20.秘密は共有するものです
昼休みは昨日と同じく、みんなと連れ立って食堂に向かった。本日の日替わりメニューのメイン料理は魚のムニエルのようだ。やっぱりここの食事は地味に胃に重い。
中学院生徒が集う喧騒の中、テーブルのひとつを囲んで昨日と同じ席順で座っている。つまり、俺が真ん中だ。
ちょうど良いので、大事な話をしよう。
「昨日エイダに学内を案内してもらってた時に、ニコル会長に会ったんだけどね」
話を切り出したところ、エイダがそれを苦笑で遮った。
「あー、気にしてた? アイツの言うことなんか無視で良いって」
「いや、あれだけ匂わされたらエイダも気になるだろ? ここだけの話にして欲しいけど、俺は積極的に隠す気もないんだ。隠すことによる俺のメリットも無いわけだし」
「ン? メリットねぇの?」
「無いよ。隠してたのは隠すように頼まれただけで、大人の事情。俺自身は全面的に被害者だからね」
きっとエイダは、従兄弟に何やら事情を匂わされ、出会って初日の友人のプライバシーに踏み込むことに躊躇し、初対面のはずの従兄弟の方が事情を知っている事実に悔しがり、と悶々としていたのだろう。呆気にとられた顔をしている。
一方、ニコル会長に出会ったことすら初耳の他の面々は、俺とエイダの間にある妙な雰囲気に実に不思議そうだ。
では改めて。
ニコル会長も知っている俺にまつわる内情の説明を始めよう。最初は昨日エイダとニコル会長に会ってからの話の流れから、この友人たちに秘密を明かしておいた方が良いという助言、その根拠となった俺の誘拐被害事件と学院からの保障内容、そして、この世界と地球の違いについて。
魔素がない世界、魔物のいない世界、手元に武器がなくても生きていける平和な世界。この世界から見たら夢物語な地球環境と、そこからこの世界に放り込まれた俺のこと。あと、魔素が体内に留まらずすり抜けていく、ザルな身体について。
最初に、あー、と納得の声を挙げたのは、エリアスだった。
「なるほどなぁ。だから典型的な子どもの夢にあんなに疎かったのか。孤児って言ってもこの世界で生きてれば大して変わらないだろうにと思ってたけど。魔物もいないし魔法もない、なんて世界の出身なら、そんな職業もないんだね?」
「うん。地球で冒険者って言われるのは、人跡未踏の大森林を踏破するとか、そこにいることだけでも命に関わるような高い山の登頂を目指すとか、大海原を小さい船で渡ろうとするとか、そういうムチャなチャレンジをする人の事を指していて、そこら辺にいる職業ではなかったよ」
「魔素がない世界なんて、想像できないな」
次に感想を述べるまでに復活したのは、ドイト。手のひらに風を起こし、これが無いってことだろ、と首を傾げている。
「それで、常識が違う世界の出身だと学校生活に色々支障があるだろうから、事情を話して助けてもらえ、ってのが、ニコルの助言の意味だったのか」
そりゃ、問答無用で助けるわな、とエイダがうんうん頷いている。
最後に、ヘリーがうるっと目に涙を浮かべて祈るように手を組んで、俺を見つめた。
あれ?
「大変だったね、リツくん。大丈夫。これからはボクたちが付いてるよ」
俺自身がそんなに自分の境遇を悲観したことがなかったから、俺以上に俺の心情に感情移入するヘリーの感受性の高さにビックリなんだけど。そんなに涙目で見られると、どぎまぎするよ。
と、正面にいたエリアスがニマッと人の悪い顔で笑った。
「リツが秘密を明かしてくれたからには、こっちも明かさなきゃな、ヘリー?」
「は! あぅ……。良いけど、騙したって、嫌わないでね?」
何だ。ヘリーの隠し事?
いや、あー。分かったかも。てか、今まで気付いてない自分の鈍感ぶりに自己嫌悪だぁ。ショック。
「実は、ヘリーはな……」
「女の子、だねぇ。気づかなかったぁ」
その骨格も丸みを帯びた身体のラインも、女性のものじゃないか。服装が活発な男子が着そうなものだったし、他のみんなも特に性差とか気にした様子がまったくなかったから、すっかり騙されてたよ。
本人は性別詐称したくてそうしてるんだろうけどさ。
「えっ!?」
「すげぇ! 言い当てたヤツ初めてだ」
「へぇ? ちなみにどこで分かった?」
当然のようにみんな知っていて、秘密の共有者らしい自然な感じで我が事のように驚いている。エリアスも俺が言い当てるとは思わなかったようだ。
「いや、骨格も体つきも丸っこいし、それは女性の身体だわ」
骨格って、とあちこちから一斉にツッコミが入る。
まぁ、気づいたきっかけはさっきのエリアスの匂わせと、感情移入された時の女性らしい仕草だったけどな。
だいたい、友人になる相手に戦闘モード目線で観察とかしないし。気づかなくても仕方ない。うん。
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