第10話 弁明&デートのお誘い

 街灯が照らす夜の遊歩道。隣には黒髪ロングのバ先モードのみーちゃんが居て、時折すれ違う人もほとんど居ない静かな時間。


 付き合いだしてからは初めてのバイトの帰り道だ。だけど空気は付き合いたての甘いものではなく、どこか重い雰囲気をまとうものだった。


「きょ、今日はお疲れ様! 二人とは仲良くなれそう?」


 二人とは言わずもがな女子大生のあの二人だ。俺の言う二人はみーちゃんも理解しているようで、ほんの少し間を空けた後応答してくれる。


「あの二人、何だかあー子と似てるんですよね。なので今はもう緊張しないで済むようになりました」

「俺もそれ思ったよ。あー子の明るい感じと確かに似てるよね」

「……へぇ? あー子って呼ぶようになったんですね?」


 やましいことはないはずなのに冷や汗が止まらない。今日は背中からの汗だけで二リットルはかいてそうだ。


 ……こういう時はゲーム理論だ。相手の状況を想像して、相手の気持ちになった後の最適行動を考えてみる。この場合だと厳密には最適行動というより自然に起きる感情の流れ、みたいな感じ。前に何かの本で読んだ。


 まず俺に仲の良い友達が居ることが前提。ダメだ前提があり得なさすぎる……。


「俺って本当に友達が居ないんだなぁ……」

「な、何でそんな話になるんですか? 私別にそこにはもやもやしてませんよ?」


 ……まあ架空の話だ。とりあえず俺がクラブカーストトップで親友とも呼べる同性の友達が居るとする。今の俺と真逆過ぎるけど。


 で、みーちゃんはぼっち。そんな子と付き合うことになって、んで付き合って三日で俺の親友とあだ名で呼び合う仲になる……。それまではぼっちだったのに……。


 ……うわぁ!? めちゃくちゃつらいなコレ!?


「ごっごめんみーちゃん! 今みーちゃんの立場になって考えたらすっごいしんどかった! 何だコイツ相手がみーちゃんじゃなくて俺ならぶち殺してるよ!?」

「そ、そこまではしませんよ!?」


 良い子過ぎる……。無限の慈悲を持つ女神だ……。


「……ただ、ちょっと妬いちゃっただけで」


 そう言ってみーちゃんは唇を尖らせながらそっぽを向く可愛すぎておかしくなっちゃうなぁ!?!?!? 不安にさせといてこんなこと思うのは性格が悪いけどやっぱりうちの彼女は世界一可愛いな!?


「……」


 だけど、不安にさせたことは間違いないんだ。それだけは勘違いしてはいけない。


「みーちゃん。弁明とかよりもまず先に謝らなきゃだったよね。改めて、不安にさせてごめん」

「……あー子の話ですか?」

「あだ名で呼ぶようになったのは単純に仲良くなったからでさ。あー子から何て聞いたのかはわからないけど、浮気とかそういう感情は一切無いよ」

「……あー子は二人の内緒の話とか言ってましたけど?」


 あの子何言ってんの!? 二人ってアレか!? 俺とみーちゃんのってことか!? でもその言い方なら完全に俺とあー子の隠し事みたいに聞こえるけど!?


 ……もうこうなったら、バレてることを隠すのはむしろ不義理か。


「二人の秘密っていうのは俺とあー子の話じゃなくて、俺とみーちゃんのことだよ」

「え?」

「昨日一緒に帰ったじゃん? あの時最後に耳打ちされたのが『二人って付き合ってるんでしょ?』っていう内容でさ」

「は!? 嘘、てことはバレてるってこと!?」


 会話の内容が内容だけにみーちゃんがクラスの女王様モードになる。バ先のみーちゃんの見た目でその口調だと本当に認識がバグりそうになるな。


「マジかぁ……まさかあー子が一番最初に気付くとか……」

「みーちゃんを除いた三人だと一番鈍そうだもんね」

「それな……超予想外だし……」


 ああいう天然な子が実は一番変化に敏感なのかもな。まあ学校のみーちゃんは俺が絡んでると途端に不自然な感じになってたとはいえ……。


「……あ!? ごごごめんなさい! 私学校の時みたいなノリになっちゃって!」

「良いよ良いよ。気になることでもないし」

「……んー、だったらもう普段は学校の感じにしとこうかなぁ……。あー子は仕方ないとしてもこれ以上バレると広まっちゃうかもしんないし。常にその方がボロも出ないかもだしね」

「俺もその方が良いと思うよ。変な言い方だけど、学校のみーちゃんが演技でやってることだったらしんどくなりそうだから適宜って感じではあるけどさ」

「そこは大丈夫。アタシ素は学校だから。バ先は演技っちゃ演技だけど、小学生の頃はあんな感じだったから別に苦でもないし」


 なるほど。まあ確かにあれだけ長い時間を過ごす学校が演技だったら一年以上経過してる今だとどこかにほつれが出ててもおかしくないもんな。


「ん? じゃあ何でバ先では演技してるの? いや俺もだけどさ」


 俺の場合は客商売なら陽キャモードの方が円滑に進むからだけど……みーちゃんのキャラはどちらかと言うと損することの方が多いよな?


「そ、それはどうでも良いし! これ以上は詮索禁止!」

「そう? まあ無理には聞かないけど」


 みーちゃんの望むことなら仰せのままに。彼女の意を汲まない男が理想の彼氏になれるもんか。


 そこで話は一旦途切れる。コツコツと靴がアスファルトを叩く音がやけに響いた。


 ……店長に貰ったアドバイス、言うとしたらここだよな。


「ねぇ、みーちゃん。ちょっと良いかな」

「改まってどしたん?」

「今週の土曜日空いてる? もし良かったらデートに行ってみない?」

「で、デートですか!? そそそれは全然構わないというかむしろ私もしたいですって感じですけど……!」


 出てる出てる。素は学校なのに焦るとバ先になるのは何でなんだ。可愛いから何でも良いけど。


「……こ、こちらこそよろしくお願いします……」

「じゃあ詳しい話はまた後でラインするね」

「は、はい……」


 可愛い。正直俺も心臓バクバクだったけどそれ以上にみーちゃんが取り乱してたから何とか平静を装えた。緊張より可愛いが勝った結果だね。


 ……そこで、俺はある一つの疑問にぶち当たる。


 彼女に喜んでもらえるデートって、一体どうすれば良いんだ……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る