第19話 数学(イチャイチャ)の時間

「あれ、皆川氏が驚くのは分かるけど何で海侑も?」


 そうだよな。今の状況って整理したら遠くからみーちゃんを愛でよう同盟に入った俺が盟主にライン交換を求められたってだけで、肝心のみーちゃんは同盟のことすら知らないんだもんね。まあだからこそ驚いたんだろうだけど……。


「あ、アタシ!? 別に驚いてないけど!?」

「そう? 明らかにビックリしてた気がするけど……」

「別に!? アタシは別に皆川が誰とライン交換してようが関係……無いし……」

「とっとりあえず授業始まるからまた後にしない!?」


 まずいみーちゃんが泣きそうになってる!!! 心配になるよねそうだよね本当ごめんね!!!


 俺はスマホを爆速でフリックしてみーちゃんにラインを送る。



やっち︰世良氏とはこれから前後の席だしよろしくみたいな感じで言ってきたんだと思う! 俺が好きなのはみーちゃんだけだよ!


みーちゃん︰別にライン交換しても良いですから。何も気にしてませんし。ただの友達ですもんね。



 お、おっと……? さっきに比べて落ち着いてそうだけど……大丈夫か……?


 チラっとみーちゃんを横目で確認する。あっダメだ半泣きのままだ強がってるんだこれ。


 俺は椅子をみーちゃんの方へ動かし、世良氏には聞こえないくらいの小声で呼びかける。


「みーちゃん。ちょっと良い?」

「!? 学校でその呼び方は……!」

「不安にさせちゃってごめん。でも俺が好きな子はみーちゃんだけだよ」

「……やっち先輩……」


 完全に乙女スイッチがオンになった状態で僅かに手が触れ合う。後ろには世良氏が居るからさっきの国語の時みたいに手を繋ぐことは出来ないけど、控えめながらもお互いの手の甲は確かに体温を伝えていた。


 ……席が隣ってことはもしかして毎日こんなことが出来るのか!? やべえめちゃくちゃテンション上がってきた!!!


「数学の授業を始めますよー。みなさん席に着いてくださいね」


 先生が入ってきてイチャイチャタイムは一旦終了する。しゃーない戻るか……。


 後ろからつんつんされる。なんだなんだ、みーちゃんの前で不用意に話しかけないでくれ怖い。


「今の海侑超可愛くなかった? 皆川氏を自分の彼氏に置き換えちゃったのかな」


 惜しい。正解はみーちゃんの彼氏がそもそも俺でした! テストに出たら正答率0パーセントでクソ問って呼ばれるやつだね!


「めちゃくちゃ可愛い」


 そしてちゃんと同意する。あと嬉しい。若干ゆがんでるけどね。


 チャイムが鳴り、数学の時間が始まる。整数苦手なんだよな……よくわからないことばっかしてるし……。


 教科書を開け、前にしたところの復習を先生が説明する。案の定訳が分からない。ぼっちが成績良いと思ったら大間違いだ。放課後なんて基本バイトか家でゴロゴロしてるかのどっちかだし。


「弓木野さん、寝ないでくださいねー」

「ん……。あ、先生そこ間違えてますよ」

「へ!? あ、ああホントだありがとう!」


 弓木野はいつも通り天才っぷりを発揮してる。起きて数秒黒板を見ただけでよく見つけるなぁ……俺なんか言われてもわからないのに……。


「由里凄いでしょ」

「流石天才だね」

「模試の結果とか超ヤバいよ。偏差値って百超えるって知ってた?」


 マジかよ上限百じゃないのかよ。そもそも偏差値って何だよ。凄いな弓木野。


「皆川氏、やっぱ海侑と仲良いね?」

「まあね!」


 勢いで誤魔化す。そりゃそうだよ恋人だからね。今もみーちゃんから話しかけてきてくれて天に昇るかと思ったし。


 一旦訂正の入った授業だけど、すぐに調子を取り戻して再開される。ユークリッドって誰だ。互除法って何だ意味わからない。


「先生、そこも間違えてます。余りの数が一足りてない」

「あ、ああホントだね!? ごめんね弓木野さん!」

「私寝て良い? そこもう出来るし」

「そしたら誰が先生のミスを見つけてくれるの!? 寝ないでお願い!!!」


 ミスする前提なのかよ。もうちょい頑張ろうよ先生。弓木野が居ないクラスとか本当に大丈夫なのか。


「じゃ、じゃあグループワークをするので隣の席の子とプリント課題をしてください! ……あっ!? このクラス奇数!?」

「私は一人でやるんで」

「いつもありがとうねぇぇぇ! じゃあ席くっつけてください!」


 またグループワークか!? 何で今日はそんなに多いの!?


「先生氏! さっきもグループワークでしたけど今回もですか!」


 んで世良氏は先生にまで氏を付けるのかよ。質問内容は俺も気になってたけどさ。


「……教務主任がね、教師による教師のための教師の自己啓発本っていうのを読んだらしくて。そのせいで今朝最低一回はグループワークを取り入れましょうって。せっかく授業計画組んでたのに一からやり直しでね……あのハゲ……」


 お口が悪いですわよ先生。確かにあの人の頭はハゲ散らかしてるけどそれは悪口に当たりますわよ。思いつきで周りを巻き込むのはどうかと思いますですわよけどね。


 ともかく、俺は隣の人と席をくっつける。


 ……いやいやいや隣ってみーちゃんだよな!? それも二人っきり!? 良いんですかおハゲになられてる教務主任先生様!?!?!?


「よ、よろしく御代!」

「そっそうじゃん隣ってことは皆川とじゃん……!」


 みーちゃんも今気付いたのかな! 焦るよねこれ!?


「えと、その……。……よろしく、ね?」


 可愛いいいいいい!!! 首を傾げるって何でこんなに可愛いんだろう!? 学校だと見た目がギャルだからこそギャップがね!? 良いんだよね!!!


「ほう……?」


 やっばい世良氏が何かに気付いた大丈夫か。俺そんなにわかりやすいのかな……ごめんねみーちゃん……。


 全員机を向け合うとプリントが配られていく。今回は前の国語の時間のようにグループ一枚ではなく一人ずつだ。わからないところがあったらお互いが教え合ったり一緒に考えたりするタイプ。そう考えると弓木野が一人になったのはむしろ良かったのかもしれない。弓木野が相方だったら何十分も暇になるだろうし。


 さて、配られたプリントを眺める。


 ……ふむ。


 全然わかんねえや!


「あーダメ……アタシこれ全然無理だわ……」


 わかるよその気持ち。一応解こうと思って教科書見てるけどその教科書すら全然わかんないもんね。


「皆川解ける?」

「諦めてバ先の仕込みのことについて考えてたよ」

「あ、そう言えばアタシやったことないかも。難しいの?」

「難しくはないけど量が多いんだよね。だからどういう分担が良いかを考えててさ。店長そういうのは俺に任せてくるんだよ」

「そんなことまでやってるんだ」

「まあオープニングスタッフだしね」


 最初は苦労したなぁ……。店長がやり手だからお客さんはどんどん入ってくるのに肝心の料理であたふたしたりして……。


「そう言えば今日はこの後一緒のシフトだったよね」

「だね。週末じゃないしそこまで忙しくはないだろうけど」

「華金とかとんでもないもんね」


 ちなみに華金とは週休二日の仕事をしている社会人にとっての金曜日。土日が休みだから時間を気にしないで飲めるってのがそう呼ばれる理由だ。


「……今日も送ってくれる?」

「一緒のシフトの日は絶対送るよ。本当は別のシフトの時も迎えに行きたいんだけどね」

「ダメ。負担大きくなるし」

「一緒に居たいだけなんだけどなぁ……」

「そ、それでもダメ! 嬉しいけどダメだから!」


 良い子過ぎる。大切にしてくれてるなぁ……。


「あ、そう言えば女子大生のあの二人とはどうなの? ライン交換してたよね」

「麻美さんと沙亜耶さん? あの二人とはよくグループで話してるよ」


 二人ってそんな名前だったんだ。どっちがどっちなんだろう。


「ほら、これ履歴」


 そう言って差し出してきたスマホ画面を見せてもらう。



みーちゃんを愛でる会(3)


麻美︰今日のシフトってやっち居る?


沙亜耶︰いるよー


麻美︰何で沙亜耶が知ってんの笑笑


みーちゃん︰いますよ


沙亜耶︰ほらね?


麻美︰怖いんだけど……


沙亜耶︰店長にシフト聞いてるからねー


麻美︰狙ってないよね?


みーちゃん︰やっち先輩は私の彼氏ですから!


沙亜耶︰可愛いなぁ!!!


麻美︰若返っちゃぅぅううう!!!


みーちゃん︰やめてください!



「……みーちゃん、これ俺が見ても良かった?」

「へ? あ、間違えました見ないでください!」


 バッとスマホを隠すみーちゃん。愛しい通り越して愛おしい。二人とは良いお酒が飲めそうだ……まだ飲めないけど……。


「……見た?」

「ミテナイヨ」

「そんな訳ないでしょ!? バカ!!!」

「ごめんなさい!!! 代わりに弥太郎さんとのライン見せるから許して!」

「……ちょっと気になるかも。社会人のあの人だよね。ナンパしてきたアレ」


 アレて。いや合ってるけども。


「ほら、これだよ。どんなラインしてたっけ……」

「確認するのはずるだからそのまま貸して」


 俺は特に異を唱えずにみーちゃんへスマホを献上する。ただ一応中身が気になったから俺も覗き込んだ。



弥太郎︰やっちさ、大きさどれくらい?


やっち︰何がです?


弥太郎︰そりゃアレだよ、『ち』から始まって『こ』で終わるアレ


やっち︰アホですかアンタは


弥太郎︰あっれぇぇぇ? やっちんちんは何を想像しちゃったのかにゃあ? オレはただ『チョコ』の話をしただけだけどぉぉぉ? 昨日女のお客さんから貰ってたよねぇぇぇ?


やっち︰だから振られるんですよ……


弥太郎︰はぁ!? それとこれとは関係無くね!? あと会社でスマホいじってたから上司に怒られたんだけど!?


やっち︰真面目に仕事してください。



「……皆川」

「ご、ごめんね!? こんなクソみたいなのを見せて!」

「チョコって何?」


 そっちかぁぁぁ!!! そう言えば言ってなかったっけ!? 言ってなかったな俺のバカ!!!


「ち、違うってわかってるけど浮気じゃないよね……?」

「違う違う! そのお客さんただのパティシエ志望の人で、実習で作ったのを分けてくれただけだから!」

「……信じるよ?」

「是非に!!!」


 心配させてばっかりだな俺は! もうちょっと気をつけろバカ!!!


「ちなみに……美味しかった?」

「あ、それはそうだね。流石パティシエ志望って感じだったよ」

「……ふーん! 別に良いけど!」

「でもみーちゃんのお弁当が一番好きだよ。あのお弁当を超える食べ物には出会ったことないし」

「……ふ、ふーん? 別に良いけど?」


 一言一句同じだけど含まれてるニュアンスが全然違う。そうだよこうやって本心で話せば大丈夫なんだよ!


「あとみーちゃんって呼ばないで。……乙女スイッチ入っちゃう」


 そこだけは気をつけような皆川大和! 本心は大事だけど思考をそのまま出せってことじゃないからな!


 その後も俺達は話し込み、気付けば残り五分。


 各グループを回っていた先生は、ついに俺達のもとへやってくる。


「……二人とも? 何で一つもやってないの?」


 そう言われた時に冷や汗をかいたのは、多分俺だけじゃないだろう。

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