第34話 おじさん、友人救出作戦に参加する

 三階はワンフロアになっている休憩室で、なんと購買部の出張所が立っていた。

 店番をしているのは緑色の事務服を着た女性だ。


「お、おはようございます」

「おはようございます。集会所『リーフグロリア』支店にようこそ」

「集会所リーフグロリア支店」

「夜見さん。陣営ごとに集まる休憩所があるみたいモル。ここは緑専用らしいモル」

「へぇ、秘密基地みたいで良いですね」

「分かるモル。あの、店員さん。僕たちは緑のリーダーさんの指示で来たモル」

「奥でお待ちですよ」

「ありがとうございますモル。夜見さん」

「はい。あの、あとで買います。では」

「ごゆっくりどうぞ」


 言われたとおりに進むと、一台のデスクトップPCが設置されたテーブル近くの椅子で、青メッシュ先輩が待っていた。


「待っていたのだ後輩。来てくれると信じていたぞ」

「一時的かもしれませんよ」

「今はそれで良いのだ。昨日の今日で信用されるとは思ってない」

「素直なんですね」

「ただ切羽詰まってるだけなのだ」


 意外と正直に話してくれた。


「それで状況は」

「管制室が奪われたから大雑把にしか分からないけど、君の友人たちの救出には赤陣営も動いている。君にはそちらの援護に向かって貰いたいのだ」

「具体的な作戦はありますか?」

「作戦はあるにはあるが、紺陣営が一年生を堕とすために拷問の準備を始めたという情報が流れていて、C案の強行突破を選ぶしか無いのだ」

「つまり無いに等しいと」

「すまない、今の我輩達は無力なのだ。敵に急所を握られていてね。だからこういう支援しか出来ないのだ」


 青メッシュ先輩が取り出したのは高そうな黒い小箱だった。


「それは」

「これは聖獣を魔法少女の能力効果範囲に含めるためのペアグッズ、ツインエフェクター。君たちに授けるのだ」

「ありがとうございます」


 箱を開けると水色のバングルが二つ入っていた。

 ダント氏が小さな手で持ち上げると、聖獣サイズにキュッと縮む。

 私たちはその場で装着した。


「これで僕も夜見さんの加速に追いつけるモル?」

「理論上は可能なのだ」

「でもデメリットが怖いですね」

「デメリット?」

「力を使ったあとは頭痛で動けなくなるんですよ」

「ならばこれも持っていくのだ」


 お次のアイテムは『スロウダウンウォッチ』なる腕時計だった。

 しかし時計らしい数字表記は無く、常に十二時を指している。


「それは能力の効果を弱める代わりに、肉体へのフィードバックを消してくれる腕時計なのだ。さらに能力を発動すると針が動き出して、残り時間を目で見えるようにしてくれる設計にもなっているのだ」

「音は鳴らないんですね」

「使う子がほとんど居ないから開発予算がつかないのだ」

「なるほど」


 世知辛い事情だ。


「君専用のアイテムを作りたいのは山々だけど、今は時間がないのだ。購買部で『ファストヒールゼリー』を受け取ったら、最前線の裏門前に向かってくれ」

「ファストヒールゼリー……分かりました」


 考えている時間が勿体ないのは確かだ。

 使い方はあとで誰かに聞こう。


「購買部はどこでも良いんですか?」

「すぐ近くので頼む。吾輩が動きすぎると全体の指揮が遅延するのだ」

「分かりました。任せましたよ、青メッシュ司令官」

「吾輩も君の働きに期待しているのだ。では行ってこい」

「行ってきます」


 私はダント氏と共に支店でファストヒールゼリーを受け取った。

 袋詰めの寒天ゼリーで、十二個入り。マスカット味らしい。

 ダント氏に管理を任せた。


「見ただけで使い方が分かるって凄いですよね」

「しかも食べ物なので量産が可能だし、色々なお店で気軽に購買できるモル。魔法少女の支援方法としては最適解モル」

「ね。しかしどうして裏門が最前線に」

「情報によれば、僕たちは嘘の光景を見ていたらしいモルよ」

「嘘の光景? 嘘とは――」


 ダント氏の言葉の意味はすぐに分かった。

 赤腕章の先輩方で溢れかえる裏門の奥には、リゾート開発計画の名残である廃墟群ではなく、高低差のある大型の建造物群が立っていた。


「あ、あれは」

「あれこそが真の姿。レクリエーションセンターだモル」

「レクリエーションセンター」

「そうモル。学校に足りない施設を余っていた敷地に増改築していった結果、天然の迷宮になったという、女学院の闇を体現したダンジョンモル」

「魔窟なんですか」

「全貌を把握しているのは一部の生徒だけ、と言わしめるほどに何があるか分からない場所だ……とファンからの情報モル」

「迷子には気をつけないといけませんね」


 つまりどうやら、私はまた魔法で幻覚を見せられていたということらしい。

 敵にはかなりのやり手がいるのかもしれない。


「あの、すいません先輩!」

「はい――あ、君はあの有名な一年生ちゃん!」

「多分そうです! 助っ人として来ました! どう動けばいいですか!?」

「話は聞いてるよ! 私たちの司令部に案内するね!」


 案内された先では、緑腕章を付けた先輩方が仮設テントに集まっていた。


「指揮官! 新入りです!」

「お待ちしておりましたわ、夜見さん」

「お、おはようございますハムスター先輩!」

「せめて赤陣営のリーダーと呼んで下さいまし!」


 私を出迎えてくれたのは赤陣営のリーダー、赤髪が特徴的で、聖獣がゴールデンハムスターの先輩だった。彼女はため息をついてから話し始める。


「まぁこうして話し合ってる余裕は無いんですの。夜見さん、あなたには突入部隊に加わって欲しいのよ」

「分かりました。侵入ルートは」

「把握済みですわ。紺陣営は一階の第二体育館に籠城していますの。ただ問題が一つ。先生が中等部一年の子しか入れない結界を張ってしまいましたのよ」

「結界ですか」

「正確には先生の決めた施設の使用制限なのですけど、先生が結界と言うので結界ですの。最終的にはあなた一人での救助活動になるから、心してかかりなさい」

「い、いつでもいけます!」

「良い返事ですわね。ついてきなさい」

「はい!」


 私はハムスター先輩の後ろに続いて進む。


「皆さま! 強行突破で行きますわよ! この子を守護する陣形を組みなさい!」

「「「はい!」」」


 赤陣営の先輩方が三角形の隊列を組む中、私は最後方の安全な位置に置かれる。


「緊張するモル……」

「そうですね……でもやるしかないんですよ」

『隊列組めました!』

『了解ですわ! 突撃用意!』

「「!」」


 準備が出来たようだ。

 側に居た赤腕章の先輩がこう言ってくれた。


「一年生ちゃん。私たちを追いかける形で走り出してね」

「分かりました!」

『カウント開始! 3、2、1――ゼロ!』


 先輩たちはレクリエーションセンターに向かって一斉に駆け出した。


「ダントさん私にしっかり掴まって下さい!」

「分かったモル! 振り落とされないよう制服の中に入るモル!」

「了解です! ……よし! 走りますよ!」

「オッケーモル!」


 私はダント氏が胸元に収まったのを確認すると、その後ろを追いかける。

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