第7話 おじさん、養子になる
私はベンチでぼんやりしていたところをスミレさんに発見され、今日の出来事で天涯孤独になったと判明し、NPO法人の運営する孤児院に入ることになった。
『――次のニュースです。昨日のお昼未明、江東区〇〇市で起こったマンション火災の焼け跡から行方不明の男性、夜見治さん(三十六歳)と見られる遺体が発見されました。警察は自殺と判断し――』
次の日のニュースで自分が死んだことを告げられ、通う予定だった都立の中学校にも行かずに引きこもり、施設で数カ月過ごしてようやく実感が湧いた。
「魔法少女になるってこんなに大変なんだ……」
「夜見さんは特殊事例すぎるんだモル」
「否定できない」
私は『ニュースを見て養子縁組を希望しました』という数組ほどの里親候補との面談を控えていて、ダント氏を膝に乗せ、緊張した面持ちで椅子に座っていた。
「ダントさん、最初から里親が決まっているわけじゃないんですか?」
「ニュースになったから複数の応募があったんだモル」
「なるほど……もしかして見分けなきゃいけないとか」
「そんなに気負わなくても良いモルよ。会ったら分かるモル」
「そうなんですか」
話し込んでいるうちに一組目の夫婦が入ってきた。
孤児院を運営している人から紹介を受ける。
「ライナちゃん。この二人方は君のお父さんとお母さんになりたいって言ってくれた人だよ。ちゃんとご挨拶してね」
「こんにちはライナちゃん。妻の
「夫の
「……こんにちは、
ああ、たしかにこれは、すぐに分かる。
里親候補との面談は三時間ほどで終わり、最終的に顔見知りだったことが決め手となり、私の境遇にいたく共感し、同情なされた遠井上家の養子になる前提で、里子になることが決まった。
遠井上家が私を迎えるために用意した乗り物は、まさかの白リムジン。
自宅に着くまで車内では、男性執事から遠井上家のしきたりを聞かされた。
簡単に言えば『本家が別に存在しているから、彼らには礼節を弁えた対応をして欲しい』とのこと。
華族制度と言ったら分かるだろうか、梢千代市は国の特例行政地区に認定されており、市議会の決めた条例でその爵位制度が復活していて、遠井上家の本家は侯爵の地位に位置しているようだ。
私は分家の養子で、さらに血の繋がりもないので、とても肩身が狭い。
「はは、生きづらそうですね……」
「そうでもありませんよライナさま。本家の方々とは年に一度の七光華族会合でしか会うことはありませんので、普段と変わらず気楽に過ごせるはずです」
「そうなることを信じてます」
なんだかすごい世界に迷い込んでしまったようだ。
魔法少女としての活動うんぬんより、どうやって華族社会に馴染むかという問題になってしまった。
「ダントさん、どう思う?」
「……」
少し暗い顔になっていたのを察したのか、遠井上夫婦から外の景色を見てみなさい、と言われた。
言われた通りに窓の外を見ると、幹線道路沿いに高層ビルやマンションが立ち並んでいた景色が、海沿いの閑静な住宅街へと変わり、私の心は少しだけ和らいだ。
私の乗るリムジンは、『
「切符を拝見致します。提出して頂けますか?」
梢千代駅と踏切が検問所になっているので、切符がそのまま入場券になるのだ。
検問所の警備スタッフは駅員も兼ね、線路が外界との境界線になっているのがニュータウン、梢千代市の最大の特徴である。
切符は警備スタッフに対応していた運転手が五枚提出し、改札鋏によってチャキチャキと使用済みにされていった。
世代だからというわけではないが、風情のある音だと思う。
「昭和ロマンですね」
「都会の喧騒に疲れた人達が住むための街だからね。街の中に入ったらもっと驚くことがあるよ」
「少し楽しみになってきました」
「そうかい? 良かった」
新しい父親になる
私も流されるように微笑む。
「拝見終わりました。お帰りなさい遠井上家ご夫妻さま。
駅員姿の警備スタッフが勢揃いとなり、礼儀正しくお辞儀をする様子を窓越しに見せながら、私の乗るリムジンは梢千代市に繋がる踏切を乗り越えた。
市内はどことなく古都、特に京都の雰囲気が混じっていたような気がした。
雷門くらいに大きな赤鳥居が立っていたから、そう感じただけかもしれないけど。
遠井上家の自宅は梢千代駅から五分ほどの位置にある、高級住宅街の一角だ。
新しい母になる凪沙さんから『盛土で人工的に作られたのよ』と教えられた小高い山を背に添えた、鉄筋コンクリートの大きな一戸建てが遠井上家の住宅らしい。
「大きい……何LDKですか?」
「覚えてないな。佐飛さん?」
「この家は20LDKでございます」
「それくらいだってさ」
「ありがとうございます……」
そして『この家は』なので、他にも家が存在するらしい。
もう何々らしいとしか言えない。凄すぎて遠井上家の全貌が分からない。
「――様、ライナ様」
「はい!?」
「ライナ様は歓迎会の主役でございますので、この帽子を」
「あ、はい」
執事さんから渡されたパーティー用のキラキラ三角帽子を被り、高級外車が何台も止まっている大きな車庫から玄関に入って、二階に上がると――
「公園のおねーちゃん!」
「おねーしゃんだー!」
「まてたよー!」
「幼女先輩……」
あの日の幼女先輩たちがリビングで待っていた。
私は礼儀正しく待ちながらも、うずうずが隠しきれない彼女たちの喜びっぷりを見て、とてもとても嬉しくて、歓迎されていると分かって。
「うっ、ぐすっ……」
「わぁっ」
「泣いちゃった」
十三歳の女の子になって数カ月ぶりに、実年齢では十数年ぶりに感動の涙を流した。
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