女の子って何でできてる? 第2話

 オートロック付きの高級マンションの下に着き、指示通り依頼人に電話を入れる。

 すると清楚で美しい女性が、此方に走ってきた。

 大きな瞳に整った唇。白いコートにふんわりと広がるスカートと、ガーリーなブラウスがよく似合うロングヘアーの美女。

 手足も細長いのに、華奢で小柄だ。

 まるで小動物を思わせる雰囲気を漂わせる彼女は、誰から見ても間違いなく素敵な女性だった。

 

「……芸能人みたいな美人さんやねぇ…………」

 

 綾乃さんが思わずポロリと漏らす。私も静かに頷いた。

 

「こんにちは、はじめまして。塚本クリーンサービスの硲志優里です」

「同じく、郷田綾乃です。今日は宜しくお願い致します」

 

 二人で頭を下げると、彼女も慌てて頭を下げる。

 

「あ、あの、依頼した河合英里奈の妹です……!!今日は姉の部屋を宜しくお願い致します……!!」

 

 彼女がそう言って頭を下げた時、私と綾乃さんは全く同じ事を察していた。

 今目の前にいる女はきっと、河合英里奈本人である。

 最近は片付けられない女性という存在を、メディアが取り上げ始めた。

 けれど「自分の部屋が」と正直に言える人が最近出て来るようになったばかりで、やはり何人かに一人は嘘を吐く。

 バリエーションも様々で友人の部屋といってみたり、家族の部屋だといってみたりする。

 けれど私たちは本当は、その嘘はとうに見破っているのだ。

 

「……わかりました!お片付けさせて頂きますね!」

 

 そう言ってなにも気付いてないフリをする。

 正直女性の部屋の特殊清掃に関しては、その辺の気配りもマナーのひとつだ。

 無事に依頼人から鍵を受け取り、綾乃さんと二人で部屋に向かう。

 そしてドアを開いて部屋に玄関に入るなり、私と綾乃さんは笑い合って顔を見合わせた。

 玄関から部屋に入るまでの間を埋め尽くす生ゴミが入っているであろうゴミ袋と、その回りを飛び回る蝿。

 キッチンの水道は飲みかけのドリンクカップで埋め尽くされており、中に虫が繁殖しているものも垣間見える。

 その奥の寝室には、山盛りに服が積み上がっていた。

 

「いやー、久しぶりの大仕事になりそうやなぁ……」

 

 そう言って綾乃さんはガスマスクと防護服の準備を始める。

 私もそれを追い、準備を整えた。

 オートロック付き、10階建て鉄筋コンクリート造。803号室。汚部屋掃除。

 

「此処までのレベルになると……苦情来るやろな……」

 

 綾乃さんが害虫駆除をしながら、部屋の中を探る。

 ベランダにも捨てられなかったのであろう、ゴミ袋が溜まっている。

 このレベルの汚さは、正直小さなゴミ屋敷だ。

 先程の清楚で愛らしい女性から、こんな部屋が出てくるなど誰が想像できただろうか。

 部屋の中に積み上げられていた段ボールを確認する。

 その中には元は野菜か果物であった何かが、腐って詰まっていた。

 送り主は多分彼女の部屋のキッチンが、自炊どころの騒ぎではないことを知らないのだろうと思う。

 基本的に汚部屋になりがちな人は、捨てられない人がとても多い。

 貰い物なら尚更、捨てることが出来ないのかもしれない。

 

「今日ガールズトーク日和っていうたやん?」

 

 綾乃さんがガスマスク越しに呟く。私はそれに頷いて、相槌を打つ。

 

「無理やな!」

 

 綾乃さんの言葉に私は吹き出す。

 けれど正直話す余裕など、本当に存在していなかった。

 キッチンやお風呂場の虫やヘドロと戦い終えても、今度は洋服の山である。

 どれを使っていて、どれを使っていないのかが最早解らない。

 女の子らしい部屋の作りが回復しても、腐敗臭はどうしても拭えない。

 小型の強力なオゾン脱臭機を使い、臭いを沈めてゆく。

 今日の汚部屋の片付け作業中が終わったのは夕方、脱臭作業が終わったのは夜になった頃だった。

 もしかしたら下手な事故現場よりも、時間がかかっているかもしれない。

 小型のオゾン脱臭器を回している間の作業の合間の時間はあったものの、私も綾乃さんもただひたすらに栄養を補給して終わった。

 今日の作業は完全に残業である。

 

「すいません、ありがとうございました」

 

 深夜22時。河合英里奈の「自称」妹に鍵をやっと渡す。

 彼女の手元には差し入れ用の缶コーヒーが入った袋があった。

 

「すいません、これ良かったら」

 

 正直気が利く可愛らしい女の子だと感じる。こんな礼儀正しい可愛らしい子が、あのゴミ溜めの主なのかと思うと正直恐ろしい。

 何故あんなにまで汚れてしまったのだろうと正直考える。

 思えば彼女の付けている香水の匂いが、人よりも少し強めであった。

 それに見落としていたが、彼女の首元にはチラホラと虫刺されの痕がある。

 冬だというにも関わらずにある虫刺されの痕は、実はゴキブリが噛んだ痕だ。

 ゴキブリは一年を通してずっといる。夏だろうが冬だろうが関係なく存在する。

 ダニは温度25度前後、湿度70%前後の高温多湿を好む。

 冬の毛布にダニが発生している事もあるが、この刺され方はダニではない。

 害虫駆除の状況を考えても、ゴキブリだと考えて妥当だ。

 ゴキブリが人を噛むのは意外に知られていない。

 

「すいません、お姉さんにお伝えしてくださると嬉しいのですが」

 

 綾乃さんが河合さんに微笑みかける。

 

「もしまた散らかって困ってしまった時は、また何時でもご連絡ください」

 

 河合さんはほんの少し安心したような表情を浮かべて、小さく頷いた。

 河合さんを見送り、二人で軽トラックに乗り込む。

 彼女の安堵した表情で、正直私と綾乃さんの緊張の糸が切れた。

 

「あー!!!目茶苦茶おなかへったぁぁあ!!!綾乃さんなんか食べにいきます?場所限られちゃうけど……」

 

 トラックのハンドルを握って、思いっきり声を出す。

 それに伴い、綾乃さんも伸びを始めた。

 

「あー!良かったぁ!子どもらに旦那がご飯作っててくれとるからって連絡きたわ!ご飯お外で食べて大丈夫や!」

 

 そう言って綾乃さんが嬉しそうに笑う。

 綾乃さんと郷田さんの関係性を見ていると、本当に素敵な二人だと感じる。

 

「郷田さん料理するんですね!」

 

 そう言うと、綾乃さんが照れたフリをしながら笑う。

 

「せやねん……うちの旦那さんほんまになんでも出来んねん……ケーキとかも作るで」

 

 ケーキ。あの厳つい頭堅ゴリラがケーキを作る。

 それに思わず吹き出しそうになりながら、私はトラックを走らせる。

 そしてふと、綾乃さんに気になったことを投げ掛けた。

 

「そういえば綾乃さんから、郷田さんとの馴れ初め聞いたことないです」

 

 すると綾乃さんが目を丸くして、少し考えた様な表情を浮かべた。

 

「あー……そういえば志優里ちゃんに話したことなかったなぁ……」

 

 綾乃さんがほんの少しだけ、本当に恥ずかしそうに頬を染める。

 綾乃さんが照れるだなんて、正直珍しい光景だった。

 基本的に綾乃さんが人を攻めるタイプなので、こうなるのは滅多に見れない。

 そんな綾乃さんがとても艶っぽくて、余計に馴れ初めを聞きたい気持ちに拍車を掛けた。

 

「目茶苦茶長いけど……大丈夫なん?」

 

 綾乃さんの甘えるような声色が、私はとても好きだ。

 

「大丈夫です聞きたいです!」

 

 すると綾乃さんは嬉しそうに笑い、恥ずかしそうに俯いた。

 

「ほんなら、ご飯食べながら話そうか……」

 

 今夜は寝かせませんと言わんばかりな声色に、女の私もドキリとする。

 

「よし、じゃあ事務所迄先ずは頑張って向かいます!」

 

 郷田さんはどうやって、あの綾乃さんを口説き落とせたのだろうか。

 そう思うと妄想が止まらない。

 そして私は何時もより、ちょっとだけ速めの速度で道路を駆け抜けた。

 

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