72.厄介事は重なるものです

 教授が何を目的に中学院の食堂までやってきたのかは、俺たちの姿を見て把握したらしい。食堂に顔を見せたニコル会長は、すぐに顔を引っ込めて代わりに追い払う口調を強めた。


「我々中学院学生会は学生の健全な勉学環境を守るため、学生自治を委ねられております。我々学生会は部外者の学内への侵入を原則禁止とさせていただいております。ご訪問の際は予め学院と学生会の承認を得ていただく必要があります。ここはどうぞお引き取りを」


 その言葉の向く先は見知らぬ客人4名であって、大学院教授ではない。中学院に付属している食堂ではあるが、学院に所属する人間はどこの食堂を利用しても問題ないことになっているからだ。

 まぁ、学生が他の年代の学院食堂を利用することはほぼなく、特別授業等で出張講義が入ることのある大学院教授のための制度であり、某考古学教授などはもう何度か俺たちのテーブルに同席してるんだけど。


 当然、その4人を自分の客として扱っている教授からは抗議の声が上がるが、ニコル会長がそれに頓着する様子はない。当たり前だよな、規則という面で絶対的に会長の方に分があるのだから。


 帰れ帰らないの押し問答は食堂中の注目の的で、その原因である自覚はある俺はというと、途中だった食事ののったプレートから皿をどかし、飲み水のコップから溶けかけの氷を使って魔法陣構築中。円は皿の外周を使って、直線は隣にある周りにある友人たちのプレートの縁を使って描いていく。


「エリアス。見えるか?」


「ん? あ、うん。待って、これ、どんな字?」


「こう」


 ちょうど席が隣同士だったから、水で作った魔法陣も見えたようで、細かくて潰れた字の確認だけ別でやりとりする。紙とペンがあれば良かったけど、さすがに財布すらいらない食堂に手荷物なんて持ってきていないのだ。

 配膳プレートだけでは足りなくてはテーブルに書いて見せたりして確認を済ませ、俺はエリアスと同時に顔を上げた。魔法陣を見せただけで何をしようとしているか伝わるあたり、エリアスの頭脳はホントにどうなってるんだか。


「ここに居座ったところで俺はアンタらについてはいかないけど?」


「何だと!?」


 ニコル会長に食ってかかっていた勢いのまま振り返った教授さんに、俺はわざとらしく腕を組んでふんぞり返ってみせた。普段やらない格好だから自分で違和感だ。


「そりゃそうでしょ? 実験動物扱いする宣言されててついていくとか、どんな被虐趣味だよ。せっかく学院卒業まで保護してもらえる立場を確保したのに、放棄する意味なくない?」


「その費用はワシが負担しておる! いわば我が扶養下にあるも同然! なれば従うのが被扶養者の義務であろう!」


「それは扶養じゃなくて誘拐っていう犯罪の賠償金だろ。誰が被扶養者だ」


「は! 何を馬鹿なことを! 所詮異界の体内魔素も持たぬ劣等種の分際で、生意気にもこのワシに楯突くか!」


「その体内魔素で力任せに魔法陣起動するくらいしか能のない魔物崩れが偉そうに」


「なんだと! 貴様ぁっ!!」


 よし、来た。

 激高してまたこちらに走り迫ってくる教授さんに俺は自分でもヒトが悪いと思う笑みを顔面に乗せ。隣からエリアスが鼻で笑うのが聞こえた。


「この伯爵たる王国唯一の魔法師を愚弄す「壁っ」ぶべっ」


 右手を差し出してエリアスが呟くと、顔面からべちゃっと透明な壁に突撃して不細工な顔を晒し、弾き返されて崩れ落ちた。

 魔法陣を中心として地面と垂直に平面状に実体化させた魔素塊を指定サイズで構築する。と、魔法陣に書いてみた。それを、現代の魔導師であるエリアスが発動したわけだ。

 作るのはただの壁だから、自分で突っ込んでくるように煽ってみた。まぁ、言いたいことも言ったけどな。


 転校生として在学している俺なので、異界からの誘拐被害者との暴露はあまり誉められたことではないが、先に暴露したのは誘拐犯本人だし、学院が非難の的になっても俺のせいじゃないぞ。


「王国唯一の魔法師ってのは、リツのことだろ」


「俺は魔法発動できないから、エリアスのことじゃないかな」


 気絶したおっさんを見下ろしてエリアスが呟くから、俺も同じように見下ろして呟き返した。


 遅ればせながらロベルトさんが息を切らしながら食堂に現れる。どうやらここまで走ってきたらしい。ロベルトさんとは別に中学院の教師として見覚えのある大人たちもやってきて、事態はそのまま大人に引き取られていく。そこに倒れている教授も、何人かが担架を持ってきたので、そのまま回収するようだ。


 俺の方には大人たちに指示出しをしていたロベルトさんがやってきた。


「食事中に騒がせて申し訳ないが、事情聴取をさせてもらいたい。同行してくれるかな? 食事もこちらで用意しよう」


 ご飯を食べさせてくれるなら文句はないです。ロベルトさんは学院の代理だけど俺の味方なのは分かっているし、協力するのに吝かじゃない。


 けど、そこに割り込みがあった。

 食堂のあちこちで、携帯端末の呼び出し音が鳴る。発生源は主に教師たちで、そこにはエリアスのポケットも含まれた。ギルド所属の冒険者パーティー共用端末なので、連絡が来るとすれば相手はギルドしかなく。


「Cランク以上対象の緊急召集だ。管理森林の奥の森で魔物暴走が発生。こっちに向かってる」


「緊急事態だ! 全員ただちに現況を撤収し各自所属クラスにて待機! 急げ!!」


 教師が食堂内で指示の声を上げ、直後、同じ内容の校内放送が入る。まだ食事中だった学生も含めて全員が立ち上がり、下膳口に殺到していった。規律のとれた行動は訓練の成果を思わせる。さすが、緊急事態には真っ先に召集される貴族の教育機関だといえるが。


 事情聴取どころじゃない、異常事態の発生だった。

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