殺人ウサギ、居座る

「お前がここにいたくないと思うまで、ここにいろよ」

 そう言われたのはレッドが遠征から帰ってきてから、三日後の夕食後のことだった。

 触ってもいいかと言われたので、兎耳に戻した耳を撫でられながらのことだった。

「……えっと?」

「お前がどこの誰でも構わねぇからさ……ここが嫌になるまでここにいてくれ」

 指先が冷たくなった、多分バレてる。

 私が殺人ウサギだとは思っていないだろうけど、少なくとも記憶喪失が治っていないというのが嘘偽りであることは確実に見抜かれている。

 その上でここにいていいと言っているのだ。

 きっとレッドは私が何かひどいことをされたと思っているのだろう、そしてそれが私の『帰るところ』に関係していると思ったから、そんな優しい事を言ってくれたのだ。

「……いいの?」

「ああ……そのかわり、いなくなる時はちゃんと言ってくれ。それだけ守ってくれればいい……実は、俺が居ない間にお前が記憶を取り戻してこの家からいなくなっていたら……って思ったらすっげぇ嫌だったから……だから」

「うん」

 本当にここを去ることになるとするのならきっと破るであろうその約束を、私はあえてすることにした。


 ここにいていい、そう言われただけで人でなしの私の中からあの巣穴に戻るという選択肢を選ぶ気が小さくなった。

 だけど悩みはまだ尽きない、本当に自分って最低最悪の外道だなとか、本当のことを話すべきではと思い悩んで耳を掴んで引っ張り続ける日が続く。

 あの人にだけでも、自分があの悍しい殺人ウサギであることを話すべきではないだろうか。

 いいや嫌だ、だってきっと怖がられるし、怒られるし、なによりも『悍しい化物め!! よくも騙したな!!』と殺そうとしてくるかもしれない。

 そうなったらきっと私は彼を殺す、他の誰でもないあの人に嫌われるという事実から目を逸らすために殺してしまう。

 だから、話すべきではない。

 それにあれから一人も人を殺していないし、殺してしまいそうと不安になることはあるけど、殺そうとも思わないし殺してはいけないと思うことができる。

 だから大丈夫、今のまま生きていればただの記憶喪失の兎の亜人のまま生きていける。

 でも本当にそれでいいの? 本当にだいじょうぶなの?

 そんな風にぐるぐる考えながらも今日も普通の人として生きている。

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