51.現代の魔導師を生み出してみます

 おいでおいでとエリアスを手招きして、向かいに座らせる。

 持ち込んだノートに書くのは、その場に火を起こすだけの一番簡単な魔法陣だ。エリアスに教えられて古本で買った教科書に書かれていたあれだ。

 翻訳魔道具が起動している今なら。


「これ、読めるだろ?」


「炎? あ、そうか。古代語の文字なのか」


 そう。魔法陣は、真円を基本に直線と三角形と表意文字を規則通り配置してできている。複雑な指示が不要なこの魔法陣なら、真円に『炎』だけで良い。


「こういう魔法陣を新しく開発する魔法使いのことを、魔法師っていうんだ。で、決まった魔法陣を発動して現象を起こすことに特化した魔法使いが、魔導師という。魔導師は魔法師の下位互換といって良いと思うよ」


「魔導師……。初めて聞いた」


 いきなり説明し始めた俺の話を、エリアスはふんふんと大人しく聞いてくれる。

 超古代文明時代の魔法師を兄と呼んでいた俺の過去話を知らなければ、いきなり妄想を話し出したと思われても仕方がない、今の考え方とは違う理論の話だ。リョー兄ちゃんに教わっていた基礎知識である。魔法とは何か、魔術とは何か。根本的な話からだ。


「今は魔法師って呼ばれてるんじゃないかな? 古代当時の魔法師は、もういないんだと思う。それで、今主流の魔術師だけど、魔法陣が複雑で難しいからって口頭詠唱に置き換えたスゴい魔法師さんが編み出した、比較的新しい魔法なんだ」


「魔術も魔法?」


「もちろんそうだよ。ただ、魔術には制約があってね。魔法陣を顕現させるなら大気中の魔素を燃料にできるけど、魔術は詠唱に魔素を載せる方法だから外から燃料が取れなくて、体内魔素に依存してしまうわけだ。体内魔素が少ない一般人でも生活が便利になる程度の魔法が使えるように、って開発されたものらしいよ。元々はね」


 こっちに召喚された当初、魔法を使える人が希少扱いされていたのが、来たかった世界と同じ世界だと思えなかった原因でもある。

 まさか、魔術が辛うじて使える農民や田舎の職人くらいしか残らないほどの文明破壊が行われたせいで基礎知識が失われた世界だなんて、想像の埒外だよな。

 リョー兄ちゃんが生きていた時代は、詠唱化されていたのは生活魔法レベルだったそうだから、その頃から文明破壊されるまでの間に攻撃魔法や治癒魔法なんていうところまで詠唱化が進んでいたのだろう。そのおかげで、今の魔術師たちが戦闘に役立っている。


「その区分だと、リツも魔法師にならねぇ? 魔法陣開発してるよな」


「ある意味そうかなぁ? 既存の魔法陣を寄せ集めて配置し直してるだけだけどな」


 必要なのは魔法陣の構文とコンパス、分度器に定規。あと、幾何学の知識かな。それと、文字も。実は日本語でも可。リョー兄ちゃんが実験してたので間違いない。


「で、じゃあどうやって魔法を発動させるのかって話だけど。魔術を使う時は、身体の中で魔素を動かして圧縮して詠唱に載せてるだろ? それと似た感じらしいよ。体内魔素を練って魔法陣の形にして、空中に出力する。手の平から出すイメージなんだってさ」


「体内魔素を外に出す?」


「攻撃魔術って、手の平から出すイメージじゃない? 同じように、魔術になったものではなくて、魔法陣の形した魔素そのものを出す感じ」


「言うは易し、ってヤツだぞ、それ」


 そりゃ、俺は出来ないからな。好きなように言うだけだ。

 エリアスがその場でやってみようとしてるから、俺はノートの新しいページに風の魔法陣を書いて渡した。火をここで出したら危ないからな。風だけ指定なら、そよ風程度で済むだろ、多分。


 他にも簡単な魔法陣をいくつか書いて渡す。炎では大きくなるからと文字を『火』に変えた火熾しに、『雫』を指定したものはその場に水滴ができるはず。『掘』を指定したものは多分その魔法陣の下の土地を掘ってくれる。


「文字を変えてるだけなのか」


「そう。で、魔術と同じで起こしたい現象をイメージしながら発動するとうまくいきやすいんだって。文字では伝わりにくいニュアンス的な要素を補うらしいよ」


「じゃあ、火をイメージしながら風の魔法陣を起動しても失敗する?」


「さあ、そこまでは知らない。何しろ俺には使えないからね」


 そうだった、と今更みたいに同意された。むしろ、小1の時に教わった記憶をここまで覚えていたことを誉めてほしいんだけどな。


「ありがとう。帰って練習してみる。この魔道具も借りて良いか?」


「試作品だから不格好だけど、それでよければあげるよ。俺には不要だから」


 そっか、と頷いて、エリアスは今度こそフワッと嬉しそうに笑った。なんだ、その照れ笑い。妙に似合うじゃないか。イケメンめ。

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