第16話 おじさん、緑陣営の策略で一躍有名になる

 しかし生徒会室から出ることすらままならなかった。

 どこから噂を聞きつけたのか、多数の女学生が待ち構えていたのだ。


「あの子がいま噂の……」

「そうですわ。会長を超える逸材ですの」


 ガヤガヤ、ざわざわ。


「うわ、いっぱい……」

「おのれ緑陣営め……夜見、戻るぞ」


 ぐいぐい、バタン。

 私は副会長に押されて部屋に戻ることになる。


「夜見、この腕章を付けておけ」

「は、はい。いいんですか?」

「超校規的措置だ。高等部の女子たちを従わせるにはこうするしかない」

「うう、分かりました」

「ふふふ、なんか来るところまで来た感があるモル」

「笑い事じゃないですよダントさん……」


 私は仮の生徒会員であることを示す黒銀グレーの腕章を授かった。

 右腕に巻きつけ、クリップで固定して完了。

 副会長に歩き方の簡単な指導を受けてから外に向かう。


 ギィ――

「出で来られまし――」


 スス、ザッ。

 高等部のお嬢様たちは、私の腕章を見た瞬間に道を譲った。

 モーゼの海割りのごとく綺麗に半分に分かれていて、一言も喋らない。

 私は副会長の後ろに続いてその間を進んだ。


「あの」

「喋るな夜見。あとで説明する」

「はい」


 副会長はとても手厳しい人のようだ。

 校舎の外に出るまでその現象は続いた。


 出たあとは、高等部の女学生たちは静かに頭を下げ、道を譲ってくれた。

 問題は中等部だった。


「うわ、生徒会役員補佐を示す灰色の腕章じゃん!?」

「マジじゃん! てかあの子って、マジスタで話題の一年生じゃね!?」


 わいわいわい、がやがや。

 あっという間に私たちを取り囲み、副会長に教えて教えてと質問攻めを加え始めた。


「詳細は後日発表する! 今は道を開け――……あーごめん、強く言い過ぎた。泣き止んでくれ。な?」


 そして、副会長のご威光は中等部には刺激が強すぎる。

 簡単に言うなら、高校生が声を張り上げると泣いちゃうくらいにメンタルが弱い。

 私たちは身動きが取れなくなった。


「夜見助けてくれ……私は中等部には無力なんだ……」

「そ、そんなぁ」


 まさかの救援要請が送られる。

 とにかく、やってみよう。


「はーいみんなー! 私にちゅうもーく! これから説明するから、ちょっと副会長さんから離れてもらえるかなー? 五を数えたら説明するから、しずかにお口を閉じて、ゆっくり離れてねー! ごー、よーん、さーん、にーぃ――」


 すると素直に周囲から離れ、説明を待つ中等部のみんな。

 瞳がキラキラと輝いている。

 大人に大好きな絵本を読んでもらう直前みたいだ。


「……副会長、正直に説明した方がいいですか?」

「いや、夢は壊すな。私が直接渡したことだけ伝えろ」

「は、はい……」


 言われたとおりに説明した。

 私はとても深い事情により副会長から腕章を授かりました、と。


「深い事情って何ですかー?」


 当然の質問がなされる。


「……副会長、どう言えば」

「わ、私の補佐の補佐についたと言っておけ」

「い、いいんですか?」

「し、仕方ないだろう……! 夢や憧れを壊すのはヒーローらしくない……!」

「は、はい……! ではそのとおりに……」


 再び説明した。


「補佐の補佐ってなにするんですかー?」


 当然質問される。


「な、何するんでしょう?」

「ほ、補佐の補佐だ。業務管理の手伝いだ。それで行け」

「待ってください、業務管理の具体例を先に教えてください。あの大きな幼女たちは納得するまで何度でも質問を重ねてきますよ」

「くっ、子供は残酷だな……」


 私は業務管理の例をいくつか聞いた。

 主に市街地に現れる怪人ボンノーンの出現調査及び撃退、その怪人が生み出す雑魚敵の『クライミー』という生命体の討伐、捕縛など、夢のある例を挙げてくれた。

 副会長の補佐の補佐は、撃退や討伐を一緒にするんだよ、という設定に決まった。


「先に聞きます。そのクライミーを捕縛して何に使うんですか?」

「解剖して分析する」

「うわぁ……じゃあ捕縛は言わない方針で」

「頼む」

「はい。いきます――」


 最後の説明を受けて、中等部の子たちは満足したらしい。


「いいなぁ、私も役員補佐になりたいなー」

「もう実戦って凄いなぁ。変身したら、強くてかわいいんだろうなぁー」


 それが私への疑問が憧れに変わった瞬間だった。

 中等部の学年問わず、コソコソと『夜見ライナは最高の魔法少女である』という噂が流れ始める。

 そこに、私が付けている黒銀の腕章の効力も合わさり、もはや疑いようの無い真実になってしまった。


「あの子が最高の魔法少女……?」

「ああ、間違いない……言うよ、言うよ……!」


 ざわざわ、ざわざわざわ……


「夜見。今、何をすればいいか分かるな?」

「はい」

「やれ」

「はい……」


 副会長の指示もあり、やるしかなかった。


「みんなー! 私が最高の魔法少女、プリティコスモスだよっ! これから応援よろしくねー!」

「「「きゃあああああ~~――――――っ!」」」


 私こと夜見ライナは、変身前だけども最高を名乗った。

 完璧に決まったアイドルポーズを見て、副会長は私の肩に手を載せた。


「夜見。ちゃんと、みんなの期待に答えるんだぞ」

「はい……」


 どうしてこう、ハードルだけ上がっていくんだろう。

 中等部のみんなに笑顔で別れを告げ、校門を出てようやく本音を吐けた。


「運命さん、もう少し手加減してよぉ……」

「僕は夜見さんならいけると思うモルよ?」

「そんな自信なんてないぃ……」


 前を歩く副会長も流石に罪悪感があったようで、こう語る。


「まぁ安心しろ夜見。私も責任を持って手伝うし、なんならお前がこれから会う赤城恵は、どんな魔法少女でも一流に仕立て上げるプロなんだ」

「副会長さん厳しいから信用できない……」

「なっ、じゃあどうすれば信用する?」

「名前」

「名前?」

「名前、教えて下さいよ。この学校の人、絶対に自分から名乗ってくれないんです。だから赤城さんの名前しか知らない……」

「い、いろいろな事情があるんだ。色々とな」


 大きく咳払いした副会長は、私の方を向いた。


「私は聖ソレイユ女学院、生徒会執行部の副会長。空渠陽子からみぞようこだ」

「ヒーローネームもお願いします」

「むぅ、魔法少女『ストレリチアレッド』だ」

「ふふ、私は夜見ライナです。魔法少女プリティコスモス。よろしくおねがいしますねっ」

「ええい、言われなくても知っている! だが、まぁ、よろしく頼む」

「はいっ」


 私はようやく聖ソレイユ女学院の生徒さんと自己紹介が出来た。

 初めてが生徒会の副会長で、しかもおねだりしてようやくとは、何と事務作業感の溢れる思い出だろうか。

 それでも嬉しい出来事には変わりなかった。


「行きましょうよ、ヨーコ副会長」

「なっ、なななな……」


 なので、ちょっとからかってみようと下の名前で呼んだ途端に、副会長の大人びたお顔が緩み、みるみる赤く染まっていった。


「あ、あの、副会長、ごめ――」

「この、おおバカモノっ! 下の名前で呼ぶな! 恥らいは無いのか!?」

「ええええ!?」

「良いか夜見! お互いの下の名前は! 緊急時か恋仲同士でしか呼びあわんのだ! この学校での常識だ覚えておけ!」

「ひぇ、ひゃいぃ!」


 めちゃくちゃ怒られたので、次からは気をつけようと思う。

 てっきり嫌われてるものと思っていたので想定外だ。

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