第17話「親友が運命の人を見つけて戦場に向かった」

「ヴェイン。僕は遂に運命の人を見つけた」

 妹のアーテリーの婿入り問題に悩んでいると、親友のオスカーが急にそんなことを言いだしたのだ。

「一体誰だ?どこのご令嬢?」

 我ながらシンプルな疑問がそのまま口から出た。

「シェリス・ディーネ・バルク」

 オスカーはその人物の名前を答えた。

 名前を聞いてもピンとこない。だって今まで聞いたことない名前だ。

 待てよ。隣の国の名はバルク王国。バルク王国は通称剣の国で国王も元剣聖。たしか王子も剣聖として有名だ。

「ひょっとしてバルク王国の姫君?」

「そうだ」

 オスカーは少し顔を赤らめて頷いた。

「一体何があった?」

 経緯が気になってしょうがない。

「先日。剣聖の一人であるカイン殿下にお会いした」

 カイン・ディーネ・バルク。

 名前だけは聞いた事がある。

 バルクの双剣王子。ゲームの設定にはないが、この世界の有名人で俺がバルク国を思い浮かべる時にすぐに浮かんだ人物だ。

「その時にシェリス姫と出会ったのだが、一瞬で心を奪われた」

 そこから俺はオスカーからいかにシェリス姫が素晴らしいかの話を小一時間聞かされた。

「バルクは剣の国。今度開催される剣の宴によりシェリス姫の婿が決定される」

 剣の宴。

 バルクと周辺国から剣の実力者を集めてトーナメント方式で最強の剣士を決める大会。毎回優勝者には名誉が与えられるが、何年かに一度王族の嫁ぎ先を決めるための大会になる時がある。

 要するに今回はその数年に一度の年でトーナメント大会が開催されて優勝者がシェリス姫と結婚するという流れだ。

「一人の剣聖として行こうと思っている。気になる事もあってね」

「気になること?」

「バルクで魔獣が大量に出現しているそうだ」

 そうだ。

 ゲームの魔族大侵攻イベントではバルク王国の崩壊から始まった。

「だからバルク王国で魔獣討伐もしなければならない」

「わかった」

 親友が戦場に向かおうとしている。ここで止めるなんて野暮な事をする気はないが、親友一人送りだすような薄情な事をする気も無い。

「オスカー。俺も一緒に行くよ」

 俺は親友と共に隣国に行くことを決めた。


          *


 セラキエルの戦い。

 バルク王国南部のセラキエル地方で行われた魔族との大規模な争いは後にそう呼ばれた。

 俺とオスカーがバルク王国についた時にはセラキエル地方で魔族が大量発生していた。

 言葉を話す〈魔界子爵グリューレル〉という魔族が魔獣の軍勢をひきつれて現れたのだった。

 俺はモブだった。

 この戦いの主役は剣聖オスカー・ルグランジュ。

 オスカーは最前線で剣を振るい続けて最後はグリューレルとの一騎打ち。

 激しい攻防の末にグリューレルを仕留めてオスカーはバルクの英雄になった。

 剣の宴が行われる事も無くオスカーがバルクの姫に婿入りすることが決まった。

 こうして、二ヶ月に及ぶ戦いはバルク王国を中心とした人族の勝利だった。


          *


「ありがとう。ヴェイン。君のおかげだ」

「いや、オスカーの成果だ」

 オスカーのバルクへの旅立ちの日に二人で会っていた。

 オスカー・ルグランジュと会うのは今日が最後だ。結婚式には行く事になっているが、その時にはオスカー・バルクとなっているからだ。厳密には結婚式の日に正式な婿入りとなるが、当日は式が始まるまで会えないので実質今日が最後なのだ。

「ヴェイン。君には悪いが、家の事を頼む」

「任せてくれ」

 ここで言う家とはルグランジュ公爵家の事だ。

 オスカーは公爵家の長男で跡取り。そして現当主である宰相閣下の息子はオスカー一人なのだ。

 それがバルク王家に婿入りするというのだから一騒動起こった。

 俺とセシルもオスカーを味方した。宰相閣下との話し合いは夜明けまで続いた。

 最終的にはオスカーに子供が出来たら男子を一人ルグランジュ家の跡取りとしてローゼリア王国で育てる。俺とセシルの娘を嫁がせる。という感じのまだ生まれていない子供たちの婚約が決まってなんとか納得してもらった。

 ちなみに、孫が出来るまで頑張る事になった宰相閣下はオスカーに男子ができなければ「ヴェインを公爵家跡取りにする」と若干恐喝に近い感じの条件を出して来て俺は親友のためにその条件を受け入れたのだった。

「早く子供作れよ」

「ああ、お互いにな」

 子作りもある意味貴族の責務だよなと思いながら俺は親友を見送った。


          *


 この世界には避妊具は無いが避妊の魔道具がある。

 セシルが長男を産むまでは側室は子を産まない。というのがセシルと他の妻たちと交わした約束だった。セシル以外が長男を産むとまた後継者問題とかが未来で発生してしまうからだ。

 なのでフランとルーナとルルはその魔道具を使用している。

 そして、無邪気に「早くお兄様の子を抱きたいです」と言う可愛い妹のアーテリーは嫁ぎ先が見つからなかった。

「妹が大事すぎて結婚させずに傍に置いておく貴族もいるわよ」

 セシルにはそう言われたが、俺はこのままではいけないと思っていた。

 アーテリーを結婚させないといけないと思いながらも、セシルとフランとルーナとルルといちゃつきながらアーテリーに懐かれるいつもの幸せな日常を送っていった。

 そんな中、セシルが懐妊した。

 懐妊から数ヶ月後には無事に長男が誕生した。

 子供の名はブラッドと名付けた。

 ブラッド・バーネット。バーネット子爵家の跡取りとなる男の子だ。

 そしてフランとルーナの避妊の魔術を解除した。

 三ヶ月後。

 セシルとフランとルーナが同時に妊娠した。

 大変喜ばしいことなのだが、その結果、夜の相手はルル一人となる。

「ヴェイン様。今日も私が夜伽を務めさせていただきます」

 連日の俺の夜伽の相手にルルは疲れて見えた。

 遠慮と言う者を知らない自分の性欲を自ら呪った。

「ルル。無理はするな。連日相手をしてくれなくてもいいから」

「ですが、それではヴェイン様が眠れなくなってしまいます。私のそのせいでヴェイン様の公務に影響を出すわけにはいきません」

 ルルの言う通りだ。俺は溜まったままでは眠れない。そして夜眠れないとわかりやすく次の日の公務に影響が出る。それがわかっているからこそルルが頑張ってくれている。

「そうだな。すまない」

「そう思ってくださるならもう一人くらい側室を増やしてくださると助かります」

「側室か。もう十分だと思うのだけど。……ちょっと考えてみる」

 そう答えたものの、こんな理由で側室増やすのもおかしいよなと考えていると、愛しい妹のアーテリーが現れた。

「お兄様。夜の相手がいなくてお困りのようでしたらアーテリーが夜伽の相手を致します」

 時が止まった。

 顔から血の気が引くと言うのを前世も含めて生まれて初めて経験した。

 俺は無言でルルを見る。ルルも無言で俺を見ている。

 どちらからともなく二人で頷いた。

「ルル。無理させることになるけれど今夜もお願いしていいか?」

「もちろんです。ヴェイン様」

 アーテリーの申し出をはっきりと断ってルルに頑張ってもらった。


          *


『お兄様。夜の相手がいなくてお困りのようでしたらアーテリーが夜伽の相手を致します』

 このアーテリーの発言の意図がわからない。

 十四歳の発言ではないだろう。……いや、セシルは十四歳の時に俺と結ばれたわけだから若すぎると言うことでもないが、兄妹のやりとりとしてやっぱりおかしい。

 俺を異性として思っていると言うことなのだろうか。

 血の繋がった兄妹でなんてあるのか。

 セシルにそれとなく相談しようとして詳細まではっきり伝えて聞いてみた。

「流石にそれをやったら変な噂が立つわよ。公務に影響も出るわね」

「だよな」

 親友が運命の人を見つけて戦場に向かってから数ヶ月。その時以上の大きな事件が起こったと感じたのだった。

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