第88話 期間限定の

 幼稚園からの幼馴染Mは、期間限定という言葉が大好きだった。昔からの付き合いだからこそ断言できる。あいつが期間限定の○○に飛びつかなかった事は一度もない。菓子やジュースの限定フレーバー、季節の料理、一ヶ月限定○○キャンペーン……それらがあるのなら定番なんてクソくらえという奴だった。菓子やジュースだと見ただけで分かる“地雷”フレーバーが度々出てくるが、Mは毎回迷わず購入し、そして食べてから悶絶するのがお約束だった。「学習能力なしか!」という仲間のツッコミに対して「俺は一期一会の出会いを大切にしてるんだよ!」と返すのも。そういえば、あいつは一期一会という言葉も好きだったな。


 そんなMが脳溢血で死んでからもう1年になる。久しぶりに家族で実家に帰る事になっていたので、そのついでにMの家に寄る事にした。

 突然の訪問だったが、Mの奥さんは快く俺を家にあげてくれた。少しやつれたように見えるが、葬式で会った時よりは顔色が良くなっている。

 互いの近況などを少々話した後、俺は仏間に通された。遺影のMは、底抜けに明るい顔をしてピースをしている。景色と少しだけ見えるウェアから察するに、スキーをしている時に撮った写真なのだろう。以前一緒に呑みに行った時、娘が志望校に受かったら、お祝いとして外国のスキー場に連れて行ってやるんだと話していた事を思い出す。

 線香の頼りない煙を見つめ、30分は取り留めのない話を続けただろうか。時計を見ると、そろそろ家族と合流する時間だった。

 最後に、行きに自販機で購入した缶ジュースを仏壇の前に置いて立ち上がる。炭酸飲料の期間限定フレーバー“なめらかプリン味”だ。最終的にこれを飲むのは奥さんか娘さんである事を考えると申し訳なさもあるが、これくらいのわがままは許してくれるはずだ。

 

 その夜、息子の相手を両親に任せて自室に戻ると、携帯にMの奥さんからのメッセージが届いていた。別れ際に連絡先を交換しておいたのだが、さっそく役に立ったらしい。開いてみると、写真が一枚添付されている。


 今しがた、仏壇で何かが落ちる音が聞こえたので見に行ってみたら、これがありました。主人も気に入ってくれたんだと思います。


 畳に転がる、中が空になった缶ジュースの写真が滲む。一杯になった頭の隅で、そういえばお盆は期間限定の帰省と言えるのではなかろうかと、妙な納得している自分がいた。

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