サイコパスは繰り返さない

nullpovendman

短編

 十一月二十二日。

 目の前で人が殺された。

 通り魔殺人というやつだろう。

 見ず知らずの女の子が包丁でめった刺しにされて、ただの肉塊に変わっていく。

 恐怖におびえ切った女の子と目が合った気がしたが、俺は我が身可愛さに見て見ぬふりをした。そもそも一介の高校生である俺が、武器も持たずに通り魔に立ち向かうことは不可能だろう。

 まあ、それは建前であり、正直なところ、俺は人が死ぬのを見てワクワクしていただけだ。俺なら多分、救おうと思えば救えた。

 そんな不謹慎な俺を、天が許さなかったのかもしれない。

 突如視界が暗転した。


 目が覚めてすぐは、正直なところ、興奮を抑えられなかったために気を失ったのだろうと思った。

 死にかけの人間に呪われたなどというような、非科学的なことを信じてはいない。

 信じられるのは事実に基づいた分析だけである。

 周囲を見渡すと、病院ではなく、自宅、それも自室であった。

 酔っぱらってもなぜか家に帰れるという現象と、同じものかもしれない。


 勉強机に置いてあるデジタル時計を見ると、十一月二十二日の朝七時を指している。

 時計が誤っているのでなければ、朝に戻っている。タイムリープしたということだろう。

 スマホを確認し、そちらの時計も同じ時刻を指していることを確認すると、今朝と同じ時刻に自室を出て、何食わぬ顔で両親に挨拶をした。

 ニュース番組も同じものが放送されている。

 やはりループに巻き込まれたのだ。

 同じように朝食を取り、しかし、一周目とは比べ物にならないほど早く家を出て、学校へ向かう。


 俺がすべきことは、少女の救出だろう。

 おそらく名も知らぬ少女が死ぬたびにループするという物語が始まったのだ。

 俺は何度も死から救おうとしては失敗し、最後は俺の命と引き換えに少女を助けることを期待されているはずだ。

 思春期特有の妄想をする同年代に話を合わせるため、本や音楽、動画でそういう話を頭に入れてきた。

 だが、そんなものはうんざりだ。

 たとえ時間が巻き戻るとしても、俺が他人のために労力を費やすなんてあるはずがない。


 俺がすべきことは決まっている。

 俺以外に、少女の代わりに死んでもかまわない人間を探すことだ。

 もし神がいるなら、そいつはこの物語の主人公に俺を選んだのが間違いだったと後悔するだろう。

 俺はサイコパスと呼ばれるタイプの人間である。

 命を救うには別の命が必要? 大いに結構だ。

 俺は二周目のループの時点で、少女の身代わりを立てて、そいつを殺す。


 早めに学校についた俺は、少女の死の状況を整理すべく、ノートにメモを取り始めた。

 今日は二時間目に小テストが予定されている。そのために早く来て復習をしていると言えば、ノートを開いていても不審に思われないだろう。

 学校で人気者を演じている俺は、他の生徒が登校して来たらそれなりに相手をしなければならない。この十分ほどが勝負である。

 少女が通り魔に襲われたのは、七時半ごろ、塾に行った帰りだった。

 同じ塾に通っている風見かざみ紋治もんじが一緒だった。

 あとは通りすがりの三十代くらいの女性、殺される少女、それからカタギではなさそうなおっさん、そして通り魔の若い男性が同じ通りを歩いていたはずだ。

 俺は死の気配が忍び寄って来るのをうすうす感じてはいたが、通り魔の男性には注意を払っていなかった。

 カタギではなさそうなおっさんが、仮釈放されたばかりの連続殺人犯だったからだ。

 今朝のニュースでやっていた。

 再審要求をしているから、そいつが犯人かどうかは実は確定していない。

 ただ、あの時の行動を考えると、おそらく冤罪なんだろう。

 少女がめった刺しにされたあと、連続殺人犯のおっさんが通り魔を取り押さえていたから。

 仮釈放中ということは、人助けだとしても、もめ事を避けたいだろう。

 本当に連続殺人犯で、俺のような思考回路をしている異常者なら、見て見ぬふりをして逃げるはずだ。

 あれは、人がいいせいで貧乏くじを引いただけの善人に思える。


 俺たちが塾に行ったのは授業を受けるためではない。教材を取りに行っただけだ。

 この時間に教材を取りに行ったのは、塾側が混雑を避けるために細かく時間帯を指定していたからだ。

 疫病が流行ったおかげで、最近は塾もオンラインになり、教材を取りに行くくらいしか顔を出す機会がない。

 学校に来るのだっていつまで続くかわからない。

 面倒な人付き合いをしなくてよくなったと思えば楽ではあるが、人の顔をうかがって立ち回り方を適応させている俺には、昨今の情勢はメリットもデメリットもある。

 思考がそれた。


 さて、状況は整理できた。

 次に整理すべきはループを脱出のために誰を殺すべきかだ。

 まずは、風見をうまいこと騙して、少女の代わりに殺したとしよう。

 風見が犠牲になっている間に、俺が少女の手を引いて逃がせば死なないだろう。

 通り魔は連続殺人犯のおっさんが適当に対処してくれる。

 その場合、俺と紋治は、友人を目の前で失った事実を受け入れられず、悲嘆にくれ、憔悴した様子を見せなければならない。

 風見は悲劇のヒーローとなり、葬式は行われるが、この情勢では家族以外不参加だろうから、特に面倒なことにはならない。

 警察に取り調べを受けるはめにはなると思うが、これは居合わせた者の宿命だ。

 受け入れるしかないだろう。

 そもそも、少女を救うと決めたら避けて通れない。

 これは第一候補としておこう。


 次のシミュレーションに移ろう。

 三十代くらいの女性をどうにか身代わりにしたとしよう。

 財布を落としましたよ、とでも声をかければ何とかなるだろう。

 ただ、女性は体格が良かったし、少女と立ち位置を変えたら、通り魔はこっちを襲わない可能性がある。

 それはダメだな。

 おそらく、助けたところで少女は別の要因で死ぬ。隕石が降ってきて頭にぶち当たるとか、とくに理由もなく自殺するとか。

 身代わりに死ぬ人間を用意しようとしているのだから、失敗しそうな人選はダメだ。

 少女が襲われるギリギリのタイミングで割り込ませるとしても、俺の行動を風見か紋治が見逃さなかった場合、俺が怪しまれて取り調べを受けることになる。

 三十代くらいの女性は不適格だ。


 次は、連続殺人犯のおっさんを身代わりにするパターンだ。

 雰囲気がカタギではないとはいえ、やせ細って弱そうだったし、通り魔は襲ってくれるのではないだろうか。

 おっさんは正義感が強いみたいだし、俺が通り魔の近くを通ったときに「誰でもいい、殺してやる」とかぶつぶつ言っていたから協力してくれ、とか言えば誘い出せるはずだ。

 少女が襲われるギリギリで身代わりになってくれれば、ちょうどいい。

 ただ、問題はおっさんが死んだ場合、通り魔を取り押さえる人間がいないことだ。

 結局、風見か紋治をも犠牲にすることになる。

 この案も却下だな。


 よし、風見を殺そう。

 そう決めた俺は、クラスに人が来はじめたので、好青年っぽい表情をつくり、周囲に溶け込んでいく。


 二時間目のあとの休み時間のことだ。

「なんかそのノート、おれの名前が書いてあるな。そんなに俺のこと好きか?」

「まあな、このクラスで付き合うなら誰がいいかを考えた結果、お前だという結論になったところだ」

「やっぱりー? ってなんでだよ」

 気を抜いていたせいで、風見にノートを見られた。

 とはいえ、殺害計画を詳しく書いていたわけではないし、実はこの会話は一周目でもしていた。

 今日は風見と紋治と一緒に塾に行くのだと、ふと思い出してノートの端に書いていたのを見られたのだ。

 一周目とは違って、今回は風見の名前に丸を付けてあるが。

 全く同じ会話になったから、特に問題ないだろう。


 そうして、いつも通りの授業を終え、仲がいいと信じている連中と昼飯を食べる。

 昼休みに、紋治がお気に入りのシャープペンを無くしたとかで、一周目になかったイベントが発生したが、見つからなかった。

 一周目と違う挙動をしているということは、紋治もループしている記憶を持っているのかもしれない。

 やはり殺すのは風見だ。

 そんな思考をおくびにも出さず、午後もけだるそうな雰囲気を漂わせつつ乗り切る。

 授業が終わると、いよいよ少女の死が差し迫ってきた。


 学校が終わったら一度家に帰る。

 前回は、塾に向かう時間まで同じグループの女子からSNSで恋愛相談を受けていたが、今回は体調を理由に早々に切り上げる。


 風見に声をかけておく必要があるからだ。

 風見には、俺が他校の生徒で気になっているが、緊張して声をかけられないという話をしておく。

 これで、塾の帰りに少女を見かけたときに、風見を動かすことができるはずだ。

 計算でやっている俺と違い、風見は天然で人当たりが良い。

 友人の恋の手伝いとしてナンパくらいしてくれるだろう。

 ナンパした瞬間死ぬんだけどな。


 塾の帰り、一周目と同様に三人で歩いていると、見覚えのある場所に差し掛かった。

 通り魔が遠くに姿を見せた。

 後ろから歩いてきた少女が、俺たちを追い抜く。

 見間違えるはずのない後姿だ。

 俺たちの前に出た少女は比較的ゆっくり歩いている。

 今回は注意を払っていたおかげで、近づいてきた通り魔がナイフを取り出したのが見えた。

 今が絶好のタイミングだろう。


「あの子がさっき言ってた女の子だ」

「そうか。じゃあ頑張れよ」

 そう言って、風見は俺の背中を押した。

 あ?


「きゃっ」

「痛っ」


 少し下り坂になっているのもあって、俺の体は勢いをつけて少女に向かっていった。

 しかも、バランスを崩して、少女を押し倒す形になった。

 足にひどい痛みを感じたせいで、避けることもかなわなかった。

 体勢を少し変えて足元に目を向ける。

 紋治が無くしたと言っていた柄のシャープペンが、俺のふくらはぎに刺さっていた。


 くそ、足を見ている場合じゃなかった。

 とっさの判断が遅れたせいで逃げ遅れた。

 俺は少女に覆いかぶさったままだ。

 とはいえ、どのみち、この足では結末は一緒だったかもしれない。


 俺は少女に向かってナイフを突き出していたはずの通り魔に、そのまま背中を刺された。

 少女がされたように、俺はめった刺しにされた。

 身代わりになったのは俺だった。


 どこで失敗したのか。

 少し考えて、すぐに結論が出た。

「そうか、そういうことか」


 風見は、俺と同じくループに巻き込まれていたのだ。

 そして、最悪なことに同類サイコパスでもあった。

 おそらくノートの名前に丸を付けてあることから、俺がループしていること、そして、風見を犠牲にしようとしていることに気がついたのだ。

 そして、俺の計画を利用し、逆に俺を殺すことにした。

 紋治がシャープペンを無くしたのは、風見が盗んだからだろう。

 俺の足を刺した犯人を、紋治に押し付けるために。


風見かざみ外道そとみち、お前だけは許さねぇ。

 次のループがあれば、俺が必ず、お前をころ……し……」


 通り魔はもう、取り押さえられている

 風見は俺だけに見える位置で、ループを二周目で終えられて満足そうな表情を見せたあと、悲鳴をあげた。


 ブラックアウトする意識の中で、俺は風見だけを恨み続けていた。


 終

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