第14話 疫病

俺たちはヨミヤの村に向かう為、馬車に乗っていた。前よりも少しグレードアップしたおかげか、彼女の体調は良さそうだ。


「しっかし疫病かぁ。なんでそんなもんが流行っちまったんだろうなぁ」


「手紙に原因は書かれていませんでしたね……」



理由を考えながらしばらく揺られていると、馬がヒヒーン! と泣き叫びその場で踵を返した。御者は馬を必死になだめている。


「お、おぉいどうしたんだチェリー」


精一杯なだめる御者だったが、馬はそれ以上先へ進もうとはしなかった。


「あのぉすみません。これ以上は馬が進みたくないと言っているみたいなんで、ここまででもよろしいですか」


申し訳なさそうに話す御者の前で、この先には危険があると動物的本能で察知した馬が暴れている。


「わかりました、ここまでで大丈夫ですよ。ここからは歩いて行きますから」


俺たちは荷台から降りここまでの料金を支払うと、馬車は今来た道を一目散に走り去って行った。


「そ、それじゃお気を付けてー!」


御者はこちらに手を振りながら、猛スピードの馬車を操っていた。


「この先には凄い危険が待っているのでしょうか……」


「大丈夫だって。俺に任せとけ!」


不安そうにするヨミヤを励ますため、胸を拳をドンッと叩いた。


「……ふふ、頼りになりますね。初めて酒場で見た時とは大違いです」


「そ、その話はもういいだろ〜!」


そう傘を開きながら茶化してくるヨミヤは、少し元気が出たようだった。





 しばらく歩いただろうか。緑の木々が生い茂っていた場所からは打って変わり、枯れた木が多くなってきた。

 疫病の仕業だろうか、水たまりの中には死んだ魚が浮いていたり動物の死骸が転がっていた。


「うっ、凄い匂いだ……こんなところに本当に村があるのか?」


「おかしいですね……昔はこんなに殺風景ではなかったはずですが……」




 俺たちはその異様さに驚きながらさらに奥へ進んだ。ある程度進むと動物たちの死骸は少なくなっていき、灰色の大地の中に多数の建物があるのを見つけた。


「ここがヨミヤの故郷なのか?」


 昔は村のトレードマークだったのだろうか、入り口には木でできたアーチに『オルネ村』と書かれた看板が張り付けられており、村の周りを囲うように柵が立っていた。奥の方には鐘のついたヤグラが立っており、村の警備をしているようだった。


「はい、オルネ村なので確かにここです。しかしひどい有様ですね……」


 入り口で村の様子を伺っていると、手前の家からボロボロの服を着た男が出てきた。


「ち、父上!」


 ヨミヤが叫ぶと男はこちらの存在に気づき、息を荒げながら駆け寄ってきた。


「ヨ、ヨミヤ! ヨミヤなのか!? どうしてこんな所に」


「そんなことよりも、この村の状態はなんですか!? お母様は!?」


「一旦落ち着きましょう二人とも! 事情をご説明します」


 慌てる二人を仲裁しながら、俺たちはヨミヤの家へと招かれていった。






 ヨミヤの家に入ると、男の妻らしき女性がベッドに横たわっていた。苦しそうな表情で、体中にカビのようなものが生えていた。


「なるほど、そんな理由が」


 俺たちはテーブルを囲むように座り、ヨミヤに誘われパーティを組んだこと、二人で冒険をしたこと、手紙を読んだことを伝えた。

 ヨミヤはその間、母の傍で優しく布団に手をかけていた。


「申し遅れました。私はヨミヤの父、ヨア・アナスタシアと申します。昔はアナスタシア家として村をまとめておりました」


 この村の村長だったのだろうか、ボロボロに見えた服は元々かなり質の良さそうな代物に見えた。


「俺はアマギ・ライネスと申します。色々この村の事を教えていただけませんか」


 妻の事を心配そうに見たヨアは、下を向きながら村の過去を話し出した。



「……あれは一年前の事だったな、今まで平和だったオルネ村に突然ポイズン・スネークの軍団が攻めてきました。こんな辺境の地にある村なんて今まで襲われたことがなかったので、碌な武器もなく敗北しました。その戦で多くの村人を失い、ポイズンスネークの毒によってこのあたりの草木は枯れてしまいました。その毒は大地に染み込み、変異し生き残った我々に疫病をもたらしたのです」


 そう語るヨアの拳は、強く強く握りしめられ今にも血が出てきそうなくらいだった。


「なるほど……しかしポイズン・スネークが群れで攻めてくるなんて妙だな……奴らはプライドが高いから群れでは行動しないはずだ」


「確かに、群れで行動しているところは見たことがないですね」


 ポイズン・スネークは俺も昔、勇者パーティに居た頃に戦った経験があった。その時も奴らは個々で動いており、戦闘の邪魔をしようものなら味方同士でさえ争いを始めるような性格だった。


「その疫病を治すために薬とかは開発できなかったんですか」


「村の薬剤師はその時の戦で亡くなりました。まるで誰かの指示を受けていたかのように、奴らは真っ先に薬剤師の家を襲い始めましたんです」


「本当に妙な話だな……何か統率が取れるような、知恵をもった上級モンスターが他にいるのか……?」


 モンスターの奇妙な動きに頭を悩ませていた俺だったが、ヨアの妻に試してみたいことが一つ思い浮かんだ。


「そうだ、俺の魔法に状態異常を回復するものがあるんです。一度試してみてもいいでしょうか」」


「本当ですか! ……しかし、生き残った村の回復魔法に特化した者でさえその病気は治せなかったんです」


 今回も無理だろうなという表情の中、俺は魔法を唱えた。


清浄の光リカバリー!」


 優しい光がヨアの妻を包み込む。苦しそうな彼女の表情がみるみる和らいでいった。




「んん……」


「ニーヤ! 目が覚めたのか!?」


 俺の魔法が効いたのか、みるみる顔色が良くなっていき体中のカビも少しずつ減っていった。


「お母さま!」


「ヨ、ヨミヤ。なぜこんなところに? そちらのお方は?」


 ベッドから体を起こし、物腰柔らかい声で自分の体の事よりもヨミヤがここにいることに驚いていた。


「こちらはアマギさん、私と初めてパーティを組んでくれた人なのよ! そして今、お母様の病気を治癒してくれたの!」


 目に涙を浮かべながらそう言うとニーヤは俺に深くお礼をし、アナスタシア家は久しぶりの再会を楽しんでいた。




――ガラァァァン! ガラァァァァン! 

『北の方角に敵襲! 敵襲!』




 落ち着く間もなく、村に鐘の音と男の叫び声が響き渡った。


「くそ、またか! 今月は二回目だぞ!?」


「今でも敵が攻めてくるんですか!?」


「あぁ、定期的に村に毒を撒き散らしに来やがる。俺らはその度に迎え撃たなくちゃならんのさ。 これ以上、村の者たちを失わせるもんか」


 歯を食いしばり、傍にあった斧を取り外に出ていった。

 俺とヨミヤもその後に続いて外に出ると、北からポイズン・スネークが群れを成してこちらに向かってきていた。



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