第2話 バ先の後輩︰みーちゃん
バイトの帰り道。俺はみーちゃんと二人で閑静な住宅街の通りを歩いていた。
「いつも送ってくれてありがとうございます。やっち先輩」
「俺がしたくてしてることだから気にしないで。それと女の子を一人で帰してるなんて知られたら店長に殺されそうじゃない?」
「ふふ、そうかもですね」
店長は元歌舞伎町トップのキャバ嬢だ。その繋がりか今でも鉄板屋には多くのお客さんが入ってる。まだ三十そこらなはずなのに本当にやり手だよな。
閑話休題。そんな店長だからこそ、女の子が一人で歩く夜道の怖さを、恐らく誰よりも知ってる。
「それと、今日はもう一つありがとうございました。……実はああいうの、ちょっと苦手でして」
「あはは、だよね」
「……だ、だよねって。……ちょっと失礼じゃないですか?」
「ごめんごめん。でも実際苦手そうだしさ」
みーちゃんには失礼かもしれないけどお世辞にも男が得意そうには見えない。学校で言うと隅の方で本を読んでるタイプというか、何となく図書委員をやってそうな感じ。
みーちゃんは長い黒髪に小さなリボンで結んだハーフアップをしている。地味めな印象だけど前髪から覗く顔は二度見するくらい整っていて、だから今日みたいなことも起きがちなのだ。
「……怒った?」
「……ふふ、そんなことありませんよ。いつも助けてくれるなーって思ってただけです」
「まあうちは女の子の従業員が多いからなぁ」
「……そういうことじゃないですけど、そうですね」
みーちゃんは顔をほころばせたと思ったらまたむっとする。そこに含まれた意味は何となく予想がついたけど、あえて深掘りするのは恥ずかしいから黙って歩を進めた。
「たまにやっち先輩のコミュ力が羨ましくなります。……やっぱり高校でも人気者なんですか?」
「あはは、そんなことないよ? 俺普段は暗いぼっちだし」
「ふふ、明るくないやっち先輩なんて何だか想像出来ませんね」
「本当なんだけどなぁ」
──ガチである。何ならバ先での明るい自分が嘘まである。
学校の俺と言えば陰キャどころかぼっち中のぼっちだ。今みたいに髪をセットしてなければノリだって良くない。
バイトのやっちは陽キャだけど、高校生の
「俺が陰キャだったら、逆にみーちゃんは学校じゃめちゃくちゃ明るい女子のボスだったりして」
「!? そそそそんなことありませんよ!?」
「死ぬ程動揺するじゃん。もしかして本当だった?」
「い、いえ! 私はいつもこんな感じなので!」
まあ俺も女王様のみーちゃんなんて想像出来ないけどね。さっきも言ったけど、もっとこう目立たない図書委員だけど実は人知れずモテてる、みたいな。
ただ何でここまで普段の俺とバ先の俺が違うのか。その理由はバ先の特殊なルールにある。
「うちって本名じゃなくてあだ名で呼び合うルールがあるじゃん? あれがあるから生まれ変わったような気持ちになるんだよね」
「ありますね。そのせいでやっち先輩の本名すら知りませんもん」
「俺も従業員の名前は誰一人知らないかも」
店長がキャバクラに勤めていた名残りなんだろうな。変な聞こえ方にはなるけど源氏名というか。
それからしばらく会話が止まる。二人が地面を踏む音と遠くで車が走る音しか聞こえない。
そんな中、口火を切ったのはみーちゃん。両指を身体の前で絡めていた。
「やっち先輩って、歳上の方と仲良くなるの上手ですよね」
ふとそんなことを言われる。まあ確かに自覚はあるよね。
「姉が二人居る末っ子なんだよ。後は親戚の中でも一番歳下で、親戚連中だと聞き手に回りがちだったから鍛えられたのが大きいのかも」
「何だか納得です」
「まあそのせいで同級生とは話が合わなくなりがちでずっとぼっちなんだけどね!」
「ふふ、何ですかそれ」
無論これもガチだ。同年代と趣味が壊滅的に合わないから話題もクソも無い。
どこか遠くを見てため息をつく。彼女なんて高望みはしないから、友達だけでも作れたら良いんだけどなぁ……。
「……やっち先輩」
ポツリとみーちゃんは呟く。俺は無意識に立ち止まって続きを待った。
「後輩の女の子は、嫌いですか?」
「っ」
な、何かしっとりした雰囲気な気がする! さっき俺なんかしちゃったっけ!?
「そ、そんなことないよ!?」
俺は慌てて否定する。ましてみーちゃんは俺がバイトをするようになってから初めて教育係になった子だし、他の人よりも思い入れがある。本当は後輩間で差をつけるのは良くないんだろうけどね。
「……何だか慌ててます」
「べべべ別に慌ててなんかないよ!? それはそうと俺何かやっちゃったっけ!?」
「……や、やっちゃったというかしてくれたというかですね」
「う、うん?」
これは思ってた責められる流れじゃない……? してくれたっていうのは肯定的なニュアンスのそれだよな……?
「きょ、今日! 助けてくれた時! すっごいカッコ良かったです!」
「あ、ありがとう!?」
「だけど今日だけなんかじゃなくて、昨日も、その前も、私にとってはずっとカッコ良くて、今も焦ってるところが可愛くてきゅんきゅんしてます!」
「ありがとう!!!」
ダメだ流れがわかんねぇ! 勢いに身を任せろ!!!
「ずっと好きでした! 付き合ってください!」
「喜んで!!! ……ん?」
付き合って……? 付き合うってアレ? 男女の交際的なアレか? それともどこかにーってオチとかいや会話の流れはそんなことなかったよな?
……ま、まさか……方言……?
「や、やっち先輩がにぶいのはわかってます! あと凄い人なのに全然自信が無いところも!」
「それは普段がぼっちだからで……言ってて悲しくなるけど……」
「……だから、恥ずかしいけどもう一度言います」
気付けばみーちゃんは身体ごとこっちを向いている。ゴクリと唾を飲む音が聞こえたのは、間違いなく俺のもの。
数瞬の後、意を決したみーちゃんはまっすぐ俺の目を見つめる。
「異性として、やっち先輩のことがずっと好きでした。もし良かったら付き合ってくれませんか?」
……これはもう勘違いの余地が無いな。自分への自信の無さでここまで言わせてしまったことが恥ずかしくなる。
みーちゃんのことは好きだ。物静かで目立つような子じゃないけど、誰よりも一途に頑張るし、だけど女の子らしい危うさなんかも兼ね備えていて目が離せない。
今までは親愛のそれだと思っていた。だけどこうして考えてみると、俺は確かにみーちゃんに惹かれてる。
……それに、勢いがあったとはいえ無意識に喜んでなんて言ってる時点で、もう答えは決まってる。
「告白してくれてありがとう。すっごい嬉しいよ」
俺はみーちゃんの瞳をしっかりと見つめ返して、精一杯気持ちが伝わるように言葉を紡ぐ。
「後輩だから親愛だろうって思考を放棄してたんだけど、改めて考え直したらそうじゃないって気付けたよ」
こんな時、手でも取れればカッコが付くんだろう。だけど彼女いない歴イコール年齢の俺はチキンで、頭にはあっても行動に移せない。
だからその分、みーちゃんを見習ってなるべく勘違いが起きないように。
「俺もみーちゃんのことが異性の女の子として好きです。こちらこそ、これからは恋人としてよろしくお願いします」
「っ……! はいっ! よろしくお願いします!」
みーちゃんは泣きそうな顔でふわりとはにかんだ。つられて俺も破顔する。
こうして俺は、人生で初めて彼女が出来たのだった。
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