不快な音を掻き消し、消えた針の音。

蛇八磨 明和

本文

 「先生、私今から死にます」

 そう言ってどこからか取り出したピストルの銃口をこめかみに突きつける彼女。


 授業中の彼女の奇っ怪な行動にクラス中が騒然とする。

 そんな中、彼女の言動を思春期特有の誰かの気を引くためのおフザケとでも思ったのか、クラスのお調子者の田中とその一行が笑いながら彼女に近づいて言う。

 「おいおい、西さん、なにふざけてんの」

 そう言って肩を叩こうとする田中。

 

 そんな田中を彼女は撃った。


 それは一瞬のことだった。彼女の撃った弾は宙を舞い、綺麗に田中の頭に突き刺さる。

 撃たれた衝撃で頭から後ろへ倒れ血を流す田中。


 その光景は彼女はふざけてなんかいない。そしてあのか弱いたかだか10なんだかの小娘が持つ物がおもちゃなんかじゃないと、クラス中が気づくのには十分であった。


 一寸の間を置いて、叫び逃げ惑う者、恐怖で硬直して失禁してしまう者、様々な反応が現れる。


 1分も経たない内にクラスには僕と彼女と息を吸わない田中のみとなった。


 彼女はぼーっと時計を見つめていた。


 僕は田中にゆっくりと近づいて、その冷たくなり始めた体を抱いて田中の手をとって田中の手を頬に当てるようにしながら自分の耳を覆い隠してから、大きな、とても大きな声で泣き喚く。


 「ありがとう」

 そう言って彼女は銃の引き金を引いた。

 きっとその銃声はうるさかったことだろう。火薬の匂いが不快感をもたらす。


 すぐ近くでまた息を吸わないモノが出来た。


 するとすぐに、生徒の話を聞きつけた先生達が教室に走ってくる。

 教室に入るや否や絶句する女性教員と、一瞬ハッとしたような顔をしつつもすぐに僕を見て駆け寄って僕を心配する男性教員。

 

 「山口先生!!!大丈夫ですかっ!?」


 「あぁ...あぁ...」


 「先生...落ち着いて..すぐに救急車と警察を呼びますから」


 

 僕はその後、警察に保護された。

 この一件は、一人の少女が家での虐待による精神異常で起こした悲劇とまとめられた。

 そして彼女、西さんの親はこの一件で虐待が明るみに出て、まぁこれからの未来は言うまでもないだろう。


 聞いた話によると僕を一番に心配した男性教員は事件後同僚にこう漏らしたらしい。

 『山口先生はお優しい人でしたから、あの様子だとしばらくは心の傷が残るでしょうね...』


 「...」

 あの時殺された田中は、厄介な生徒だった。本当に面倒臭い生徒だった。

 そして、あの時死んだ西は良いやつだった。だが、あいつの親は本当に面倒臭かった。毎度毎度会うたびに肉体関係をもちかけてきた。


 僕は暗い部屋で一人満面の笑みをうかべて呟く。

「西さん、こちらこそです。これで随分と楽に授業が出来そうだ。ありがとう」

 僕は時計の針の音を今度はしっかり聞いてから、スーツに着替えて家を出た。

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不快な音を掻き消し、消えた針の音。 蛇八磨 明和 @lalalalala

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