第6話 おじさん、家を焼き出される

 道中、パトカーから聞こえてくる無線が不穏だった。


『――江東054地区で傷害事件を起こした逃亡犯二名は都立〇〇高校の男子生徒と判明――』

『――075地区で武装した逃亡犯二名が警察の包囲網を突破し――』


「何だか大変なことになってませんか?」

「ライナさんは気にしなくてもいいんですよ、警察の仕事ですから」


 女性警官さんは無線を切って、私たちに聞こえないようにした。

 ふと膝の上に乗せたダント氏に目を向けると、震えている彼と目が合って、改めて『家で話すモル』とテレパシーで言われた。


 警察署に着くと、調書を取るための一室に案内され、先ほどの暴行事件についての詳細を語ることになった。

 年齢やら住所やら本当の両親やら、自分は美少女に変身したおっさんなわけだけど法的身分はどうなるんだろうと思っていたが、そこは魔法の力なのだろう。

 夜見ライナという人物にはちゃんと戸籍があり、この世に実在するものとして扱われていた。


「――以上ですね。被害届けを受理します。お疲れさまでした」

「お疲れさまです」

「迎えに来てくれる親族の方が居ないとのことですので、ご自宅までお送りします」

「ありがとうございます」


 女性警官さんと一緒に警察署から出ると、一台のパトカーが用意されていた。

 ダント氏を抱いて後部座席に乗り込む。


「ダントさん、そろそろ喋ってくれませんか?」

「……」


 その時に話しかけたものの、黙りこくっていた。

 代わりに、運転席に乗った女性警官さんが顔を緩ませた。


「ふふ、ライナちゃんのペットは喋るんだね」

「はい。お話してくれるんですよ」

「かわいいね」

「でも今は喋ってくれなくて」

「緊張してるのかもしれないね」

「あの、警官さん」

「スミレでいいよ、一条菫いちじょうすみれ。出発するよ」

「はい、スミレさん」

「さんはいいのに」


 パトカーは私の自宅に向かい始めた。

 無線は切られたままで、スミレさんとの会話が弾む道中。

 彼女は警部補で、両親は長野に住んでいるらしい。


「でも、ライナちゃんも大変だね。お父さんとお母さんが流行り病で亡くなって、おじさんの家に住むことになるなんて」

「あはは、はい……」


 戸籍を存在させるために死んだことになってるの悲しすぎる。


「でも、夜見おじさんは優しいので」

「良い人なんだね、おじさん」

「他に頼れる親戚が居ないだけですけどね」

「あー……何かあったらこの番号に電話して。助けに行くから」

「はい」


 交差点で止まった時、名前と電話番号が書かれた名刺を渡してくれた。

 独身男性と年頃の少女の二人暮らしはそれだけで警戒されるのだ。


 ぐぅ~。

「お腹へった」

 もっとも当たり前のことなので、私の思考は食欲を満たす方が優先された。


「すごい音だね、ライナちゃん」

「まだ何も食べてなくて」

「今は……あー、もうそんな時間か。急いで家まで送るね」

「はい」


 スミレさんは少しだけ飛ばして自宅まで送ってくれた。

 数分後に到着したマンションでは、とある一室からボウボウと火の手が上がっていて、そこは私の住んでいる部屋だった。


「わぁ……」

「うわ、火事かぁ。ツイてないねライナちゃん」

「あの」

「どうしたの?」

「燃えてるの私の住んでる部屋」

「ええ!?」


 スミレさんはその一言で慌て、消防員に話を聞きに行った。

 頭が真っ白になっている私を尻目に、ダント氏はとても申し訳なさそうにテレパシーを送ってきた。


『夜見さん、僕たちの赴任地が決まったせいだモル。夜見治はこの火事で死亡し、夜見ライナは孤児院に預けられ、新しい夫婦に迎え入れられる。そうなると上から連絡が来たんだモル』

「夜見治はここで死ぬのかぁ……」

『僕に反対できるほどの力はないモル。出来ること言えば、夜見さんの辛い記憶を魔法で消すくらい。どうするモル?』

「その前に両親にお別れが言いたいです……」

『分かったモル。ここから離れて電話を済ませようモル』


 私はふらふらとその場を離れ、社畜の集う公園に向かった。

 道中でさらに辛い事実が告げられる。


「夜見さん、実はもう一つ隠していたことがあるモル」

「なんですか?」

「早朝、緊急賢人会議で『少女以外を魔法少女にしてはいけない法』が可決されたと知らされたモル。だからもう夜見治に戻れない」

「え、変身解除しても元の姿に戻れないんですか?」

「もう性別固定の魔法もかけてしまったモル。秘密にしていてごめんなさいモル」

「じゃあどうやって電話すれば」

「そのマジカルステッキには緊急時のためのボイスチェンジ魔法が付与されているモル。電話する時にボタンを押して起動すると良いモル」

「はぁー……分かりました」


 公園のベンチに座った私は、ただの玩具オモチャと思っていたマジカルステッキのボイスチェンジ魔法を起動して、実家に電話する。


 プルルルルル。ガチャ。

『もしもし?』

「もしもし。治だけど」

『なんだいバカ息子。何が楽しくて電話したんだい』


 電話に出たのは母親だった。


「いや、もう会うことはないから、最後に言いたいことを言っておこうと思って」

『それなら私も言いたい事があるよ。こっちはあんたの仕送りが少ないせいでどれだけ大変な思いをしてるか分かるかい? お父さんは腰が痛いから治療費が欲しいって言ってるし、もっとお金を送って貰わないと大変なんだ――』

「ごめんなんでもなかった。バイバイ」


 プチッ。ツー、ツー。

「はぁ~~――…………」

 大きなため息をつく私を見て、ダント氏はこう言った。


「つ、伝えなくてもいいモル?」

「いや、私の人生って改めてクソだなって思わされただけでした」

「記憶消すモル?」

「いや、覚えておいた方が今後のためになると思うので残して下さい」

「分かったモル。辛くなったらいつでも言って欲しいモル」

「はい。はぁ……」

「あの夜見さん」

「何ですか?」

「そのスマホは回収するモル。証拠隠滅のために」

「あー……はい」


 私はスマホをダント氏に渡す。

 ダント氏は目の前に紫の魔法陣を生み出すと、そこにスマホを投げ入れた。


「今のはなんだったんですか?」

「燃え盛る前の夜見さんの部屋に投げ入れたんだモル」

「わぁ、時空転送魔法ですか?」

「そんな高等な技じゃないモルよ」

「ではなんですか?」

「上司から『自殺のアリバイ作りに必要な物』を提出しろと言われたので、言われたとおりにしただけモル。つまり人の魔法を借りただけ」

「なんてむなしい高等魔法の使い方」

「同意しかないモル」


 ダント氏と一緒に大きくため息をついた。

 なんにせよ、私は夜見治をやめ、夜見ライナとして生きていくしかないようだ。

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