第25話 出店の場所決めタイム

 ある日の放課後。出店で出す予定の鉄板焼き屋のメニューが一通り決まり、鉄板のレンタルも可能ということを伝えた俺は一クラス半くらいの人数が入りそうな特別教室に来ていた。


 隣にはみーちゃんも居る。今日は出店を出す場所の抽選会が行われるのだ。


「ねぇ皆川。何で先生こっちをチラチラ見てんの?」


 不思議そうな顔で訊いてくる。先生、つまりこの場を取り仕切る担当の先生は何故か俺達の方を心配そうに目配せしていた。


 ……これが知らない先生だったら俺も分からないけど……ユキドケで醜態を晒しに晒した眞鍋先生だからなぁ……。


「悪酔いしたことを広められてないか心配なんだよ」

「ああそういう」

「みーちゃん……じゃない御代は変装してたからバレてないだろうし、もし先生がこっちに来ても下手なことは言わないようにね」

「わかった」


 そんな会話をしてると眞鍋先生は周りの目を気にしながらもそそくさとこっちに向かってくる。別に言うつもりは無いからそんなに警戒しなくても……。


「き、奇遇ですね皆川君! 調子はどうですか!?」

「そんな英語の教科書みたいな話し方しなくても。別に言いふらしてませんよ」

「そそそんなつもりはありませんわよ!? ただ万が一ポロッと出ちゃってハゲに聞かれたらって思うと……夜も寝れなくて……!」


 必死過ぎる。そうなるくらいなら飲まなきゃ良いのに……。


「あ、あのね? 実は先生場所決めの担当にさせられたの!」

「はぁ……」

「……実はここだけの話、皆川君のクラスを良い場所に仕込むことが出来るかもしれないの」


 その代わりあの日のことは誰にも言わないで、とでも言うつもりなんだろうか。


「その代わりあの日のことは誰にも言わないで!」


 予想通り過ぎて悲しくなるよ先生……。本当に大丈夫だからそんなことしなくても良いよ……?


「ああもう私のバカ……せっかく良い人と出会えたと思ったのに……!」

「弥太郎さんのことですか?」

「!? 知ってるの!?」

「そりゃまあ弥太郎さんは常連ですし……。昨日もラインしてましたけど……」

「ね、お願い! 連絡先なんだけど先生に教えてくれないかな!? どうしても謝りたくて……なのにアプリのメッセージはバグで届かないようになってて……」


 それ多分ブロックされてますよ。言ったら泣くかな。


「先生それブロックされてるんじゃない?」


 みーちゃんそれはストロングスタイル過ぎるよ!? そんな直球で言ったら先生泣いちゃう!!!


「そっそんなわけないでしょ!? 弥太郎さんと先生は運命の赤い糸で結ばれてるの! あんまり酷いこと言うと先生泣いちゃうからね!?」

「皆川もそう思うでしょ?」

「嘘だと言って皆川君!!!」

「と、とりあえず渡して良いか弥太郎さんに聞くので! それで落ち着いてください!」


 急に大きな声を出すから周りの注目を集めてしまう。やめてくれぼっちは視線にビンビンカンカンしてるんだ。



やっち︰弥太郎さん、今大丈夫ですか?


弥太郎︰お! やっちから連絡してくれるなんて珍しいな! どっか飯でも奢ってほしいのか? いつでも良いぜ!


やっち︰眞鍋って人覚えてますか?


弥太郎︰忘れるわけねぇだろ……あんな酒乱……。


やっち︰実はその眞鍋先生から弥太郎さんの連絡先を教えて欲しいって言われてるんですけど、どうしましょうか?


弥太郎︰この度は、弥太郎とのマッチングをお受け頂き、まことにありがとうございました。先日の食事での人柄や会話内容を精査した結果、弥太郎では眞鍋様が活躍できる関係をご用意することができないという結論に至りました。

 せっかくご足労して頂いたのにも関わらず、申し訳ございません。まことに心苦しいのですが、なにとぞご了承いただけるようにお願い致します。

 末筆ではありますが、眞鍋様のより一層のご活躍をお祈り申し上げます。


弥太郎︰オレには荷が重い。


弥太郎︰んじゃオレ仕事あるから! また飯行こうな!



「……すみません先生、この時間は弥太郎さん仕事なので返信来ませんでした」


 これが世に言う優しい嘘か……。遠回しに気付いてくれないかな先生……。


「そ、そっか! そうだよね弥太郎さん社会人だもんね! 返信が来たら教えてね、皆川君!」


 そう言って先生はルンルンで教壇へ戻っていく。弥太郎さんとの縁がまだ切れてないってわかって嬉しいんだろうなぁ……ごめんなさい先生……勇気のない俺には真実を言えませんでした……。


「ね、皆川。ホントに返信無かったの?」

「……これ読んで」


 俺は心の中で涙を流しながらみーちゃんにスマホを渡す。


「……えっと、これってお祈りメールってやつ?」

「弥太郎さん、人事部に居るんだろうね」

「それはそうかもだけどそうじゃなくて」

「弥太郎さんは人事部。それでこの話は終わりにしよう」

「……先生……」


 みーちゃんは憐憫を込めた視線で先生の方を見つめる。たとえ独り身のままでも俺は応援してますからね……弥太郎さんの連絡先は許可が出ない限り渡しはしませんけど……。


 しばらくそんなことを考えていると、やがて今回の主題である出店の場所決めが始まった。眞鍋先生は既にいつもの調子に戻って簡単な説明を始める。


「出店の場所は校門前の十箇所に限られています。当然来客された方々が初めに目にするところにあるので、売上が目的の人達はそこを選んで損はないでしょう」


 要は立地条件。学生の真似事とはいえ飲食店を出す以上重要であることに変わりはない。


「今回出店を出すことにしたクラスの数は十五クラスです。だったら十箇所から漏れたクラスは出店を出せないのかと言われると、そういうわけではありません」


 でないと今日に至るまで話し合った内容に意味が無くなる。学校側もそれは承知しているのだろう。


「みなさんには校門前の他に自分の教室で出す選択肢があります。立地こそ校門前には劣りますが、その分規模は校門前の二倍くらいはあるので、食べ歩きではなく食事をメインに据えているクラスは教室で出すことを考えても良いかもしれません」


 これが第二の選択肢。去年将棋しか指してなかった俺は知らなかったけど、どうやら教室で催し物を出しているクラスも少なくはないらしい。


 そして俺達が話し合って選んだ場所は教室だ。鉄板のレンタル数如何いかんによっては出店一択だったけど、無料で三つ借りれるってことと提供するものが腹持ちの良い粉物が決め手となった。


 ……まあつまり、さっき先生が賄賂として提示してきた出店はそもそも選ばないんだけど……まあどうせ言うつもりはないしね。何回か説得すればわかってくれるはずだ。


「じゃあ出店を希望するクラスは文実の一人が手を挙げてください」


 そう言われて手を挙げるクラスの数は十二。当然俺は挙手していない。


「あ、あれ? 皆川君のクラスは良いの?」


 さてはこの人賄賂が通用しないことに焦りだしたな?


「アタシらは教室希望だから別に良いし。てか帰って良い?」

「うーん……。で、でも売上は絶対出店の方が良いよ? 教室で出してるところは毎年そこまで稼げてないよ?」


 先生は一体どの立場なんだ。てか仕切り役がそんなこと言ったらダメだろ。


「アタシらは教室で良いから。帰るのがダメなら早く進めて」

「わ、わかった! じゃあ教室希望のクラスは帰って良いから……その、ね? わかるよね皆川君?」


 どんだけ必死なんだこの人。別に言わないって……。


 ともかく、それを聞いた俺達含む三クラスは早々に席を立った。おい先生去り際にウインクしてくるな出来てませんよ。面倒な縁が結ばれたなぁ……。


「……この後どうしよっか? 教室でメニューの精査とか原価率でも計算する?」


 俺は何気なしにみーちゃんに問い掛ける。この後はお互いバイトも無いし、放課後デートをするにしてもみーちゃんが学校モードだからね。時間を無駄にすることなく出来ることと言ったらこれくらいかな、なんて簡単に考えていた。




 ──だけど俺は、みーちゃんの次の言葉でフリーズしてしまった。




「……うち今日家族が帰ってくるの遅いんだよね。だから、その……。……家、来ない?」

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