているとならば、奴を中心に浸食が始まっているのかもしれない。


 やがて目的地が近付いた頃、俺達は愕然とする事になった。


「……何ここ……」


 舞さんの言う通り、本当に森の中なのかと思うくらいだ。


 完全に森が液体金属に取り込まれ、歪な形状になっていた。さらに液体金属で出来た突起物のようなものがそこかしこに生えている。


 まるで鋼の異世界に来た気分だ。

 俺達は固唾を吞みながらも、目的地をそっと樹の陰から覗いていった。


 そして見つけた、あの機械目玉を。


「そういう事か……」


 俺が呟いたのには、奴の様子に理由があった。

 

 奴の下部からドロドロと金属色の粘液が溶け出ている。あれが液体金属の元らしい。

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