第3話 おじさん、現状を把握する

 あれから私とダント氏は『夜が明けたばかりだから』と家に帰っていた。


「しかし何をすればいいやら」

「休みなんだから遊べば良いモル」

「社会人になってから忙しくて遊んだことがないんですよ」

「ブラックすぎるモル……もしかしてダークライの手先の企業モル?」

「まさかそんな――ありえます?」

「僕たちも敵の全貌が分かってないからなんとも言えないモル」

「闇の組織ダークライ……一体どんな敵なんだ……」


 道中、ダント氏と会話していて気付いたことがある。

 光の国『ソレイユ』の敵である闇の組織『ダークライ』が、この世界でどういった活動しているのか分からないのだ。

 ついでにガラスに映る自分の扱いにも疑問が浮かんだ。


「そういえばなんですけど」

「どうしたモル?」

「私って魔法少女になったじゃないですか」

「そうモルね。夜見ライナ、13歳。身長164cm、体重48kg。公式スリーサイズは不詳モルが、中学一年生なのに女子高校生並みの身長で、少なく見積もってもDカップ以上はあるモル」

「ニチアサよろしく全年齢版ですか?」

「いや、普通にR-18な展開もあると思うモル。性風俗産業に消えた魔法少女が分かってるだけでも十数人ほど居るモルから……」

「マジですか」


 通りで発育が良いわけだ、この体。

 中学生らしからぬたわわな胸を持ち上げる。

 空を飛ぶダント氏はこちらを見て否定してきた。


「夜見さん、待って欲しいモル。僕たちにそういう意図は無いモル。夜見さんの場合は大人を魔法少女にした影響でリソースに余剰分が出たから、発育関連に回さざるを得なかったんだモル」

「エモ力には変換出来なかったんですか?」

「変換しきった上で余ったんだモル」

「ならしょうがないですね。……その、エモ力って」

「性欲の発散で生まれるエモ―ショナルエネルギーも存在するモル。ただ、簡単に生み出せる分、依存しがちになるから気をつけるモルよ」

「は、はい。禁止とかは無いんですね……」

「僕はサポート役だけど、夜見さんの性欲まで管理する気はないモル……」

「はは、まぁ、確かに……」


 今は桃色髪の美少女だからと勘違いしてたけど、よく考えればおっさんの性欲を管理する新手の地獄だもんな……

 性事情に関しては一線を引いていると分かった。


「もしかして戦うこともあるのかなぁ」

「聞いた話では、組織の尖兵として『ボンノーン』という怪人集団が居るらしいモル。なので、彼らと戦い、人々と街の平和を守るのも魔法少女の使命なんだモル」

「ボンノ―ン……煩悩……まさしく私が直面している問題……」

「考えるほどにエモ力が高まってるモルね。ムラムラしてるモルか?」

「女日照りが実に長かったもので」

「夜見さんがその体に慣れるまで時間がかかりそうモル」


 ダント氏がぼやいたと同時に目的地のマンションに着いた。

 オートロックを解除して目的の階までエレベーターで登り、自宅の扉を開ける。


「ここが夜見さんの部屋モルか?」

「ほとんど帰ってないんですけどね」


 前にいつ帰ったか分からないワンルームは、一人暮らしの男部屋らしく殺風景で、灰色のベッドと安物のノートパソコンが乗った小さな作業用デスクが置いてあるだけである。

 備え付けのカーテンも閉めっぱなしだ。


「スーツとか替えの下着はどうしてたんだモル?」

「会社の近くにあったクリーニング・コインランドリーの常連でした」

「ああ……まさしく社畜モルね」

「あはは、軽くシャワー浴びてきます」


 私は風呂場に向かった。

 大きな鏡で容姿を確認したかったのだ。

 体は改めて確認するまでもなく、年齢に反して発育がよくて、着痩せしやすいタイプとも分かった。

 髪は桃色でツーサイドアップ。

 魔法少女ものでは主役級と言ってもいい髪型と髪色だ。


 どうしよう、これが自分だと思うと果てしないほどに興奮する。



「……」



 私はゆっくりと胸に手を当て、優しく揉み始めた。

 もみもみ。ふにふに。




 もみもみ。ふにふに。


 もみもみ。ふにふに。


 もみもみ。ふにふに。




「……っ」




 この体、具合が良すぎる。

 くすぐったいのを我慢していると、熱を帯びてきた体が僅かにビクッとしてしまう。


 むにゅっ。




「んんっ……」




  ……変な声が出た。

 ついに抑えきれなくなり、するりと下腹部に手を――







 ……



 ……………



 ………………………………






 という感じで女体の神秘を味わったあと、シャワーを浴びるだけ浴びた私は、元の女児服を着て部屋に戻った。


「シャワー終わりましたー」

「おかえりモル。凄い艶声つやごえだったモルよ」

「い、言わないで下さい……!」


 私は真っ赤になった顔を隠す。

 ダント氏はカタカタとキーボードを鳴らしながら喋っていた。


「僕もインターネットで敵のことを調べてみたモル」

「え、なんでパスワードを」

「付箋に書いてあったモル」

「……ああ、書いて貼ってたなぁ、よく忘れるから」

「じゃあ分かってる情報だけ伝えるモルよ」

「はい」


 カタカタ、ッターン、と振り向いたダント氏。

 説明は一行でまとまっていた。


「ボンノーンに人々を襲わせ、怖がらせている以外は何も分からなかったモル」

「それだけですか?」

「それだけモル。だから今の僕たちがするべきなのは草の根活動モルね」

「草の根活動」

「地道な人助けでファンとエモ力を付けるモル」

「なるほどデビューしたてのアイドルですか」

「確かにアイドルの側面もあるモルね。魔法少女には」

「そうと分かれば外に出るしかないようですね?」

「んー……夜見さん」

「はい」


 オレンジモルモットのダント氏は、態度を改めてこう言った。


「改めて聞くモルけど、本当に魔法少女を続けたいモルか?」

「ええ、はい。少なくとも本業よりは楽しめそうです」

「いや仕事としてではなく」

「ではどういう意味で?」

「ニチアサの女児向けアニメのように、決して綺麗事だけで済まないことがこの仕事にはあるモル。大怪我もするし死ぬ可能性だってある。敵に捕まったら最後、改造・洗脳されて二度と元に戻らない可能性もあるモル。救った男性に強姦される可能性も。その覚悟はあるモルね?」

「あー、そういう質問でしたか」


 私こと夜見ライナは、にっこりと笑ってこう返した。


「でもそれ、現実と対して変わらないじゃないですか。現実の方はただ、目に見えなくて分かりにくいから安全に見えてるだけ。綺麗事じゃない部分への覚悟なんて、私みたいな社畜なら誰でも持ってますよ」

「その言葉で安心したモル。これから一緒に頑張ろうモル」

「はい、よろしくです」


 ダント氏と握手する。

 彼の手はとても小さくて、守ってあげたくなった。


「しかしダントさんも変なことを聞きますね」

「事前に説明しておかないと裁判で不利になるモルから……」

「あはは、とても法務的……さ、外回りに行きますか」

「その言葉は僕の心を刺してくるので止めて欲しいモル」

「じゃあ休日を楽しみましょう!」

「オッケーモル!」


 私はダント氏と共に意気揚々と外に出た。

 行く宛もなく彷徨う――ではなく、魔法少女には人気商売の側面があると分かっているなら向かうべき場所は一つ。

 歌、特にアニソンには自信があったので、IT社畜のおじさんたちにファンになってもらおうと、今朝目覚めた公園に行ったのだが……


「なんだガキ共オラァ!」

「この公園は俺たちのモノだぞオラオラァ!」

「ふええ……っ」


 高校生らしき男子二人組に、保育園か幼稚園辺りの三人の幼女たちが脅されていた。

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