第13話 おじさん、上級生に誘拐される

 どこか分からぬままに私は椅子に座らされて縛られたが、ざわざわと多くの声がするので、何かの集会に巻き込まれていると分かった。


「ほう、この子が――あの代表生を超える逸材か」

「はい」

うらやむくらいに大きいな……ああ、大きい」


 もにゅ、むにっ。


「ひあぁっ……」


 目隠しされたままで胸を揉みしだかれ、耳元で甘く囁かれる。


「君、素晴らしい才能を秘めているね。はぁっ、こんなに興奮したのは初めてだ」

「や、やめ……ふぁっ」


 ふにふに、もみもに。ちゅっ。

 相手は堪えきれなくなったのか、首元にキスをしてきた。

 荒い息づかいと、激しく優しい手つきに、私は嫌だと分かっているのに――

 すると近くの誰かが相手を引き剥がす。


「先輩、やりすぎです。抑えて」

「おおっと、すまない。エモ力が高まっていくのでやめられなかった」


 私にセクハラした相手らしき声はこう続けた。


「この子を私たちの仲間に加えたい。賛成の者は挙手を――」

『夜見さん、夜見さん!』

「っ!」


 するとダント氏からのテレパシーが飛んできた。

 肩に彼が乗った感触がする。


『縄は切って外したモル! 出口は左前! まっすぐ走るモル!』

「わかりました……っ!」

 ダッ――


 私は指示に任せて飛び出し、この場から逃走した。


「あっ、こら! 待て!」

「待ちません!」


 私は目隠しを外して、窓の外の景色でここが校舎の上階だと知り、二年W組、X組という組表記から、私を誘拐し、さらに後ろから追ってくるのは二年生だと知った。


「ダントさん! ここからどう逃げれば!」

「階段を降り――いや、登るモル! 上に!」

「どうして!?」

「二年生から逃げ延びるには三年生の力を借りるしかないモル!」

「分かりました……!」


 校舎の端から端まで、最後のC組、B組とA組を通り過ぎた私は、階段を二段飛ばしで駆け上がる。曲がる時にふと後ろを見る機会があったが、二年生は階段前でたじろいでいた。


 登りきった先には緑の腕章を付けた一人の上級生が居て、あの時の緑髪の先輩だった。


「ハァ、ハァ、はぁー……」

「わっ、君一年生じゃない? どうしてここに」

「たすけてください先輩!」

「えええ~~~~!?」


 足元に縋り付く私に困惑の声を漏らす三年生。

 すると背後からねっとりとした気配を感じた。


「ヒスイくん、その子を渡したまえ。今なら見逃す」

「ひ、ヒカリコさん!?」

「二度は言わない。渡すんだ」


 後ろに立っていたのはアホ毛の生えたクセ毛の人で、白衣を着ていた。

 緑髪の先輩は分が悪そうな顔をしつつも、私を守るように立った。


「一年生、早く逃げて」

「せ、先輩」

「長くは持たないよ! 早く!」

「うう、はいっ!」


 私は先輩に指示されるがままに逃げ出した。

 ここは三年生が居る階だとは分かったが――


「逃げろって言っても、どこに……!」


 クラス表記の書かれた部屋しかない。

 部屋の中には誰も居ない。

 するとダント氏が窓の外を指さす。


「夜見さん! 隣の校舎に渡れる通路があるモル! そっちに逃げ込むモルよ!」

「なるほど……!」


 この校舎が広いからか、三年生だからかは知らないが、ここ三階には隣の校舎への連絡通路が付いていた。しかしシャッターが閉じられていて入れない。


「そ、そんな、どうして……」

「まだ始業式の日だからだモル! 忘れていた……!」

「じゃあどこに逃げれば――」


 コツ、コツ、コツ。

『おーい一年生。こっちにおいで。悪いようにはしないから』

 コツ、コツ、コツ、コツ。


「ひぃぃ迫ってくるぅ!」


 両手を開け広げたクセ毛の先輩が、わざとらしい足音を立てながら近づいてくる。

 後ろの階段に逃げようにも、すでに数名の二年生が上がってきていた。


「どどど、どうしたら……」


 ウィーン、ガララララ――

「え?」

「夜見さん! 今すぐ逃げ込むモル!」

「は、はいっ!」


 私はダント氏に言われるがままにシャッターの下に潜り込んだ。


「どうして開いたんですか!?」

「シャッター操作盤のオートロックが運良く解錠されていたモル! でも仕組まれているみたいで怖いモル……!」

「まさかこの逃亡劇も罠……!?」


 連絡通路を通り抜けて、二年生、三年生を眺めるために立ち止まる。

 相手は追跡を諦めたようで悔しそうに去っていった。

 ふと周囲を見れば、緑の腕章を付けた先輩方がちらりと姿を見せて隠れた。


「詳しくは分からないモルけど、きっとこの校舎でも何かあるモル」

「そ、そんな」


 私たちはどこかに誘い込まれているようだ。


「だ、ダントさん、どう進めば逃げられますか、あわわ」

「一階を目指そうモル。外にでさえすれば逃げられるモル」

「うう、分かりました」


 静まり返っている校舎を降り、誰かの襲撃を恐れながら、角待ちに警戒しながら先へ進むと、何故かすんなりと外に出れた。


「何もありませんでしたね……?」

「あ、あれ? おかしいモルね?」


 二人して首を傾げていると、目の前にマスク女子高生が現れる。


「こんちはー」

「え? あ、湿布の人」

「君を退屈から救いに来たんだ」

「どういう?」

「いや、君がつまんない派閥争いに巻き込まれてたから、生徒会長の命令で助けにきたってこと」

「ああ、そうなんで――え、派閥争い?」

「無知って怖いね。ついてきて。私が直々に学院を案内してあげる」

「あ、ありがとう、ございます?」


 湿布の人は校庭に向かって歩いていってしまう。

 私はダント氏と顔を見合わせて、『多分あの人についていくしかない』との結論を出し、ついていくことにした。

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