殺人ウサギ、嘘を吐く

 それからあの人が帰ってくるまで、人間のフリをして生き続けた。

 人間にあまり会いたくなかったので買い物は最低限の回数にしておいた、本当は一回も行きたくなかったけど不審がられないように何日かに一度は外に出た。

 会話は買い物をする時だけの最低限のものに留めておいた、時折あの子供が声をかけてくることもあったので、それは不審がられないように対応した。

 そうしてあの日から一ヶ月がたった、あの人はまだ帰ってこなかった。

 この先どうしようと思った、殺人ウサギとして巣穴に戻るか、『人間』の振りをしながらここで生き続けるか。

 前者はあまりにも寂しすぎる、後者はあまりにも罪深い。

 迷って迷って、頭の中のまともな自分がさっさと巣穴に帰れ化物と叫ぶ日があった。

 悩んで悩んで、頭の中の悪い自分が何もしなければバレないのだからここにいようと囁いてくる日もあった。

 一ヶ月と二週間がたった、まだ答えは出なかったしあの人は帰ってこなかった。

 一ヶ月と三週間がたった、あの人が帰ってきた。

 買い物に出たのは一週間前で、それ以降すっかり人の話を聞いていなかった私は、私からすると唐突に帰ってきたあの人に度肝を抜いた。

 答えは、まだ出ていない。

「ただいま、ってなんだその鳩が豆鉄砲食らったような顔」

「え、いやそのえっと……お、おかえりなさい」

 だって急に帰ってきたから、と言うとレッドは少し不思議そうな顔をした。

「街中、俺達が凱旋するって話で持ちきりだったらしいんだが」

「お買い物に最後に行ったの先週だったから……しらなかった」

 だからあと一週間は帰ってこないと思ってた、と言うとレッドは「そうか」と言って私の頭を見て首を小さく傾げた。

「お前、その耳どうした?」

「……ぅぎゃ!??」

 これを引っ掴んでものを考える癖があるので、家にいる間だけ兎の耳にしっぱなしだったことを思い出す。

 その耳を慌てて押さえて、人間の耳に戻した。

「えっと、これはその」

「お前も亜人だったんだな……白くて綺麗だから純粋な人間じゃあないんだろうなとは思っちゃいたが……隠すなよ、俺は別に亜人だからってどうとかいう気量の狭い騎士じゃねぇぞ」

 兎の亜人は兎の亜人でも、兎以外にとんでもびっくりなやばい獣の血をたっぷりと受け継いだあの殺人ウサギかもしれないと少しでも思われたくなかったから、ここにいるにしても去るにしても兎だと言うことは知られないようにしようと思っていたのに、まさかの即バレでちょっと泣きそうだった。

「いや、えっと……その」

「……まさか、何か思い出したのか?」

 即座に首を横にぶんぶんと振った。

 覚えているのなら、自分が何者なのかを言わなければならない。

 自分が殺人ウサギであることを、言わなければならない。

 それはとても嫌だったので、私は何も覚えていない振りをすることにした。

 レッドは私の顔を見て、少しの間黙っていた。

 嘘がバレたのだろうかと冷や汗が止まらなくなりそうだったけど、少しして「そうか」と。

「……なんか食えるものあるか?」

「あ……昨日のスープの残りと、パンがある、よ……それでいい?」

「おう」

 それ以上、私の記憶に関して何も聞いてこなかったレッドにホッとしつつ、私は食事の準備を始めた。

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