85.この世界で生きていきます
改めてやってきた宰相様とその場で売買契約を済ませて売り上げ金は口座に振り込んでもらい、俺はドラさんと一緒に帰ることを口実に早々に退散することにした。
ドラさんに拾ってもらって上空から見下ろしたヘカトンケイルの死骸は、回収のために集まった騎士たちに取り囲まれて、まるでガリバーのようだ。改めて巨大過ぎる姿に身震いする。
午前中に予定が済んでしまったので午後から登校すると、教室ではパーティーの仲間たちに、放課後は学年の違う教室までやってきたニコル会長に、普段通り図書館に向かう途中でレイン教授に捕まり、夕飯時にはキャレ先生にお誘いを受けて訪ねた医務室でロベルトさんまでやってきて、それぞれに状況を説明することになった。幅広い交友関係でありがたいことではあるけど、説明は一度で済ませたいとも思ってしまう。
翌日からは普段通りの日常が戻ってきた。
あのアニメのパクりな名前のカプセルは、圧縮カプセルと名前を変えて特許管理局に登録申請を出した。またしてもレイン教授の熱い要望で連れ回された結果だ。
そのレイン教授は、出来立てホヤホヤの魔道具をたくさん持って、ゼミ生さんたちと共に出張に出かけていった。行き先は我が家のご近所さんなので、暇を見つけて遊びに来るそうだ。俺は夜にしか塔にいませんよ、と釘は刺しておいた。
2週間ほどして、寮の部屋に装飾のついた良い紙を使った封書が届いた。差出人には王家の家紋が捺されていて、何ともイヤな予感を感じさせる。
ひとりでそれを開くのは勇気がいったので、医務室に押しかけてキャレ先生同席のもとで開くことにする。
封蝋を割って中を開く。入っていたのは1枚の通知書だった。
「此度の功績を評し騎士爵に任ずる、だそうです」
「ふむ。それはめでたい話だね」
「未成年の俺には重たい肩書きじゃないですかねぇ」
「そんなことはない。リツくんは自覚が無さそうだが、国を救った英雄なんだよ。このくらいの評価は妥当だと思うね」
「でも、爵位ってことは貴族でしょう?」
「勿論貴族位ではある。ただ、騎士爵というのは特例的な爵位でね。国に対して武勇面で多大な功績を残した人物を国家として評し、報奨金として年給を与えることが主目的の一代爵位なんだ。子孫に引き継がない、その人個人だけに与える実益の伴う栄誉称号だと思って良いよ。貴族としての義務も無い」
「義務、無いんですか」
「貴族位だから、有事の際には真っ先に戦力として出兵する義務はある。けど、それだけだね」
冒険者としてどうせ有事の際には戦場に出るから、実質義務はないようなものだった。それなら、受けても良いかなって気になる。国のために働く気は全く起きないけど、陛下のためなら力を貸しても良いかなとも思うし。騎士爵を受けたのだから騎士隊に入れ、って義務さえなければ構わない。
うん、そこだけ問い合わせしておこう。
騎士爵授与のため指定の日時に登城するようにと指定があって、了承の返信用書類が同封されていた。サインを入れて送り返せ、とのことだった。
「しかし、我が子が爵位を得ることになるとは思わなかった。ありがたいことだね」
「キャレ先生は、貴族家出身の平民、でしたっけ。まさかそのせいで養子縁組解消なんてことは……」
「無いよ。大丈夫、安心して。騎士爵の家族が平民であるのは普通のことだから。せっかく縁があってうちの子になってくれたのに、手放したりなんてしないよ」
「ありがとうございます。今後ともお世話になります、お義父さん」
「あ、良いね、それ。家族っぽい。いつもそれで呼んでおくれ」
「え? それ?」
「うん。お義父さん」
「……あぁ」
確かに。この世界で生きていくための足場固めのため、せっかく養子にしてもらったのに、先生呼ばわりは他人行儀だったか。
嬉しそうにニコニコしているキャレ先生に、俺は申し訳なさと照れくささで苦笑いを返し。
「はい。お義父さん」
そう、呼んだ。
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完結まで連載中お付き合いくださった皆様、ありがとうございました。
そして一気読みのために完結をお待ちくださった皆様、お待たせしました。
お楽しみいただけていたなら幸いです。
この後少しだけ後日談があります。
別作品にされていた前提編と伏線回収し損ねたヘリーの恋バナです。
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