女の子って何でできてる? 第3話
「うち昔、人の借金背負ってもうて、風俗やったりAV出たりして働いとったんよ。刺青入れる前やねんけど」
綾乃さんと二人、クリスマスイヴの時に行った焼肉屋で向かい合う。
空になった肉の皿を積み上げて、女二人で軽い乾杯をする。
最近の流行りの言葉を使うなら、まさにこれは女子会だろう。
私は何時も通りに烏龍茶、綾乃さんはハイボールに口を付けていた。
綾乃さんがAVや風俗関係の仕事をしていた事は、正直驚かなかった。
何かしら訳がある人であったことは、雰囲気でよく理解しているつもりだ。
それを聞いた時に、綾乃さんが正直私をすんなり受け入れる事が出来た理由を理解する。
「男の借金やんか。恥ずかしい話やねんけど。可哀想やからって、ほんま全部背負ってもうて。
……馬鹿やったわ、ほんま」
そう言って綾乃さんは自分を卑下するかのように笑う。
それを聞いた時に、私は昔の自分を思い返していた。
私も自棄っぱちになって、馬鹿を繰り返した時代がある。
けれど彼女は何かを守る為に、我武者羅になったが故の馬鹿だった。
「その馬鹿は……馬鹿じゃないと思います……」
そう言うと、綾乃さんは首を横に振った。
「ちゃうねん。信じとったんよ。
借金返し終わったら、ちゃんと一緒になれるってずっと……。
うちほんま若かったし、無知やったし、自分なら救ってあげられるいうて勘違いしとった。
……そしたら女と消えてしもて……ほんま、馬鹿やった…………」
そう言って綾乃さんは俯いて、今にも泣き出しそうな声を出す。
「借金だけ残って、うちほんまに身体使う事でしか働けへんかったから」
けれど彼女は自分が背負った借金を、勉強代として受け入れた。
「働いて働いて働いて、お金稼いで借金全部耳揃えて返し終わったんやけどな、その辺りからちょっと……うちが壊れてしもうてん」
そう言って綾乃さんは、少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「壊れた……って、どういう事ですか?」
すると綾乃さんは、とても恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「……片付けられなくなったんよ」
片付けられない女性に一番共通していることは、精神的な余裕が何処にもない事だと思う。
片付けをする時は、時間と心に余裕がある時が多い。
他にやらなければならないことが山積みで、多忙な上に精神的に落ち着いてなかったら、掃除に心が回らなくなるのだ。
「あんな、今日見た部屋、ほんま懐かしい気持ちになったわ………うちの部屋あのレベルに荒れて…………」
「えっ!?」
綾乃さんの言葉に、私は正直に驚く。
今の綾乃さんの働きを思えば、そんな過去が想像出来ない。
すると綾乃さんは本当に恥ずかしそうに、顔を手で覆った。
「あの部屋がなんで作られたんか、ほんまに想像つくねん。
気持ちが雪崩れ込んでくる感じ……」
綾乃さんがそう言った瞬間に、私の脳裏を河合さんに優しく声をかける綾乃さんの姿が駆け巡る。
全ての合点がいった時、綾乃さんが顔を真っ赤にしてこう言った。
「うちは『これ別の従業員の子の部屋やねん』って、嘘吐いて電話したんよ………塚本クリーンサービスに」
まさかの二人の馴れ初めが、汚部屋清掃。
余りの衝撃に固まれば、綾乃さんが本当に恥ずかしそうにソファー席に転がる。
「な!?この話恥ずかしいやろ!?恥ずかしい話やろ!?」
人には歴史ありとは言うものの、この展開は想像していなかった。
そして綾乃さんは本当に恥ずかしそうに、少し早口で語り出す。
「昔なんてメディアでゴミ屋敷の掃除の話なんか取り上げとらんから……女子チームなんてないねん……それで来たのが………」
そう言って綾乃さんは顔を真っ赤にして俯いた。
そして綾乃さんと郷田さんが出逢ったのは、衝撃の事実だ。
まさかの綾乃さんの部屋に、郷田さんが清掃に来ていたとは。
「でもな……あの人うちにこういってん……『こんなに部屋が汚れてしまうのは、その人に余裕がないだけなんです。だから、この部屋の人は凄い頑張り屋さんです』って………」
綾乃さんはそう言って、嬉しそうに笑う。
その眼差しはまるで、夢を魅ているかのようだった。
郷田さんが最初から優しいことに、私は正直衝撃を受ける。
私の記憶の中の郷田さんは、他の依頼人にもちょっとぶっきらぼうなイメージだ。
正直不思議である。
「もう、そん時になったら借金なんて返しおわっとったし、うちも限界やったから背中に観音様入れたんよ……もう、性で稼がへんって自戒や…………。
それでうち、遺品整理の勉強始めたんよ。そして塚本クリーンサービスに入社してん……」
それで入社に至った迄は解る。けれどまだ二人は交際していない。
それに郷田さんが見ず知らずの汚部屋の依頼人に対して、結婚迄の情が沸くシチュエーションが浮かばない。
けれど次の言葉で、私は理由が解った。
「まぁうちはあの人追い掛けてきたようなもんやったからアタックしてたんやけど、結構早くに付き合うことになってなー。
あんな、あの人うちがAV女優やった時の大ファンやってん」
それを言われた瞬間に、私は烏龍茶を吹き出す。
そしてあの郷田さんが、AV女優のファンだった事実に衝撃を隠せない。
「あんな!あの人デビュー作からラスト作品まで全部もっとってん!信者みたいなファンやってん!
そんで身体売らない証に刺青入れた話したら『責任取ります』ってプロポーズされて三ヶ月後に入籍や……」
郷田さんからは全く想像の出来ない結婚秘話に、私は開いた口が塞がらない。
すると綾乃さんの携帯が鳴り響いた。
「ん、誰やろ………?あ、噂をすれば………」
綾乃さんが目の前で電話に出る。
そして少し話した後、電話を切ってこういった。
「あの人迎え来てるみたいやわ!」
そう言われた瞬間に、店の扉が開いて郷田さんが姿を現す。
「……綾乃さん!!」
郷田さんの眼差しは、飼い主を見付けた犬の如くにキラキラと輝いていた。
多分郷田さんは綾乃さんの家の清掃に入った時に、その部屋が綾乃さんの部屋だとは分かりきっていたのだろう。
けれど郷田さんにとっては、綾乃さんの部屋が汚部屋であれど、身体に大きな刺青が入っていようと関係なく綾乃さんを愛した。
郷田さんにとっては、綾乃さんがありのままの綾乃さんであれば良かったのだ。
「……せやから、うち嬉しいねん。志優里ちゃんも志優里ちゃんの事をありのままに受け入れてくれる人が現れたこと………」
綾乃さんがそう言い残して、テーブルに突っ伏して眠り始める。
結局私は誤解されたままで一日が終わってしまった。
「硲すまない。妻が世話になった」
酔っ払った綾乃さんを抱えて、綾乃さんと食べた焼肉代を全て置いて郷田さんが出てゆく。
郷田さんの顔を見る度に「AV女優の熱狂的なファンだった」という事実が、異常に思考に押し出されて困る。
けれど郷田さんに凭れ掛かり眠る綾乃さんを見ていた時、今日の河合さんを思い出す。
あの人も何時かこんな風に受け入れられる事が出来たら、あんな部屋にはしなくなるような気がした。
夜の帰り道、車を走らせて一人きりで考える。
旭君は私の事を大好きだと言ってくれるが、本当の私を知った時に同じ言葉が云えるのか。
その思考が過った瞬間に、嫌な思い出が頭を過って消えていった。
「……無理だろうな」
私はそう独りで呟いて、アクセルを踏む。
『大丈夫だよ。俺たちは同じ地獄で生きてるんだ』
頭を過る琉生の言葉。同じ地獄という言葉を、あの子はきっと理解出来ない。
だからきっと、私とあの子はどうやったって相容れない。
私の心の壁を、私が一人で分厚くしてゆく。もう私は無理だ。痛いのが嫌だ。もう傷付きたくない。
家に着き車をとめて、部屋に向かって歩く。
すると息が苦しくなってきて、視界が歪んだ。
息が出来ない。
玄関で倒れ込み、荷物から必死で袋を探す。袋を口に当てて、袋の中の生ぬるい吐息を肺に入れる。
受け入れて貰えるなんて、そんな未来がある筈がない。
私はそう思いながら、静かに目を閉じた。
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