俺はがっくりと項垂れてみせた。
森の主になって数日後。
気ままに狩りをして、空腹を満たす日々。
森の主となったためか、狩猟の獲物は俺が追いかけてきていると知ると、諦めたかのように足を止めて食われるのを待つ個体が出てきた。
どうやら格の違いが分かるらしい。
狩りに張り合いがなくなったが、そもそも空を飛べるワイバーンである俺から逃げられる奴はまずいないので、大差はない。
しかしそんな折、ひとりの人間と運命の出会いを果たすのだった。
そいつはフードを目深にかぶった女性だった。
俺は闇の精霊にお願いして、俺の記憶を消去して気絶させようとした。
人間に見つかるとろくでもないことになる。
だが女は、何事もなかったかのように闇の精霊の力に抵抗したのだった。
「驚いた。精霊魔法を使うのか」
フードを上げた女性の顔を見て、俺は驚愕した。
金髪碧眼の色白美人、ではなく、その尖った耳に。
エルフだ。
この世界に、エルフがいたとは知らなかった。
「アルビノだな。ワイバーンのアルビノなど初めて見るが、美しいものだ。――我が名は
女性はうやうやしく頭を垂れると、名乗りを上げた。
「……と名乗ったものの、ワイバーン相手ではな。しかし格上であるキマイラをどうやって葬ったのだ? 精霊魔法があるからか? ううむ、興味深い」
ヴィルヘルミーナはぶつぶつと独り言を呟いていた。
多分、俺が他のワイバーン同様の知性しか持ち合わせていないと思っているのだろう。
しかしそれは誤りだ。
俺は人間並みの知性を持っている。
ワイバーンの声帯では人語をさえずることはできぬけれど、話は理解できるのだ。
なんとかそれを伝えようと、地面に爪で
するとヴィルヘルミーナは驚いたように俺を見上げた。
「まさか、コレを使って会話をしようというのか?」
コクリと頷く俺。
同時に○に爪を置く。
「ほ、本当に人語を理解している。こんなワイバーンは初めて見るぞ。私の言っている言葉が理解できるのだな?」
○を爪でトントンと叩く。
「そうか……。森の主よ、私は古来よりこの森に隠れ住んできたエルフの末裔だ。友誼を結びたい」
俺は○を爪で指し示した。
「うむ。ありがたい。……森の主には名前はあるのか?」
俺はうなずきながら、○を爪で叩く。
「ほう、どんな名前なんだ。……と、○と×では名前は伝えられないか……」
俺はがっくりと項垂れてみせた。
ボディランゲージは伝わった様子で、ヴィルヘルミーナは同情の眼差しを送ってくる。
「なまじ知性がある分、孤独だっただろうに。そうか……では仮に森の主に名前をつけることを許してもらえないだろうか? 森の主、では他人行儀が過ぎるというものだ。君が良ければ、だが」
エーデルアルト、という名前はあるにはあるのだが、あまりいい思い出のある名前じゃない。
俺は一も二もなく頷くと、○を指し示した。
「そうか。なんという名前がいいだろう。……ではロランと名付けよう。どうだ、ロラン」
俺は翼を広げて、うなずいた。
「気に入ってくれたようだな。ロラン、私の家に招待しよう。何もないが、話し相手には飢えているだろう? この森で人語を解するのは私とロランくらいだものな」
俺は○に爪を置く。
「よし、ついて来てくれ」
歩き出すヴィルヘルミーナについていく。
* * *
ヴィルヘルミーナが歩くこと半日ほど。
鬱蒼と生い茂る森の中に、小さな家があった。
上空からでは見つからなかった、こんなところに家があったとは。
「ここは結界で覆われている。ロランは通れるようにしておいたから、いつでも遊びにおいで」
「キュー」
「可愛らしい鳴き声だな。男の子のようだが、まだ若いのかな」
呟きながら、ヴィルヘルミーナは薪割りに使っているらしい切り株に腰掛けた。
「さてロラン、君が本当に高い知能をもっているなら、この魔法が適切だろう。――真理の魔術、〈マインド・リンク〉」
闇の精霊が警戒したが、それを制してヴィルヘルミーナの魔術を受け入れた。
《どうだ、これで会話ができるといいのだが》
《思念を通じ合わせる魔術か? 便利だな》
《おお、やはり人語を解するのだな、ロランは》
《凄い魔法があるんだな。真理の魔術、と言ったか。それは俺でも習得できるのか?》
《興味があるのか? そうだな……ロランは賢いから、真理の魔術を習得することは可能だろう。長い時が必要になるだろうが》
《是非とも指南して欲しい。ついでに文字も教えて欲しい。知りたいことが山程ある》
《ははは、そう急くなよ。そうだ、ロラン。名付けてしまったが、もともとの名前があっただろう。なんという名前だったんだ?》
《他人が勝手につけた名前だ。俺の名前は今日からロランになったよ、ヴィルヘルミーナ》
《そうか。じゃあこれからもよろしく、ロラン》
《こちらこそ。よろしくヴィルヘルミーナ》
俺はこうして、生涯で初めての友人を得たのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます