バイト先で付き合うことになった地味カワ系女子はクラスの女王様でした

しゃけ式

第1話 陽キャモード︰やっち

 それはいつものバイト中。お好み焼きやもんじゃ焼きなんかを提供する小さな鉄板屋で、俺は精を出していた。


「ありがとうございましたー! またのお越しをお待ちしております!」


 時刻は夜の九時半頃を過ぎようとしている。これくらいの時間になるとピークは過ぎ去り、帰る人も飲んだアルコールが回ってきた頃合だ。


「やっちー! こっちレッドアイ二つー!」


 そう言ってきたのは常連さんの女子大生二人。既に顔は赤らんでいる。


「あいよー! トマトジュース多めで作りますねー!」

「もー心配しすぎー! あたしらまだ全然シラフだからねー?」

「そーそー! しかもレッドアイだよー?」

「トマトジュース入ってるとはいえビールじゃないすか! もう五杯目ですよ!」

「「お姉さんに対して生意気ー!」」


 綺麗にハモるなぁ。ただこうなってきたらいよいよ酔いが回ってる。


 俺はバックヤードでレッドアイを二つ作ると、次いでジョッキにお冷を注いで席に持っていった。


「お待たせしました、レッドアイとお冷です」

「わ、気が利いてるね!」

「やるねぇやっち! 流石イケメン陽キャのやっち君! 彼氏が居なかったら食べちゃってるかも!」

「高校生に何言ってんすか! 俺みたいな彼女いない歴イコール年齢のヤツとかやめた方が良いですよ?」

「「童貞だ!」」

「うるせぇンなとこハモんなくても良いですからね!?」


 俺のツッコミで二人はけらけら笑う。楽しそうなら何よりだけど解せん。男子高校生なんか全員童貞だろ。知らないけど。


「にしてもやっちさー、これだけコミュ力高かったら高校でもヤバいでしょ?」

「何がですか」

「そりゃもう……ねえ?」

「ね?」

「また意味ありげに顔見合せて……「ねーマジライン交換だけだからさー!」……すいませんちょっと行ってきますね」


 耳に入った良からぬ会話に俺は考えるより早くそこへ向かう。


 今日仕事に入ってる人はひたすら注文を作ってる店長と俺、そして後輩の女の子であるみーちゃんの三人だ。


 であれば、いわゆるナンパに合ってる子は必然的に限られてくるわけで。


「あ、あの……やめてください」

「えー良いじゃーん? オレら別に悪いヤツじゃないぜ?」

「そーそー! コイツ最近振られてさー、正直めっちゃ可哀想なんだよ!」

「で、でもそういうのは……」

「失礼しますお客様」

「お、おお?」


 割って入る俺に戸惑う男連中二人。見たところ新卒辺りの社会人ってところか。さっきからめちゃくちゃお酒を頼むなって思ってたけど、ここからでもアルコール臭がわかるくらいには酔っ払ってる。


「みーちゃん、一歩だけ下がって。ただ下がりすぎると逆上する可能性があるから軽く俺の後ろに隠れるくらいで」

「え、あ、はい!」


 小声でそう伝えるとみーちゃんはすすすと俺の後ろに回って裾を掴んだ。あざと可愛い。目立たない感じなのに仕草が一々可愛いから狙われるんだろうな。いやそうじゃなくて。


 改めて男二人を見ると、座った目で俺をじろりと見ていた。


 ……対応を間違えると暴れるかもしれないな。そんな空気は他のお客さんも感じ取っているようで。


「ねぇ……やっち大丈夫かな……?」

「いざとなったら警察呼ぶ……?」


 さっきまで明るかった常連さんも心配した様子でこっちをチラチラと伺っている。こんな日に来てもらって本当に申し訳ない。


「なーんすかー? オレら何か悪いことしましたー?」


 最近別れたと言われた男が待ちぼうけに耐えきれずアクションを起こしてくる。


 多分気が立っているんだろうな。それで今日ストレス発散に友達と飲みに来たってところか。


 俺は強ばっていた表情を、わかりやすくパッと柔らかくした。


「突然遮って申し訳ないです! 実はさっきの話が聞こえてきてお話したくなったんですよ」

「あー? ライン聞いたやつ?」

「いえいえ! そっちじゃなくて最近別れたってやつです! ……実は俺も、つい先日彼女に振られたんですよ。しかも一方的な理由で」

「……ふーん?」


 一方的な理由って言葉に食いついた様子。もしかすると傷口を抉ってしまうかもしれない博打だったけど、経験上共感から入る会話なら相手も軟化してくれる。


「だからもし良かったら一緒に話したいなーって思ったんですけど、ダメですかね?」

「え、でも仕事じゃないの?」

「あはは、それはそうなんですけどね。……店長! 十分だけ休憩良いっすかー!」

「別に良いけど給料天引きだかんねー!」

「次のシフトの休憩時間削るってのでチャラにしてください!」

「もーワガママなんだから。みーちゃん! こっちちょっと手伝って欲しいから手空いてたらお願い!」

「は、はい!」


 既にお客さんがまばらになってきたからこその荒業。店長も意図を汲んでくれたようで、みーちゃんを二人から引き剥がすことに成功する。


「んじゃ短い時間ですけど語り合いましょ! 話、聞かせてくださいよ!」

「ん、まあ良いけど。てか君名前何だっけ?」

「やっちで!」

「そか! じゃあやっち、話すのは良いんだけど先に一つ良い?」


 何だろう。俺は笑顔を崩さないままどうしましたかと訊ねる。


「ライン教えてよ! 今日は十分だけだけど今度はどっか飲みに行こーぜ!」


 ファーストインプレッションが良くなくてもいざ話してみれば案外良い人だったりする。


 歳上に囲まれて育った俺は、そのことを誰よりも知ってる。


「飲みすか! ただ俺未成年の高校二年生なんで、時間は十時まででお願いしますね!」


 それでこういう誘いにその事実を返すと、みんな驚いて目を丸くするんだ。

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