6章

第53話 怪獣と怪人

「お待たせしました。ボロネーゼとヴォンゴレです」


「ヴォンゴレは私です。ボロネーゼはこの子に」


 ウェイターが俺の前にボロネーゼを置いてくれた。


 今、俺と舞さんはイタリア料理店に来ている。

 たまには外食をしようと舞さんが提案して、それでこの店を選んだのだ。


 俺が頼んだボロネーゼはひき肉たっぷりのパスタで、舞さんのヴォンゴレはアサリが入った白ワインベースのパスタ。

 舞さんがヴォンゴレをスプーンでくるんでから、小さい口へと運んだ。


「美味しいー。悠二君も食べて食べて」


「ああうん……」


 俺もボロネーゼを食べてみた。

 確かに美味しい。美味しい……のだが、舌がおかしいのだろうか。味が薄いような感じがする。


 まさか店が薄味に仕立てる訳がないし、現に舞さんがそこら辺を気にしていない。となると自分に原因があるとみた。

 まだ引きずっているだろうな……。とにかく残す訳にもいかないので、ボロネーゼを何度も口に運んだ。


「あっ。悠二君のほっぺ、ソースが付いている」


 黙々と食べていた途端、舞さんが布巾で俺の頬を拭いてきた。

 こんな事されたの幼少期以来だ……何だが恥ずかしい。


「そこまでいいって……」


「あれ? もしかして照れちゃってる? 悠二君ってウブなんだ」


「ウブというか……その……」


「照れてるところもいいなー。というか触ってて思ったけど、悠二君のほっぺた柔らかいねー」


 ニコニコしながら、両手で俺の頬をモチモチ触ってきた。


 やめて! これめっちゃ恥ずかしい……!


 ……と思ったが、舞さんの両手もかなり柔らかいので言うに言えなかった。


「何これプニプニしてる……うらやましい……」


「俺としては舞さんの肌の方がプニプニしてそうだけど……」


「そう? じゃあ触ってみる?」


 舞さんの顔が近付いてきた。

 ここでやらないと言うのもアレなので、恐る恐る触ってみる。


 ……ツルツルしてらっしゃる……。


 いつも風呂上がりとかにケアしているからか、お肌がツルツルのスベスベだ。

 まさに美女の肌……。


「あっ、悠二君の触り方すご……」


「誤解を与えるような言い方やめて下さい……」


 触られて感じる舞さん……エロいな。


 その後に料理を味わってから、俺達は帰路についた。

 もう夜になってしまったのか空が真っ暗、満月も明るく光っている。遠くにあるビル群にもネオンの光が灯っていた。


「どう悠二君、美味しかった?」


「うん……たまには外食もいいかもね」


 舞さんに対する返事がからっきしだ。本当に情けない。


 そんな情けなさを紛らわすよう、スマホで時間を調べてみた。

 見る限り6時半頃、俺達が入ったのは5時ちょっとなのでかなり長居したようだ。


「……あれから1週間か」


 時計と共に表示された月日は7月20日。

『怪人』が初めて確認されてから1週間経っている。

 

 あれ以来、怪人はおろか怪獣も襲来していなかった。ついでに玲央ちゃん達……特に波留ちゃんとも会っていない。


 玲央ちゃんはともかくとして、波留ちゃんと会っても気まずい雰囲気になるのは目に見えている。

 彼女は俺が怪獣だと知って、かなり複雑そうにしていたのだから。


 ……こんな事なら明かさなければよかった。


 自分で口にしたという自業自得があるとはいえ、波留ちゃんには悪い事をしてしまった。

 だからこそ彼女ともう一回話をしたいのだが、なかなかどうしてか踏ん切りがつかない。


「波留ちゃんのこと、考えている?」


「えっ?」


 思っていた事が舞さんにバレてしまい、俺は目を白黒させた。


「どうしてそれを……」


「さっきから心ここにあらずな感じだったから。原因があるとしたら波留ちゃんの事だろうなって」


「……お見通し……か。ちょっとあれは軽率だったと今でも思うよ」


「まぁ、確かにそれは思う。そういうのは順序立てて話さないと」


「うぐっ……」


 舞さんにしては容赦ない指摘。まさに「心に突き刺さる」という感触を味わってしまった。


 しかし彼女の言う通りだ。

 勇美さん達が受け入れてくれたからという前提の元、深く考えないで話してしまったのは事実だ。


「玲央ちゃんが言ってた防衛軍が拉致云々とかじゃないけど、普通とは違う人間は引かれるものだよ。アルティシリーズで主人公が巨人だってなかなか明かさないのもその為だし」


 舞さんの言うアルティシリーズや俺の世界にあった光の巨人シリーズには、確かにそういう事がよくある。

 中には人外ではないかと疑われた独り身の少年が虐待に遭う話なんてある。


 さすがにアレほどではないだろうが、この先波留ちゃんは俺の事を避けてしまうのだろうか……。

 憂鬱だ。憂鬱すぎて頭がモヤモヤしそうだ。


「だからさ……そういうのは時間置こうよ」


 俺が落ち込んでいる時、舞さんが言ってきた。

 彼女は夜空を見上げていた。


「この間の様子から怖がっていた訳じゃないし、きっとあの子も整理したいんだよ。だからもう一回会ったら……じっくり話し合おうよ」


「…………」


 いつもほんわかしている舞さんだが、こうして俺に後押してくれるなんて。


 しかし救われた。

 これからどうしようと考えた俺にとって、その言葉はまさに背中を押してくれるものになっていた。


「そうだね……ありがとう、舞さん」


「どういたしまして。さっ、早いとこ帰ろうか」


「そうだ……」




「キャアアアアアアアアア!!」


「そうだね」と言おうとした瞬間、尋常ではない悲鳴が聞こえてきた。


 周りはビルだらけで何もない。となるとビルの路地裏からか。


「今のって……!?」


「俺、行ってくる!! 舞さんは先に帰ってて!!」


「わ、分かった!」


 正直、舞さんを1人にするのは気が引けるがやむを得なかった。


 人よりも感知などが優れている俺からすれば、悲鳴の場所を探るのは造作もなかった。

 ただ愛知県に出てきた怪獣を感じ取れる俺が、悲鳴を聞くまで分からなかったのは意外だ。もしかしたらかもしれない。


 目的地と思われる場所に着くと、ある光景が目に入った。


「ハァ……ハァ……!! 何、何なの!?」


 OLらしき女性が路地裏を走っていた。必死に荒い息を吐きながら。

 背後から迫っているのは異形の怪物。黒い鱗と鎧を持ったトカゲ人間……俺達が以前『リザードマン』と名付けた怪人の同型だ。


 そのリザードマンは今までの個体と違い、背が高いうえに手足がひょろ長い。先のリザードマンが2メートル近くなら、こちらはその倍の4メートルといったところだ。

 しかも尻尾を含めた全身に鋭い刃を生やしている。下手に近付いたら傷が付くような危険さだ。


「キャッ!!」


 OLさんがつまづいて転んでしまう。

 チャンスとばかりに、リザードマンが長い舌を垂らしながら腕を振り上げていた。俺はすかさずビルの壁面で三角飛びをし、飛び蹴りを奴にかます。


 ――ガアア!!?


 蹴りがよほど効いたのか、リザードマンが大きく倒れる。

 俺はOLさんの前へと守るように降り立った。


「えっ!? 男の子!? えっ!?」


「早く逃げて!! 奴が起きる前に!!」


「あっ……うん!!」


 OLさんが逃げていくのを見届けた後、俺はリザードマンへと視線を移す。


 やはり出てきたのは怪人のようだ。

 怪人は怪獣よりも感知が薄い傾向にある。少し集中すれば気付くかなといったレベルだ。


 リザードマンが首を振りながら立ち上がり、俺に獰猛な瞳を向けてきた。

 俺はすぐに両腕の爪を鋭くさせる。


 ――グオオオオオオオ!!


 おぞましい鳴き声を上げながら腕を振るってきた。


 腕には刃が付いているので、なるべく当たらないよう後ろに飛び下がった。その刃が振るわれるたび地面を大きく削っていく。

 さらにリザードマンが身体をひねらせ、あたかもコマのように回転し始めた。刃付きのコマが周りの壁に切り傷を作る。


 どのように察知しているか不明だが、回ったまま俺へと正確に向かう。

 もちろん対処しようとした俺だが、その時身体が一瞬光った。


『悠二君、プロフィールに能力追加しておいたよ! 「人間形態でも怪獣の能力を使える」って感じの!』


「そうなんだ! ありがとう!」


『うん、家で待ってるから! 無事戻ってきて!』


 能力が追加されるなんてありがたい! しかも今の状況にもってこいと来た!


 一方で回転したリザードマンが肉薄する。刃が俺の顔に突き立てられる直前、奴の真上へと跳ぶ。

 そして右手のひらを突き出し放った。自分の十八番の≪サルファーブレス≫だ。


 ――ギャアア!!


 手のひらから放たれた熱線が、リザードマンを貫いた。

 俺が地面に着地した後、奴の身体には風穴が空いていて、さらにドロドロに溶けてしまった。


「よし……」


 咄嗟に使った技だが、上手くいったようだ。


 それに呆気ない最期だ。

 怪人リザードマンが弱いのではと思いたくなるが、しかし理由はなくもない。


 こんなナリをしているが、あくまで俺は人知を超えた存在である『怪獣』だ。

 対しリザードマンは怪物の域を出ない『怪人』。『怪獣』と『怪人』……その力の差は歴然だ。


 俺は両腕を元に戻し、一息を吐く。

 すると背後から自分を呼ぶ声がしてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る