第13話 恋人との初めてのデート②

 ──事件が起きたのは、水族館に向かう道中の電車内のことだった。


「ちょ、何かいきなり人増えてない?」


 水族館はカフェの最寄り駅から五駅のところにある。駅から五分程度の場所にあるため特に反対が出るわけでもなく電車移動になったのだが、元々多かった乗客が二駅目で更に二倍くらいまで増えたのだ。


 当然、俺とみーちゃんはすし詰めの一部になるわけで。


「やっば……これキツ……!」


 幸いみーちゃんは壁際に居たので全方位人に潰されるなんてことはないけど、身動きが取れなくなるくらいには人で溢れ返ってる。


 そ、そう言えば聞いたことがあるぞ。これだけの満員電車だと痴漢が出るって噂を!!!


「みーちゃん、俺にしがみついて。もし不埒な輩がみーちゃんに触れようもんならバーサーカーになって荒れ狂ってしまうから」

「し、しがみつくって……わっ!?」


 グラッと足場が揺れる。その拍子に俺はみーちゃんにいわゆる壁ドンをしてしまう。しかも両手で手を着いてしまった上に人混みによって立ち位置が固定されたから……動けねぇ……!


「や、やっち先輩……」

「あ、危ないから……っ! 早く……!」

「は、はい……!」


 ぐぬぅ……この体勢マジでキツい……ぬおお……!


 ……ちょっと待て。今みーちゃん俺のことをやっち先輩って呼んだか!? てことは乙女スイッチが起動したんじゃないのか!?


 気付かれないようにそっと胸のところで小さくなるみーちゃんに視線を向ける。そこには天使が居た。


「な……何で見てるんですか……?」


 はぁぁぁぁぁ!? 可愛いなんて言葉じゃ表せなくね!? 恥ずかしさから感極まって涙目になってるのかな!? 顔真っ赤っかだけど風邪とか引いてないよね!? これはもう可愛い通り越してキュートも通り越してみーちゃんだな! みーちゃんマジみーちゃん!!!


「あぁ……神……」

「やっち先輩……?」


 みーちゃんが教祖の宗教があったら爆速で改宗する。俺の彼女が可愛過ぎて頭がおかしくなりそう。


 目的の駅までは残り三駅。止まる駅でも人は更に増え続け、俺とみーちゃんの距離はいよいよゼロ距離になる。


 ふわりと鼻腔をくすぐる蠱惑的な香りに耐えながら、俺はみーちゃんを守り続けたのだった。



「はぁ……はぁ……。やっと着いたね……」

「そ、そうですね! 着きました!」


 一度乙女スイッチが入ると中々抜けないのか、密着していた状態から解放されてもみーちゃんの口調は変わらなかった。


「……あ!? アタシいつから乙女スイッチ入ってた!?」


 ただ自分でも気付いたようで、みーちゃんは口調を学校の時のものに戻した。天然なのも良いなぁ……。


「てか何か人多くない?」

「電車に乗ってた人もさっきの駅で一気に降りたし、もしかしたらみんな水族館目当てなのかもね」

「あるかも。ちょい調べてみんね」


 そう言ってみーちゃんは鬼のような速度でスマホを触り出す。こういうところを見るとみーちゃんって本当にギャルなんだなぁって実感が湧くね。


「これかも。二十周年記念の半額キャンペーン」

「そう言えば検索した時にそんなのがあったっけ。じゃあラッキーだったね」


 これはもう神様が俺達のことを祝福してるんじゃないか? 偶然が重なると運命ってそれ一番言われてるし。


「にしても凄い列だね。みーちゃんは大丈夫そう?」

「……み、皆川と一緒ならどこでも嬉しいけど?」

「おおお俺も嬉しいよ! っしゃ並ぶかぁ!!!」

「ふふ、何でいきなりテンション上がるのよ」


 どうやらめちゃくちゃに上げたテンションのおかげでどもり倒したことは誤魔化せたようだ。危ない危ない。


 長蛇の列に見えたそれは、しかしいざ並んでみると割とすぐに消化されていった。バイトのこととかを話していると思ったよりも早く受付に来れたので、俺は手早くチケットを注文する。


「大人二枚、三千円で」

「はい。丁度頂戴しますね」


 どうでも良いけど支払いがピッタリだとお預かりしますじゃなくて頂戴しますって言わなきゃダメなんだよな。バイトとはいえ接客業をやってるとそういうところがしっかりしてるところは五割増で信用してしまう。事実正しい言葉遣いだしね。


「はい、みーちゃん」


 俺は受付の人から貰った入場券の一枚をみーちゃんに手渡す。


 だけどみーちゃんは、何だか不服そうな顔をしていた。


「……後でお金返すから!」

「別に良いよ。俺の方がバイトのシフトに多く入ってるからお金も貯まってるし」

「じゃあアタシもシフト増やすし! あとさっきのカフェの分も後で受け取ってよ!」


 別に気にしなくて良いのになぁ。女の子はそれこそ弥太郎さんも言ってたけど男なんかよりもよっぽど自分磨きにお金を掛けてるだろうし、これくらいなら男が出してやっと釣り合うと思うんだけど。


「……払ってもらうことが当たり前になったら、何かアタシが上みたいで不平等だし。す、好きな人とは対等に居たいから……」


 俺ってやつは浅はか通り越してクソバカだな!!! 俺のやったことはこれだけ健気な恋人を疑う行為だぞ!? デート代は払って欲しい女の子が多いってデータなんざ本物の前にはゴミカスも同然なんだよ!!!


「ごめんみーちゃん。だったら今度からはちゃんと割るようにしよっか。まあ例えば一応ただ絶対ありえないしこの仮定なんか無意味なんだけど、もし俺が奢り続けるとして、今日からは割り勘でとか言われたら不安になるかもしれないもんね。俺がみーちゃんを嫌うなんてことは絶対無いけど」

「こ、こんなところで照れさせないで! ありがと!」


 付き合ってから可愛いって思うのはこれで何回目だ。来世がセミになったとしてもこの子を幸せにしたい。


「じゃあ行こっか」

「そうだね……っ!? ちょ、ちょっとストップ! 皆川あそこ!」

「へ? ……うおっ!?」


 みーちゃんが俺の背中に隠れながら指を差した先。人混みに紛れて今まで気付かなかったけど、あの二人は。


「ねー由里ー! 何でせっかくの水族館なのに由里と二人っきりなのー!?」

「海侑も瀬里香も忙しいって言ってたじゃん」

「だーけーどーさー!」

「もう、あんまり言うならイルカショー見に行かないよ?」

「それはやだ! ほら早く行こ!」


 ……そこに居たのは、クラスの中心人物でもありみーちゃんの友達でもあるあー子と弓木野だった。

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