No.3 信じないでね、嘘だから 作者:ぴよらっと
1
私の名前は
でもその名前で呼んでくれる人は今じゃあほとんどいやしない。
1296人を嘘で殺した連続殺人鬼の私には、喋るギロチン、シリアルライアーなんてかわいくないあだ名がついていて、呼ばれるときはもっぱらそれ。
シリアルに殺人なんて意味はないから、シリアルライアーじゃただの連続嘘つきじゃん! って抗議したけど、聞いてもらえなかった。
そもそもダサくてイヤなんだけど、っていう文句もね。
でもまあそんなあだ名がつけられるのもしょうがないっていうか、私とおしゃべりした人間はとにかく色んな形で死んでいくの。
いわゆる自殺教唆、とかじゃあないんだよ。
まあ自殺する人もそれなりにいたけど、なんていうか……私の嘘はその人を一番近い死に向かわせる。
それが自殺だったって人もいるけど、うっかり事故に巻き込まれたり、文字通り死ぬまで働いちゃったり、命をかけた大博打に飛び込んだりとか、まあいろいろ。
死に方があまりにも多岐に渡るから、それと私を積極的に結びつけることはできなくて、だから私を裁く法律はない。
でもそんなやつを野放しにしておくわけにもいかないから、とりあえずこうして閉じ込めておくしかない、とかなんとか。
以上、自己紹介はそんな感じ!
信じないでね、嘘だから。
だって、私みたいな小娘がちょっと嘘ついたくらいで、人を殺せるはずなんかないよ。そうじゃない?
って、お兄さん、そんなに警戒しないでよう。
確かに私と話した人が大勢死んだのは本当のことだけど……
あ、さては入り口の注意を真に受けてる?
「奴の言うことを信じるな。奴の言うことに意味を見出すな。言葉ではなくて単なる音の連続として捉えろ、音の解釈をしようとするな」
なーんて。大袈裟だよね、あんな言い方!
あれ、私に会いに来る誰にでも言ってるんだよ? ひどいと思わない?
こんなとこに閉じ込められて、楽しみといえばおしゃべりくらいしかないのにさ。
あんなこと言われたら、みんな私とまともに話してくれなくなっちゃうよ。
……そりゃあ私は、話をするのも、話を聞くのとおんなじくらい好きだけど。
言葉と言葉を交換する、自分の中にない新しいなにかを見つける。
それがコミュニケーションのおもしろいとこだと思わない?
それなのに、私だけが貰いっぱなしじゃ、不公平だと思うんだ。
だから、ね。怖がらないでいっぱいおはなししてほしいな。お願い。
ああ、そんな私がなんで自由に話したりできるのか、って?
嘘で人を殺せるシリアルライアーの口を塞がないなんて、意味がわからないって。
ふんふん。
そうだよねえ。
きみの言う通り、本当に私が恐ろしいなら、そうした方がいいんだよねえ。
あ、でもダメだよ、私に質問したりしちゃダメ。
私に質問したくなるってことは、私の言葉を欲しくなってるってことじゃない?
それはダメだよ。私が嘘をついたとき、きっと信じたくなっちゃうから。
信じないでね、嘘だから。
それはそうとして、なんだっけ。私が自由に喋れる理由かあ。
うん、多分だけど、知ってるよ。
私って、今まで本当にいろんな人とおはなししたからさ。
知ってちゃいけないこと、秘密だったはずのことをたくさん知ってるらしいんだ。
らしい、なんて他人事みたいだけど、私自身どれが知っててよくて、どれが知ってちゃいけないことなのかわかんないから、他人事みたいにしか思えないんだよね。
まあそんなわけで、私が抱えているらしい秘密の情報を、なんとか聞き出したいって人がたくさんやってきて、私に質問していくんだ。
そういう情報を欲しがる人って結構偉い人が多くって、いろんな圧力とかをかけれるみたいでさ。
すごいよね? この時代でも、そんなことってあるんだよ。
何もしてない女の子を監禁したり、その口を塞いだり開かせたり。
そういうことができちゃうような偉い人が、私と好き勝手におしゃべりするために、私の口は自由のまんまってわけ。
あの人達から見たら、私は宝の山みたいに見えるんだって。
目の前に宝の山があるとして、その番人がお前みたいな小娘だったら、誰だって試してみたくなる、とか言われたなあ。
まあ、その……私にそう言った人も死んじゃったんだけど。
あっ、ああでも、だけどあの、私が殺したわけじゃないよ!?
『なんだこのおじさん感じ悪! 死んじゃえ!』
とかはちょっと、ほんとにちょっとだけ思ったけどでも、殺してなんか、殺そうとなんか思ってない!ほんとにほんと!
って、『ほんと』なんて、私が言っても信じてもらえないかあ。あはは……
はあ、失敗しちゃった。
私っていつもそうなんだ。
私は喋るギロチンだのシリアルライアーだの言われてるけど、ただ仲良くおしゃべりしたいだけで。
あいつは嘘つきだ! って思われたいわけじゃないんだよ。
だから最近は、出来るだけ本当のことを言わなきゃ、って張り切りすぎちゃって、でもそれで、ますます人に疑われちゃうっていうか。
私がそうすると、『こいつは手強い相手だぜ!』みたいな顔されたり、すっごく怯えたりされちゃうんだよね……
あ、でもあなたは、どっちでもないね。緊張もしてないし、怖がってもない。
なにがなんだかわかんない、って顔してる。
うふふ、これは嘘つきの読心術とかじゃないよう。
年頃の女の子なら誰でも持ってる、女の勘ってやつ?
きみ、あなた……うん、お兄さん。
お兄さんって、心の中がすごく顔に出やすいのかも。
ダメだよ、本心はちゃんと隠さないと。
私に嘘、つかれちゃうよ?
それで、お兄さんは私とどんなおはなししにきたの?
私からどんな秘密を聞きたいのかな?
私がなんでも答えてあげる。
でも、信じないでね、嘘だから。
ええ? お兄さんも知らないの?
なんかわかんないけど私と話してこいって?
……私、心霊スポットとかじゃないんですケド。
度胸試しとか! そういうのと一緒にされたら困るんですけど!
てか、恥ずかしいじゃん!
私さっき『私がなんでも答えてあげる。でも信じないでね? 嘘だから』とかめっちゃカッコいい感じでキメたのに!!
なんだよそのぼんやりした理由!あーあー、傷ついちゃったなー!!!
なーんて。ふふ、うそうそ。そんな困った顔しないでよ。冗談だよ、冗談。
シリアルライアーのおもしろジョーク。
お兄さん、やさしいんだね?
そんなに謝んなくていいのに……ちょっとからかっただけだよう。
あ、もう帰っちゃうの?
……そっか、また来てね。
お兄さんとはまだまだおしゃべりしたいからさ!
なんちゃって。信じないでね、嘘だから。
2
わ! 来てくれたんだ~!
さあ、座って座って! 嬉しいなあ。
どうする? 何飲む? 今日のランチはカレーだけど、ご一緒する?
私、カレーが大好きでね……あ、アルコールもあるんだよ。
私には良し悪しはわからないけど。
ん? ああ、こういうのはね、私と話す人用に一通り揃えてあるんだ。
私はここに監禁されてるけど、建前としては『協力』してることになってるから。
ほしい、って言ったものはだいたいなんでも持ってきてもらえるの。
そんなことより……お兄さん! また来てくれたんだね!
うふふ、だあって、二回もここに来てくれる人はなかなかいないんだよ。
だいたいみんな、私から何かを聞き出そうとして、おしゃべりの途中で一人で納得して出ていって、それから死んだ、ってことを後から知るんだもん。
私の言葉でお兄さんが死ななかったことも、また会いに来てくれたことも、すっごく嬉しい!
なんて、信じないでね、嘘だから。
それで、今日はお兄さんは何しに来たの?
まさか、また『なんだかわかんないけど』来たのかな?
……ふふ、あはははは! そっかそっか。
私に殺しをやめさせたいんだ。
いいね、お兄さん。すっごくいいね。
そういうの、私だあいすき。あはははははははは!
うふふ、そうだね、ごめんごめん……笑い事じゃなかったね。
人が死んでるんだもんね。うん。
私について、色々調べてくれたんだ。嬉しいな。
あー、でも。お兄さんには、嘘はなしで、正直に言うとね。
私にとっては、やっぱりそれは笑い事でしかないんだよ。
だって、そもそも私はやってないんだもん。
……信じてくれる?
あはは、そう。無理だよね。
ううん、今のは私がいじわるだったな。ごめんね。
なにせ私は嘘つきだからね。喋るギロチン、シリアルライアー。
誰にも信じてもらえなくって当然だもんね。
でも、ただいじわるしたわけじゃなくってね、関係ある話なんだよ。
例えば、そうだなあ。
お前はお前が殺した人間に謝る気はないのか、とか。
私はよく言われるんだけどね。
そういうとき、私はこう答えるんだよ。
『私が悪かったです。許してください。反省しています。心の底から自分の罪を悔いています』
……どう?
そうだよね。嘘っぽいよね。
でも、ほんとにほんと。私は、死んだ人に悪かったな、って思ってる。
そうならなければよかったのに、って思ってるし、私が間違えなければ死ななかったのかな、っていっつも考えてるよ。
それなのに、私はね。本当に心から思っていることでも、あいつは嘘つきだから何か企んでいるに違いない、って疑われちゃうんだ。
私は、私の言葉を誰にも信じてもらえないんだよ。
私が何を言ってもそれは、嘘で人を殺したシリアルライアーの凶器でしかなくて、私、騙部語の言葉にはならないの。
私がどんなに言葉を尽くしても、それを受け取る人間がいなかったら、それは表現する意味なんてない。
私がどれだけ心を晒しても、それを嘘と決めつけられたら、私の心はどこにも伝わらない。
私はね、私のことを誰にもわかってもらえないんだ。
ううん、私という異端の存在を、理解しないようにするための仕組みがここでは徹底されてるの。
お兄さんだってそうでしょ? 私の言葉を心で聞く前に、一回それを信じたものか、吟味してから意味を考えてる。
今日も言われたでしょ?
「奴の言うことを信じるな。奴の言うことに意味を見出すな。言葉ではなくて単なる音の連続として捉えろ、音の解釈をしようとするな」
みんな、ね。私の言葉じゃなくて、その裏にある私の意図を探ろうとしてる……
そんなもの、ないのに。
私は本当に、ほんとに、ただ、おしゃべりしたいだけなんだよう。
だからね、私の言葉を信じる気がないのに私に何かを求める人は、私にとっては笑い話でしかないんだよ。
でも、そう。それでいいの。
私のことなんて、信じないでいい。
私は、私が生きているというだけでこの世界をめちゃくちゃに壊してしまうことが怖いんだ。
私にはね、この世界が砂糖菓子とかメレンゲでできてるように見える。
甘くておいしいお菓子でできてるから、繊細で、脆くて、私が食べたところは歪になくなっちゃうの。
だから私は甘い匂いを我慢して、そっと気をつけて歩かなきゃいけないし、その中でも一番壊れにくいこの部屋に閉じこもっているのが一番いいの。
私は私が恐ろしい。だから、私のことを信じる人なんていなければいいって思ってる。
誰も、私の嘘に騙されなければいいのにって願ってる。
そうすれば、きっと誰も死なないんだもんね。
お兄さんも、私のことなんか信じないでね、嘘だから。
でも、そっか。殺すのをやめろ、か。
私が何か、意図を持って人を殺しているなら、やめれるんだけど。
私の話を聞いて、人が勝手に死んでいくだけなんだもん。
私にはどうしようもないと思わない?
私が何も喋らなければ、助かるのかな?
私が死ねば、全ての人は死なないと思う?
あ、でもそれはダメなんだった。私は死ぬことすら許されてないんだよ。
私が持ってる情報って、本当に宝の山なんてもんじゃないらしいの。
それこそ、国がひとつふたつ簡単に吹き飛ぶようなものなんだって。
ほんとかどうか、私の知ってるどの話がそれなのか、私にはわかんないけどね。
だから、それを喋るまではここで生きてなきゃいけないんだって。
……そんなこと言われたらさ、おしゃべりするのだって、ほんとは怖いんだよ。
だって、それって。その秘密さえ喋っちゃったら、後はお前に生きている価値はない、って事じゃない?
私は、怖いよ。
お前に生きている価値なんかない、って言われることが、怖い。
だからね、私は嘘をつくんだ。
自分を守るためのささやかな嘘。
死にたくないから、自分の価値を失いたくないから、嘘をつくの。
たとえそれで、誰かが死ぬことになったとしても。
それって、そんなにいけないことかなあ?
ごめんね。聞くまでもないよね。
ほんとは、私だって知ってるんだ。
私は本気を出したらいけないの。
私は本気で何かを欲しがったらいけないの。
もし私が本気で何かを手に入れようと思った時。
シリアルライアー、喋るギロチン、言葉だけで1296人を殺した連続殺人鬼が、その全機能を、全身全霊を一つの目的のために使った時、誰かがそれを止められると思う?
誰かがそれを、止めようとしてくれるかな?
ふふ、お兄さん。嘘は良くないなあ。
多分、誰もね。私を止めてくれないんだと思う。
それが止められないから1296人も死んでるんだもんね。
ありがと。お兄さんは、嘘ついてもやさしいね。
でも大丈夫。私はわかってるから。
私は本気で何かを欲しがっちゃあいけないの。
多分、自分の命だってそう。
運良く、なんかの間違いで残ってくれたらいいのになあ、くらいの、軽い望みくらいしか、私には許されてないんだと思う。
ここに来た人が、しゃべり疲れて喉が渇いたらかわいそうだから、飲み物だけは置いといてほしいなあ、とか、そんくらいの。
違うよう。聞き分けがいいんじゃないよ?
そういうふうに見えるかなあ? 私は全然、いい子なんかじゃないんだからね。
……うん、ごめんね。お兄さんには謝らせてばっかり。
楽しくおはなししたかったんだけど、こんな話になっちゃった。
なんでだろ。お兄さんにはあんまり、うまく嘘つけないや。
ごめんね。今日はちょっともう、一人にしてほしいかも。
でも、また……
また来てくれる?
なーんて。信じないでね、嘘だから。
うん。ばいばい。
3
ああ、お兄さん! 来てくれたんだ。
三日も続けて来たのはお兄さんがはじめてだよ。
ささ、座って座って? 飲み物は……いらない?
欲しくなったらいつでも言ってね。大体のものは揃ってるんだから。
えっと。今日もお兄さんは、私が人を殺すのを止めに来た、のかな。
……あのね。本当はね、私、お兄さんがどうしてここに来たのか、知ってるんだ。
お兄さん、婚約してる人いるよね。
その人と結婚するための条件として、私が人を殺すのを止めてこい、なんて言われたんじゃない?
あは、急にびっくりした? ふふ、今更指輪を隠しても遅いよ~。
言ったでしょ。
私がほしい、って言ったものはだいたいなんでも持ってきてもらえるんだよ。
紅茶とか。私のお客様が飲む用のアルコールとか。
私を訪ねてここに来た人の、身の回りの情報とか。
その婚約相手が誰なのか、とか……だいたいなんでも。
私が、本気で何かを欲しがったりしないようにね。
そして、そんなことを条件にする人が誰かも私は知っている。
この施設……私を閉じ込めてるこの建物の、館長さんだよね。
ほんとは館長さんなんかじゃなくて、もっと偉い人なんだろうけど。
あの人、私と話すのがすっごく嫌みたいだから、あんまり教えてもらえないんだ。
そう。あの人は嫌いなものが多いんだよ。
私とか。野菜とか。娘に寄り付く男とか。
だからね、『死んでもいい』と思いながら、ここに男の人を連れてくるの。
その人が、私から秘密を聞き出せればよし。私が人を殺さなくなればよし。
その人が失敗して、私に殺されてもまあ、よし。ってね。
心当たり、あるでしょ?
あの人の探るような目。
冷徹に損得だけで全てを勘定する姿。
娘と婚約するくらいだもん。少しは知ってるんじゃないかな。
『使えないなら死んでもいい』
いかにも、あの人の言いそうなことでしょ?
でも、私はね。お兄さんに死んでほしくないんだよ。
今、お兄さんはとても危ないの。
このままだときっと、死んじゃうって、私は知ってるの。
だからお願い、約束して。
私の嘘を聞いても、絶対に信じたりしないって。
私の嘘を聞いても、絶対に死んだりしないって。
そうすれば、ね。お兄さんの望みも叶う。
私はもう、人を殺さなくて済むの。
お兄さんだけだよ。お兄さんと私だけの秘密の約束。
約束して、くれる?
ふふ。ありがとう。
ははは、あはははははは!
ううん。嬉しくって。ありがとうね、お兄さん。
それじゃあ、私がお兄さんを守ってあげる。
まずは、大前提。お兄さんに今迫ってる危険について説明するね。
人が死ぬ嘘。ううん、人を殺すための嘘、って言うべきかな。
ねえ、私の嘘は確かに人を殺すかもしれないけど、1296人なんて人数、いくらなんでも現実的じゃない、って思わなかった?
……思ってよう。私、そんなにたくさん人を殺しそうに見えるかな?
喋るギロチン、シリアルライアー。邪悪な嘘つき殺人鬼。
あれはね、そういう形の嘘なんだよ。
確かに私と話したことのある人は何人か死んでるけど、それよりもっと多い数の人間が殺されてるの。私のせいってことにしてね。
不可知の殺人鬼、シリアルライアーのせいということにして、秘密を知ってたり、秘密を探ろうとしてたりする不都合な人間を炙りだして、殺しちゃう。
ここはそういう不都合な人を殺すための施設で、私はそのスケープゴートっていうか……言い訳みたいなものかな。
シリアルライアーと話したんなら、死んでしまっても仕方ない。
そうやって誰かを殺すためのね。
お兄さんの場合は、あの人の公私混同に巻き込まれたんだと思う。
娘の婚約者ってだけで人を殺すなんて、許されるはずないのにね。
お兄さんにこんなことを話すのは、この秘密を知ったお兄さんが殺されてもいいと思ってるからじゃないよ?
その逆。
何も知らないのに、どんな秘密を聞き出そうとしたわけでもないのに、ここに送られてきたお兄さんは、何も知らないまま断頭台に送られてきたようなものなんだって、知ってもらいたかったの。
喋るギロチン、シリアルライアー。嘘で人を殺す連続殺人鬼。
それに殺されたなら、訳もわからぬ超常現象で殺されたのなら、しょうがない。
そういう言い訳で、お兄さんは遠くないうちあの人の部下に殺されることになる。
だからね、お兄さんには身を守る術が必要なんだ。
お兄さんが殺されないためには、自分の身を守るための秘密が要るんだよ。
ああ、大丈夫。心配しないで。
ここの音声はどこかで聞かれたり、録音されたりしないようになってるから。
昔、そういうふうにして私から秘密を聞き出そうとした人が、死んじゃったことがあって。
それからね、絶対に私の言葉を外に持ち出せないようにされたんだ。
入り口でも、念入りにチェックされたでしょ? 機械とか、金属類を持ち込まないようにって。
だから、知ったら殺されちゃうようなすごい秘密を聞かされたって、あなたがが何を聞いたのかまでは、あの人たちにはわからない。
そして、その曖昧さこそが、お兄さんを守る鍵になる。
ほら、お兄さんは、嘘をつくのが下手でしょう?
だからね、絶対バレるよ。私から何か大きな秘密を聞いたこと自体はね。
でも、お兄さんが黙っている限り、その秘密が何なのかまではわからない。
お兄さんは黙っていても大丈夫、私から聞いたことは全部嘘だから、お答えできませんって言えばいいよ。
私の嘘は人を殺すから、それを外の世界に持ち出さないようにしているお兄さんが咎められることはないもの。
そして、お兄さんが私からどんな秘密を受け取ったのかは私以外誰も知らないから、秘密の重さに怯える人たちはそれを知ってるかもしれないお兄さんに手出しもできない。
私に手を出せないようにね。
どうかな? 私の本気の嘘。
これならお兄さんを守れるんじゃないかな。
あ。信じちゃダメだよ。私の言葉は全部嘘。
全部がでまかせのデタラメで、言葉のひとつひとつがお兄さんの命を奪うための牙なんだよ。
だから、ね。
信じないでね、嘘だから。
だからあ、信じないでねってば!
君の言うことを信じるよ、じゃなくて!
私の言葉は嘘じゃなきゃいけないの。
私の言葉は、誰にも伝わらないものじゃないとダメなの!
お兄さんが私の言葉を信じないって言ってくれるから、この牙が形を持つことはない。
お兄さんが私の嘘に騙されないでいてくれるから、私が誰かを殺すこともない。
この説明を全部聞いた上で、お兄さんは私の言うことを信じない、それで初めて全部うまくいくんだってば!
だって、嘘じゃないって思ったら、お兄さんはこのことを公表しちゃうでしょう?
この狭い部屋に閉じ込められた、私のことを助けようとしてくれるでしょ。
ダメだよ。そんなことしようとしたら、絶対にお兄さんは殺されちゃうから。
私はお兄さんに死んでほしくないの。
私の言ったことは全部嘘なの。
それでいいんだよ。
信じないでね、嘘だから。
後は、婚約者――お姉ちゃんと一緒にどこかに逃げるといいよ。
あの人の目の届くところでは、幸せになんかなれないから。
あはは……うん。そうだよ。
騙部語って名前。あれも嘘なんだ。
私もね、本当はあの人の娘なの。
っていうか、私が娘だからあの人が館長をやっている、というべきなのかな。
嘘で人を殺せる連続殺人鬼が身内にいるなんて知れたら、立場が危うくなるもんね。
けど、あの人はそれを上手く利用したんだ。
気に食わない人間を秘密裏に殺せる道具として、私という異常な才能を上手く使ったの。
だから、あの人は自分の地位を築くのに役に立った私に負い目があるし、お姉ちゃんのことは珠を扱うように大事にしてるんだ。あてつけみたいにね。
うん。そういう、身内の不始末にお兄さんを巻き込みたくなかった、ってのもあるけど……姉妹だからなのかな。
お兄さんには、死んでほしくないって思ったの。
こんなやさしい人が、私のせいで不幸になったら嫌だなあ、ってね。
なーんちゃって! 信じないでね、嘘だから。
それじゃあ気をつけて。お姉ちゃんによろしくね。
あ、そうだ! お姉ちゃん、カレーの隠し味に蜂蜜を入れるのが好きなんだ。
上手く逃げられたら、こっそり試してみてあげて!
4
私の名前は騙部語。
でもその名前で呼んでくれる人は今じゃあほとんどいやしない。
1298人を嘘で殺した連続殺人鬼の私には、喋るギロチン、シリアルライアーなんてかわいくないあだ名がついていて、呼ばれるときはもっぱらそれ。
でもまあそんなあだ名がつけられるのもしょうがないっていうか、私とおしゃべりした人間はとにかく色んな形で死んでいくの。
最近だと、そうだなあ。駆け落ちしたカップルが、駆け落ちした先で死んじゃったんだって。
女は呼吸困難。男は首吊り。
アレルギーで食べられないものを、男が間違って料理に入れちゃって、それで最愛の人を殺しちゃったらしいよ。
それで、良心の呵責から男は自殺……とかなんとか。
心中するくらいなら、はじめから駆け落ちなんてしなければいいのにねえ。
っていうか、恋人の食べられないものくらい、把握しておくでしょ、普通。
まあでも、そんな能無しを後継者に据えずにすんでよかったのかも。
そう思いませんか? お父さん。
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