71.厄介事は忘れた頃にやってきます
ヘリー改造計画は昼休みも着々と進行中だった。
男の子らしく短い髪をベリーショートのまま可愛く変える方法を吟味したり、ヘリーに似合いそうな服装を吟味したり。放課後はショッピングモールに突撃予定だという。
そんな3人を俺とエリアスは黙って見守るだけだ。俺は異世界な感覚だからこの世界のファッションに疎いし、エリアスは家が男所帯で身近に女性がいないこともあって、よくわからない、と匙をポイ捨てしている。
改造なんかしなくても充分ヘリーは女の子らしいと思うんだけどねぇ。
それより気になるのは、ヘリーのお相手だ。現段階ではヘリーの片思いだそうなのだが、ドイトもエイダもその相手と上手くいって欲しいようで、非常に積極的なのだ。となれば、それが誰なのか気にならないわけもない。
エリアスも含めて、誰も教えてくれないんだけどな。そのうちわかる、だけだ。
時折こちらにも意見を求められては、やっぱり異世界とは感覚が違うと結論が出る、を繰り返していると、食堂の入り口の方が普段と違うざわつき方をしだした。昼休みも後半に差し掛かれば、外へ出て行く方向、つまりざわつきが遠ざかるものなのだが、入り口に止まっているのだ。
何だろう、珍客でも来てるんだろうか。
ざわざわした空気は徐々に広がり、食堂の奥の隅であるここまで伝言ゲームが伝わってきた。
「前期途中で来た転校生だってよ」
「そんなのいたか?」
「お前、それ、有名人じゃねぇ?」
「2年で闘技大会の本戦に勝ち進んだ奴だろ」
「そこにいる奴だって」
ほら、と視線が集まるのは、当然俺で。
え。俺が探されてるのか?
発見情報が入り口方向へ戻っていくのを見送ってしまう。エイダたちも自分たちの話を中断してピリッと緊張した空気を纏った。俺だけ状況の変化に戸惑ってぽやんとしたままなんだが、一体何事だ。
あっという間に野次馬と化した立っていた学生たちが入り口と俺たちの間からささっと引けたことで、こちらから問題の原因が見えるようになる。途中に挟まった食事中の席が居心地悪そうだ。
そこにいたのは、白衣をまとった初老のおっさんを中心とした、5人ほどの集団だった。
てか、その人、俺の誘拐犯なわけだが。
「おう、おう! ここにおったか! ほれ、見よ! あれが異なる世界よりワシが召喚陣より招き入れた成果物よ!」
いやぁ、それはこの学院が隠したがってる不祥事なんですが。俺には学院の評判がどうなろうがどうでも良いけど、学院には迷惑なんじゃないかな。
誘拐犯のおっさんを除いた4人はこの学院の関係者ではないのか、半信半疑な様子だ。無理もない。黒髪黒目という以外に他の学生と違いはほとんどないんだから。
てか。成果物って、物扱いかよ。
ひそひそと向こうで会話が始まった隙に、俺は携帯端末を取り出して電話をかけた。
呼び出し音が鳴る間に、たしか大学院の教授さんなはずのおっさんがこっちに向かって食堂に入ってきた。用件なんて聞かなくても分かるよな。拘束が解けて自分の研究成果物である俺を回収に来たのだろう。大人しく回収される気はさらさら無いが。
『リツくん? 通話なんて珍しいですね。どうしました?』
「異界の者よ、研究の続行である。お前がどこからどう選ばれ転移陣に現れたか、異界の者の安全性と共に確認せねばならん。同行せよ」
安全性って。魔物よりは充分安全だわ。この世界のヒトと比較しても無害だろ、俺。
聞き捨てならなかったのは友人たちも同じで、いやむしろ俺より沸点低かったようで、全員揃って立ち上がった。そこには魔物狩りでも攻撃に加わることのないヘリーも含まれている。怒ってくれるのは嬉しいけど、みんなが怒ってくれるから俺が怒り損ねた。
事態を把握してくれたのか、携帯端末からはすぐ行くとの声がして、ブツリと通信が途絶えた。
「彼を生まれ育った地から誘拐しておいて何勝手なこと言ってんスか!」
「魔術も使えないリツに安全性の疑いなんかあるわけ無い」
「何がどこからどう選ばれてくるか分からないような研究をまだ続ける気なんですか!?」
「彼は学院で身柄を補償されているはずです。学院の許可は出てるんでしょうか?」
みんなで俺を隠してくれるから俺からもおっさんの反応は見えないんだが、ぐぬぬ、という声は聞こえる。言い返す言葉に詰まった人間って、本当にぐぬぬって言うんだな。初めて聞いた。
そこへ、聞き覚えのある涼やかな通る声が聞こえてきた。
「おや? 今日は学内への訪問客の予定は聞いていませんが、何のご用でしょう? 申請はいただいていますか?」
ニコル会長の声だった。どうやら食堂にいなかったようで、入り口で残されていた部外者を見つけたため声をかけたらしかった。これから昼食なんだろうか。早食いは胃に良くないぞ。
会長には同行者がいたようで、まずは事務棟で手続きいただきませんと、と苦情を続けている。申請していないのは事実のようで、返事がしどろもどろだ。
問題の原因であるおっさんは、再びドカドカと入り口の方に戻った。自分の同行者だから問題ないとか、大学院の教授に中学院での権限はないとか、押し問答が始まっている。
さて、対応はいったん学生会らしいみなさんが引き取ってくれたが、この先どうしたもんかね。
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