第28話 おじさん、女学院にバス通学する
家に帰ったら執事さんが心底驚いていたので、事情を説明したら『さらに強固なセキュリティに変更致します』と言ってくれた。
私とダント氏はそのまま寝室に向かって、ベッドに倒れ込んだ。
ピピピピ。ピピ――
それから数時間後の目覚ましの音と、眩しい朝日で目が覚めた。
「おはようモル……」
「おはようダントさん……」
もう二度と窓の鍵を開けたまま寝ない。
◇
「昨日は散々だったモル。もはや災害モル」
「ね。今日こそ幸運だと良いですねー」
朝食や寝癖直しなど、諸々の身支度を終えて制服に着替えた。
玄関で靴を履いていると執事さんがこう問いかける。
「ライナ様。送迎車でなくて本当によろしいのですか?」
「はい。昨日のことはともかく、やっぱり色んな人と出会うのは楽しみですので」
「畏まりました。ああ、生徒手帳は送迎バスの定期券になっておりますので、くれぐれも無くさないようお気をつけ下さい」
「気をつけます」
無くさないように注意しよう。
するとまだ眠そうな義妹、遙華ちゃんがトコトコと玄関に来た。
「おねーちゃん、もうがっこう?」
「そうだよ。遙華ちゃんは幼稚園かな?」
「うん! あのね、おねーちゃんがよかったらね、あそびにきてほしいの」
「どこにあるのかな?」
「このお家のちかくだよ! なまえはねー、わかば幼稚園だよ!」
「分かった。今日の学校が終わったら遊びに行くね」
「えへへ、うんっ!」
「じゃ、行ってきます」
「いってらっしゃーい! まってうよー!」
大事な約束も交わしたので、今日一日を乗り切る気力が湧いた。
「とは言っても眠いモルね……」
「そうですね」
私はまだ耐えられるが、ダント氏は慣れていないようだ。
肩の上で大きくあくびをしている。
「自販機で眠気覚ましのコーヒーでも買いますか?」
「……ああ、丁度いい機会モルね。夜見さん。コンビニに行くモル」
「え? はい」
私は市内に出ると、梢千代市限定のコンビニ『マジマート』に入った。
そこでダント氏は店長に掛け合って手紙を受け取り、その場で開けて一枚のカードを取り出した。
「それは?」
「夜見さん用のデビットカードだモル」
「デビットカード」
「夜見さんはちゃんとした雇用契約を結んだ広告塔さんモルから」
「ああなるほど」
とりあえず受け取って財布に収納した。
「もう支払われてるんですか?」
「今月の末からモル」
「つまりまだ、と」
「でも夜見さんの貯金は引き継いでるモルよ。キャッシュカードとしても使えるから確かめるモル」
「あーそれは嬉しいですね」
コンビニATMで残高を確認したところ、中学生にしてはかなりの大金持ちだと知った。
「十数年も遊ばずに社畜してるとこんなに貯まるのか……」
「驚くような貯金額だモル」
「とりあえずコーヒー買います?」
「いや、エモーションエナジーを買って欲しいモル」
「どうして?」
「飲んでおけば夜見さんの加速についていけそうな気がするモル」
「あはは、分かりました。じゃあ買ったあとでバス停に行きますか」
私はダント氏にエモエナを買ってあげたあと、コンビニ近くのバス停で待機する。
昨日と同じ大鳥居が見える通りだ。
「夜見はん?」
「はい」
振り向くと、茅色髪のおさげちゃんが立っていた。
「あんたはんもバスにしたん?」
「楽しいですからね」
「ふふ、今度は乗り遅れんように注意しぃや」
「あはは」
最初は警戒してたけど、仲良くなってみるといい子だな、と思う。
「あ、ハンカチ返しますよ」
「もーええてー。うちが困った時に渡してぇな。律儀なんはええけど」
「なるほど。ではそうします」
「そやで? うちは気長にいつでも待ってるから」
「優しいんですね」
「人は選ぶけどなー」
あはは、うふふ、という感じだが、他の女学生は私たちの会話を非常に高度な掛け合いだと勘違いし、怖がっているようで、それを見たおさげちゃんはふぅ、と諦めたように目を瞑っていた。
「人を選ばないといけない理由があるんですね」
「色々あんねん、うちにも」
「いつでも相談してくださいね」
「そういう優しいとこ、人につけ込まれやすいんやで?」
「でしょうね」
かと言って直しようがない部分なのも事実なのだ。
「まぁ、欠点は誰にでもありますし、それが悪いって訳でもないと思うんですよ」
「どういうことなん?」
「だからきっと、全てに意味があることなんです」
「そらあるに決まってるやん。ふふっ、変なこと言うなぁ」
二人で話していると、ようやく送迎バスが来る。
中は昨日よりはマシだが、それでも女学生ばかりで、中々に混んでいた。
「夜見はん」
「はい?」
「倒れへんように支えてくれへん? か弱いねん。うち」
「しょうがないですね」
おさげちゃんを守るように支えると、それを見ていた一部の女学生たちから小さく黄色い声が上がる。
「あーあ。勘違いされてもうたな? どうするん?」
「おさげさん。私が優しいだけだと思ってたら、取って食われちゃいますよ?」
「うぅぅ……そうやないわ、もうっ、あほぉ」
やはり昨日の突然の告白が効いていたようで、すぐに恥ずかしがって顔を隠してしまった。可愛いものだ。
「夜見さんも女の子付き合いが上手くなってきたモルね」
「そうでしょ?」
「でも公然の場で口説くのはほどほどにするモルよ」
「それは相手の出方次第ですね」
「一理あるモル」
バスは連絡橋を渡り、聖ソレイユ女学院前で停車する。
おさげちゃんは恥ずかしそうにべっ、と舌を出して、先に降りていってしまった。
私は彼女の後ろ姿に軽く一礼し、正門に向かって歩き出した。
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