第29里 ヒト ▷ 精神

『回収可能範囲にヒトが存在しません。大進化は保留されます。』


 チャラい精神がいなくなったら進化が止まったらしい。船体は半透明なままだ。主砲も甲板に隠れた副砲も爆雷も撃てるのだろうか。

 主砲は問題なく撃てた。ためずに撃った軌跡には、空間のねじれが生まれている。ためたら何が起こるのだろう。副砲や爆雷は、眼下の帝都に被害が出そうだ。


 先のメッセージは、範囲にヒトがいると回収して進化するということだろう。このまま降下するとテアたちを巻き込む可能性がある。どうせなら南東のワーツェル方面に進みながら進化し終えたら帝都に戻ろう。

 船首を南東に向ける時も加速時も巡航中も空気抵抗を感じない。精神体とは物を透過するのか。スムースな航行は楽で良いな、と考えていると内陸湖の中心にヤドカリのいた島を見つけた。砂浜でじっとしているヤドカリにシャワーをプレゼントしつつ、ワーツェルに向け降下していった。




 船首を鉛直えんちょく――真下に向けると、ワーツェル兵の多数乗った船団が大挙して北進していた。2列の縦陣のようだ。何となくできると思ったから船体を真下に向けたが、どうやって浮いているのだろう。

 こちらに気づいた兵たちが騒ぎ始めた時、周囲1kmほどの兵が突如消えた。


『大進化を開始します』


 うわ、帝都に降りなくて正解だったな……。100人なんて数じゃないぞ。人のいなくなった船があらぬ方向に進んでいる。

 船体が先ほどよりも透明になっていく。艦橋から主砲や副砲そして船首へ向け、細く平べったい形に覆われていく。全ての武装が船体と一つに混ざっていくと、全長が100mになるよう船首が伸びていった。

 船尾も流線形をしつつも、2つの鋭利な突起が左右後方から上空へ斜めに突き出た。尾翼か?

 同様の突起が船体中央下部からも突き出た。これは船というよりも……潜水艦?


『終了しました』


 イカダが潜水艦になるなんてな。精神体になった事で、主砲等は内包されたようだ。爆雷を意識すると、前方の空中に1cmほどの半透明な光球が出現した。何だコレ? シャボン玉のように浮いているが爆発する様子は無い。何発出しても光球同士で押し合い、ぶつかっても爆発しなかった。

 しばらく光球を見ていると、ワーツェルに向け少しずつ少しずつ動いている。おっそ。歩くよりも遅いって空中機雷として浮かべるモノか。んー、使いみちがあるような無いような。

 主砲と副砲は撃った直後に着弾した。以前のような発射音が無く、着弾音まで無かった。小石を水に落としたような小さな波紋も、円柱形に海を切り取り続けることもできる。

 水中に潜ることも、地中に潜ることもできた。いよいよ精神体という事実が、恐くなってきた。


 


 夜まで水中に潜んでいた。光の届かない海中でもレーダーは活きていた。水圧で船体が軋むこともなく、魚にぶつかることもなかった。ソナーの情報が3D映像として認識できているようだ。

 空中へ静かに浮かぶと、船体が周囲に溶け込んだように透けていた。光が当たらないところでは、無音で近づけそうだ。

 人の乗っていない船が、たくさん漂っている。努めて無視してワーツェルから離れると、高度を上げつつ逃げるようにニーベンダン帝国を目指した。


 帝国の上空まで来たが、このまま降下するか迷う。見える範囲にニコラたちは、いない。騒ぎになれば出てくるかもしれないが、日の出後に降りることにしよう。

 レーダーで夜の帝都を精査すると、出歩いている人がチラホラいる。警備以外にもコソコソ動いているようだ。一人で歩いていた点が、2つの点と合流後、急に横道にれた。

 真上に移動してみると、足をばたつかせた女が袋を被せられ、男2人に担ぎ運ばれていた。誘拐か。撃つと3人とも消し飛ばしそうだしなぁ。


 3人の進行方向の先には、細い水路に係留された船があった。明かりをつけずに2人が立っている。物陰にも1人か。積み荷の木箱に昏倒させた女を入れると、ふたを閉めた。誘拐した2人は残るようだ。

 船の2人が水路を進み、物陰の1人もどこかへ移動を開始した。


 誘拐した2人を消し、船と移動した1人を追う。船は帝国外へ、1人の方は複数の鎧姿と合流し……あら? 兵士だったか。そういえば騎士団の演習で見たわ。

 どうやら騎士団が誘拐犯を追っているようだ。回り込む兵士に船の2人は気づいていない。放っておいても大丈夫か。




 日の出前に捕り物は終わったようだ。救出された赤髪女は、髪がボサボサになっているが、ニコラを大人っぽくしたような……似すぎている気がする。

 朝日が帝都に差し込むと、こちらを見上げる者が増えてきた。船体が少し見えたようだ。関係者は泥などで汚れているし、温水でも撒いてやろう。


 洗い流した女は騎士団に任せ、演習をしていた場所に戻る。城からワラワラと兵たちが出てくると、演習通りに撃ってきた。いや、それ見たし。

 受ける必要は無いけれども、何もしなければ帝都に着弾してしまう。真下へ落とせたら直撃しなくて良いのにな、と考えながら球状の透明な膜を張ると、飛来した炎弾が下へ落ちていった。ある程度曲げられるらしい。

 攻撃が無駄だと分かったのか、騎士団は隊列を維持して待機している。砂煙が舞う部分に水を撒くと、クレーターのようにくぼんだ跡が見えてきた。


「え、まさか……」


 お? ニコラの声が聞こえたので探すと、かなり後方に位置していた。ピンポイントで水をかけてやると理解したらしい。ただいまニコラ。


 そしてさようなら。






※ 一応の形はSMX-25という潜水艦? をイメージしています。 ※

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る