〈一〉
そんななかで武の才を磨き、
軍学を修了する前から瓉明の評判は五泉の中では高く是非にこちらで任官しろという誘いが引く手あまただったが、瓉明が軍兵の道を志したのはいくつか理由があり、結局は多くの勧誘や脅迫を断って自国で入軍を果たした。しかしその後も太学の教師や教官のおぼえめでたくたびたび五泉へ招かれて演習指導を頼まれ、こうして由霧を渡っていた。
今夏に舞い込んだ依頼も、そんないつもの誘いのひとつだった。ただ常とは異なったのは太学からの要請という形ではあったが、迎えてくれた使者が軍兵――正規の五泉兵だったということだった。
四泉は大泉地の西端に位置し、五泉は由霧に覆われた山脈を挟み東隣にある閉塞した小国である。四泉東州は
由霧は大抵の人間には渡ることが出来ない。そういう只人のことを『
服用を控えるということはその分毒に苛ま《さいな》れるということ。霧を渡る十日間はとにかく不調である。がんがんと痛む頭を
「将軍、平気ですか」
「ああ……うん。いつものことだ」
平気なはずはないが他にどう問えばいいか分からないのだろう、上官の応対に申し訳なさげにしたあと、あと少しで抜けます、と谷の先を指した。
「
問うてみればもちろんです、と意気揚々と返され、瓉明は少しだけ羨ましく思って嘆息した。彼は四泉人には珍しく由歩だから、この紫の濃霧の中に入っても平素と変わらない様子で
渓谷を抜けて岩土の平原に出、そこからまたしばらく行くとようやく靄が薄らいで森になる。
「――――あなたが、四泉の瓉明どの?」
掛けてきた声は若い。
「いかにも、四泉国禁軍中将軍であられます」
信宜が代わって答えると声の主はおもむろに
「ようこそ、五泉へ!瓉明どのの芳名はよく聞き及んでございます」
「こんなさまで申し訳ない。お気を悪くしないで頂けると嬉しいのですが」
蒼白な顔に彼は首を振り、馬上で
「全くそんなことは。こちらこそ御足労頂き申し訳ない。名乗り遅れました。お初にお目もじ
信宜に顔を向けられて瓉明も頷いた。
「私の下官です」
「中軍
広清は信宜にも礼をし、では参りましょう、と馬首を返した。瓉明はそれを止める。
「あの、すみません、いつものお出迎えの御方々ではないようにお見受けしますが」
ああ、と広清は爽やかに笑ってみせる。
「今回は少し手違いがありまして、私どもが参上致しました。これが証書になります」
手渡された太学の証書を見てともかくも納得し謝った。
「疑って申し訳ありません。なにぶんその、貴国には大変お世話になっているのですが、恩知らずと思われている面もあり見知らぬ方には用心しているのです」
さすがに軍学を卒業してもう何年にもなるから強引な勧誘などはないが、瓉明のことを高く買うあまりに行動を
広清は軽い笑いを立てた。「最年少で首席卒業の名は見せかけではないというわけですね。思い極まって逆恨みとはいただけない。しかし、ご心配には及びませんよ。いまだ瓉明どのの記録は破られていませんが、近年自国民の軍兵も良い兵が揃ってきました。きっと気に入ると思います」
そして、と笑んだまま丘の向こうを指差す。
「ただいま演習中です。ひとまず我らの兵営にお越しください」
一つ坂を越え、再び緩やかに傾斜する丘陵の中ほどに簡易で設営された天幕群があり、二人はその中のひとつに案内された。あたりは静かで、兵たちは皆出払っているようだった。
「瓉明どのも渡ってきたばかりでお加減がよろしくないでしょう。兵たちが戻ってくるまで時間がありますので、休んでいてください」
「
そうして広清は出て行き、信宜も隣の天幕にいると言い置いて
甲冑も外さずにどっと
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