第3話 見守る者たち
「本当に良かったのか?」
黒尽くめ男、
「ああ……
遅かれ早かれ、彼女は世界に注目されることになる。
俺は師匠として、少しでも彼女の力になりたかった。それだけだ」
「あの人形は多分、あの少女の運命を変えることになるはずだ。
だが、それを引き換えにお前の生存が世に知られる事となるかもしれんぞ?」
蔵人は眉を潜めて呟く。
「構わない。
この身体を治したら、いずれ奴らとは決着をつける予定だ」
力の籠もった言葉。
全身包帯の男は、かつて最強無敗の格闘王と呼ばれていた。
総合格闘技でアジア人初の世界チャンピオンに上り詰め、そこから無敗の伝説を作り上げた人類最強の格闘家。だがその男は2年前に事故に巻き込まれ死亡した――と、世間には伝えられている。
しかし、助からない状態と判断された京士郎は、伝説の外科医と呼ばれた男・黒栖 蔵人の執刀により命を取り留めた。
だが、命を取り留めたといっても、全身は悉く損傷しており、この病院でリハビリと回復手術を繰り返しているのだ。
正体を隠すため、黒服に身を固めた男。病院内であっても不吉の象徴である黒服の着用が許された男である。
天才的な外科手腕を持ち、どんな難病や怪我もこの男の手にかかれば助けられない命はない、とまで言われている。
執刀を望む者は星の数ほどおり、一度のオペを行うだけで巨額の金が動く。
故に蔵人の所在は国家機密とされている。
「私もいろんな組織から監視されているからね。
これ以上の露出は危険だ。戻りますよ」
蔵人は車椅子を翻すと、病院の奥へ歩みを進める。
「それにしても、京士郎。あの娘はお前がそこまで認めるほどの人物なのか?」
車椅子を押しながら、蔵人が疑問を投げかける。
「ああ……
ああ見えて、あいつは俺が知る格闘家の中で最強と言っても良い……
まぁ、ゲームの中での話だけどな」
包帯の男はニヤリと口元を唇を歪める。
「たかがゲーム、と笑い飛ばすような時代は過去のことか……」
「俺らの世代だとそういう輩は多いがな。
俺も実際に仮想現実世界へダイブして体験するまでは、ただの遊具だと思っていた」
「そうだな。
仮想現実はただの遊びに止まらず、ビジネスや産業、そして医療にも利用されるようになった。
今や現実に大きな影響を与える、半現実と言っても過言ではない。
病院内だけの閉鎖された世界だけの存在だったあの少女の存在を、本物の世界が気付いた時、どれだけの衝撃が走るか、想像がつかないな」
蔵人は黒いマスクの下でくつくつと嗤う。
「それに、あの両親も私の興味を引くには十分な存在だった」
「ほぉ、貴様の琴線に触れる何かがあったのか?」
蔵人の言葉に京士郎が問い返す。
「私はあの少女に執刀するにあたり、あの両親を調べ上げた。
生い立ち、人と成り、そして資産についてもだ。
あの両親は驚くほど真っ白。善良なる市民を絵に描いたような人物だった。
だから、執刀するに事にした。
まぁ、一つ条件を付けましたがね。
裏のルートを使ってあの家族の資産を調べ上げ、ギリギリ払えないであろう額を提示したんだ」
「テメェ、俺の頼みなのに、金を取ったのか?」
京士郎が車椅子を押す蔵人を睨め上げる。
そう、真雪が手術を受けられたのはただの偶然ではなかったのだ。
仮想現実の世界で京士郎が真雪の才能を見いだし、親友でもある蔵人に依頼したのだ。
真雪は覚えていないようであるが、術後のリハビリの前に仮想世界で京士郎と出会っているのである。
「えぇ…… 私は自分の技術の安売りはしない主義なんでね」
しれっと蔵人が答え、言葉を続ける。
「それで、あの家族、どうしたと思います?
なんと、私が提示した額を翌月に即金で払ったんですよ。
私の調査は完璧なので、金額についてはかなり無理をしたようですね。
一流企業に勤めていた両親は揃って早期退職しその退職金と、住んでいた家、家財、土地全てを売って資金を作ったようです。
そこまでして掻き集めた全財産を、まるごと差し出したんです。
信じられますか? 私が悪徳詐欺師だったら今頃あの家族は破滅してたんですよ」
「だがお前は詐欺師ではない、だろ?」
珍しく饒舌に話す蔵人とは対照的に、不機嫌な口調で京士郎が横槍を入れる。
「まぁ、そうですね。
それだけの覚悟を感じとりましたから、私としても本気でオペに臨みましたよ。
まぁ、私が執刀すれば失敗はあり得ないのですがね」
そんな尊大な蔵人の発言に京士郎はやれやれと肩をすくめながら問う。
「お前がそれだけ喋るってことは、それだけでないんだろ?」
「ふ…… さすが、京士郎。
私が助けた患者の家族が全財産を失って破滅する姿を見殺しにする訳にはいかないですからね。私の執刀が無駄になってしまう。
なので、術後もあの家族に監視を付けて、もし露頭に迷うようなら陰から助けるように命じてたのですが……」
そこで蔵人はパンと手を叩いて、はははと笑う。
「徒労に終わりましたよ。
あの家族、私が思っている以上にやり手だったんですよ。
家を失った二人は母方の実家に世話になるようになったのですが、そこはど田舎で、老後に趣味でやっているような小さなパン屋でした。
年金と合わせれば何とか食べていける程度の稼ぎしかないところに、二人、いえ娘の入院費も入れれば三人分家族が増えれば立ち行かなくなるのが道理なのですが……
母親は、所有しているIT系資格と知識を利用してインターネット販売を始め、父親は一流商社の営業だった手腕で販路を拡大。
この一年で田舎のパン屋の売り上げは推定五倍、今やバイトを雇っても供給が追いつかないほどの人気店だ。
私の出る幕はなかった」
そう言って、また笑い声をあげる。
「だか、お前のことだ。全財産を失ったが自力で立て直せたから『何もしなかった』って事もないだろう?」
挑発的な言葉。必要がなかったからと、金を懐に仕舞うような男であったら一発ぶん殴ってやる、と鋭い視線を蔵人に向ける。
「怖い目をするな。
あぁ、あの家族は私の助けがなくても自力でやっていける。ならばという事で――」
そして蔵人は金の使い道を語る。
「はっ! 蔵人、お前にしては随分と面白い事するじゃねぇか!」
京士郎が獰猛に笑う。
「さしあたって、京士郎。貴方にも手伝ってもらいたいことがあるのですが」
「ああ、構わないぜ。師匠として、あいつの力になれるなら協力は惜しまねえ」
「そうですか、ならば――」
こうして蔵人はさらなる計画を口にするのであった。
「これで舞台は整うでしょう。
さてさて京士郎が認めたあの少女が、どんな活躍をするか、共に楽しみにしていくとしましょう!」
くくく、と蔵人が笑うと、その笑い声に京士郎の笑みが重なる。
「「くははは、はーっははははは!!」」
二人の天才は笑い声を上げながら、病院の奥へ消えていった。
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