第30里 加速 ▷ 跳躍
体が船なので、涙はおろか言葉もない。別れに言葉は要らないだろう。
次の日もその次の日もただ滞空していると、警備の兵も警戒する者も少なくなっていった。時折、汚れた者を洗ったりしていたのも原因かもしれない。
テアが城の窓から見上げている。ボロトは土工の職の合間に見上げてくる。ニコラも演習場から一人……護衛か監視が付いているのか、3人の兵が後ろに立っていた。
ニコラたちは赤黒い船体から変わってもあのイカダだと分かったのかもしれない。
上空にいるので住民の会話は、ほとんど聞こえない。「ワーツェル方面が光に包まれた」、「井戸が復活した」、「害獣がいなくなった」など大声で話しているのを拾う程度だ。耳をそばだてるというよりも、収音マイクを音源に向けるように主砲を向けると聞こえる。ヒトに適応した進化が、盗み聞きに役立っているのはお笑い種か。
ニコラに向けると、「何で降りてこないのよバカ」と言っている。
と考えると、ニコラがビクッとして後ろを見た。ニコラに睨まれた後ろの3人は、両手を横に振っている。思念が届いたのか?
ニコラがこちらを見上げ、「まさか、ね?」とつぶやいたので「まさかのまさかだ」と送っておいた。
「え? アンタしゃべれたの?」
「音ではなく思念伝搬だな」
「……大砲の上下左右よりは良いわ。ずっと浮いてるけど降りてこないの?」
「降りると被害が出そうなんだ」
「そう、なのね。それじゃ――」
「すまんが長居する気は無いんだ」
「――どこか広、ってどこか行くの? 新大陸の?」
それも良いかもしれないな、と北に船首を向け、高度を上げる。ニコラが「聞いてんの!?」と喚いているが無視しておく。
進化したことで推進力が変わっているかについても検証してみよう。空気抵抗を感じない精神体だからこそ最高速度が気になる。今までは放水で加速していた。主砲も副砲も見えない今、どれほどだろう。
スクリューを回そうとするとスクリューは回転しないまま、すぐに一定速度になった。妙に雲の流れが速い、快適すぎる……。速度計がないので北大陸が見えた時点で秒数を測ってみよう。
お、見えた。全速前進! 1,2……え?
急制動し眼下を確認すると、もう新大陸上空だった。え? 1分経ってないよな? 時速何kmだ? 雲の高さが3000mと仮定して、水平線までの距離が……200km弱?
これ、いつか光速になるんじゃないか? 雲の下から加速して雲を突き抜けるって重力や空気抵抗を感じないからか。ほんと精神体はバグってるな。
眼下に見える街はイルではなく、隣町だった。とりあえず広い範囲に水を撒くと、住民が水がめを並べ始めた。井戸にも水を注いでいく。
もう止めても良いか、と止めたタイミングで民家から壺を持って空を見上げた子がいた。そっと水を入れておいてやろう。
他にいないかと見回すに、白ローブの攻撃で町も畑もやられたらしい。この町の住民は
このままイルに向かう様子を見せても同じ結果になりそうなので、上昇してフェードアウトしよう。上昇も空気の薄さを気にせず動けるのは良い。
山の向こう、遠目にイルが見えてきた時、白い甲殻類の群れがイルへ近づいていく様を見る。上昇しつつも狙えそうなので撃つと、砂中からワラワラと出てきてしまった。完全な藪蛇だった。薙ぎ払うために、ためることにする。
イルからエルフたちが迎撃に出てきた。少人数で何をするつもりなのか、と見ていると、いつぞやの結界を強固にしたようだ。甲殻類の激突に耐えている。
後発のエルフたちが外壁の上にも並び始めると、攻撃に転じ始めた。数人がかりで1匹を砂で押し固めるようだ。明らかに遅い……。結界前に群がる甲殻類の数はみるみるうちに増えていく。数十人で流砂を作り何匹か屠ることもあったが、ガス欠になるエルフが目立つようになっていった。ジリ貧だな。
砂漠を消し飛ばして困る者は、いないだろう。
十分な高度を稼いだのでイルへ向け一気に加速すると、あっという間にイルに着いた。エルフたちがどよめくのは仕方ない。城門前にいきなり全長100mの潜水艦が現れたのだから。
エルフを無視し、ちょうどため終わった主砲を撃つと、一瞬でためていた力が失われ――
――上空に巨大な裂け目が現れた。
―――――――――――
補足 水平線までの距離について
x^2=(R+h)^2ーR2=2hR+h2≒2hR(単位はkm)
地球の半径Rを6370kmとする
地面からの高さh
目の位置から地球に引いた接線の長さx
身長150cmだと4km~5km先に水平線や地平線が見える的なアレです
x^2=2・3・6370=38220<(200^2)
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