ある朝、Vtuberが目を覚ますと死んだことにされていた話
甚平
粗忽配信
――ご冥福をお祈りいたします。
――ショックです。
――僕が初めて見たのは……
通知音が鳴りやまない。
スマートフォンを取り上げると、時刻は12時を過ぎたところだった。昨夜は配信を終えたのが朝の1時、それから”ピコ”と通話アプリのディスコードで話して、寝たのは4時ごろ。
「うるさ……」
Postter(旧X)の通知が続いていた。
カーテンを閉めたまま、冷蔵庫へ向かう。脱ぎ散らかした服が足にひっかかるが、別に拾ったりはしない。企業に所属するVtuberである”ピコ”の絵が印刷された、いちごみるく200mlを飲み干して、洗面所へ向かった。その間もスマートフォンはピカピカと光りポンポンと音を鳴らしている。ああ、充電し忘れていたかも。べつにいいか、外に出る用事もないし。
顔を洗う。鏡にはショートカットの眠そうな目をした女が映っていた。パジャマが裏表逆だ。まあ、いいや。大したことじゃない。誰に見られるわけでもない。
スマートフォンが、今度は着信音を鳴らす。
「忙しないな朝から。……昼か」
Line電話の相手は”ピコ”だった。
『おぶうぇええぇ』
『なんだなんだ、ゾンビか?』
『”はっちゃん”がじんぢゃっだぁぁぁ』
『私が、なに?』
『死んじゃったのぉぉぉ』
またPostter(旧X)の通知が来た。
――お悔やみ申し上げます。
『いやなんでよ!』
『ほんと、なんでちんぢゃったの?』
『……待って。”ピコ”、いま誰に電話かけてるの?』
『”はっちゃん”』
『死んでいるってことを疑ったから電話かけたんでしょ?』
『友達だがら、やっぱりぃ、連絡しないどっで』
『死人に?』
『うん』
『うんじゃないが。いや、なんで私が死んだことになってるの?』
『だって、ニュースに……』
人気Vtuberが今朝方亡くなった、というネットニュースが見つかった。
亡くなったのは
その穂積カナが、昨夜、自宅で急逝したというニュースだった。
『……でも良かったよ。”はっちゃん”が生き返って』
『死んでないっての。あー、こういうとき企業Vなら楽なんだろうけど』
『あ、そうだ。後で配信しようって皆で話してたの。”はっちゃん”も来てよ』
『いいけど、なんの配信?』
『”はっちゃん”を偲んで』
『偲ぶな』
『でもこういうのはさ、リスナーさんとも悲しみを共有して、私も、ちょっと一人だと涙が出て、っ、う、はっちゃん、死んじゃうなんて、はやすぎるよ……』
『泣くな泣くな! 死んだことにするな!』
『っ、ぐすっ、何時からなら配信できる? いま22:00ごろなら皆、予定会うんだけど』
『話を進めるな、死んでないって言ってんでしょうが。』
『でもニュースでも言うくらいだから』
『本人を信じなさいよ。会ったことなくても何度も話してんだから。というか今も話してるんだから』
はあ、とため息を吐いてパソコンのスリープを解き、OBSを立ち上げる。
ネットの記事なんて適当なものだ。リスナーも簡単に踊らされてるし。……まあ、中の人とか前世とかを探られるのが嫌で、放っておいた私にも責任はある。いや、あるか? 勝手に妄想して勝手に騙されて勝手に暴れてることに対しての責任が私に?
どっちみち、配信すればわかってもらえる。
天然ボケな“ピコ”じゃないんだから、声を聞いて、動いているのを見て、それでも『死んだはず』なんて思うほどリスナーも間は抜けていないだろう。生きている人間に死んだかどうか聞くやつなんて"ピコ”じゃなければメイトリクスくらいだろう。『コマンドー』の。
さすがに、ねえ、いくらなんでも……。
――この度はご愁傷さまです。
――ご家族の方ですか?
――やっぱり企業つきだったん?
――なりすましとかよくないですよ。
「この、ひょうろく玉どもが!」
OBSの番組画面で
考えればわかることだった。こんなニュースが流れた後に、いつも通りの配信になるわけがない。その上、私の配信のリスナーは悪ノリするやつが多い。
噂を聞いて初めて見にくる人と、本気で騙されている人と、悪ノリしているやつがごちゃ混ぜになってしまった結果、誤解がまったく解けない。死んでいる体で話されている。
「声でわかるでしょ声でー!」
――初見です。
――加工してるじゃん。
「加工してるけれども! いや、私の本当の声こそあんたら知らないだろ! ていうか、本当ってなんだよ、これが私の声だよ!
――穂積カナちゃんの声なら知ってるよ。
――知ってる。
――地下劇場で見ました。
『だからそれは亡くなった人であって私じゃないって何回言わせるの!』
――こわっ、なんで怒ってるの?
――穂積カナかどうかは俺たちが決めるよ。
――これが霊界通信ですか。
――ちょっと歌ってみろよ。
――面白い話して。
「うるせー! クソを食らって西へ飛びやがれ!」
――はつたそはそんなこと言わない。
「言ってるよ! これまでも何回か言ってるよ! 誰が“はつたそ”だ古いんだよ!」
――やっぱニセモノか。
「おいニセモノって言ったやつスパナ見えてるからな! お前は何度も聞いてるだろ!」
視聴者数はぐんぐん伸びるが、そのたびに初見も増えるから全く話が進まない。
内容が内容だけに、スパチャを無効にしておいたのが痛い。本人に向かって「死者への冒涜」とか言い出す間抜けの相手までするのなら、せめてお金を貰わないとやってられない。
「あー、もー、どうすれば信じてくれるんだよぉ」
――ごめんて。
――泣かないで。
――幽霊って泣くの?
――顔出せば?
「私の顔をお前たちは知らないだろ! いやだから、いま画面に映ってるのが
――試しに顔出してみれば?
「試しにじゃないよ。ワンチャン狙ってんじゃないよバカやろう!」
――テレビでやってる。
そのコメントを見て、テレビの電源をつけた。ワイドショーの一つで、穂積カナが亡くなったというニュースを取り扱っている。Vtuberアカウント
――やっぱり穂積カナが八月晦日だったじゃん。
――ご冥福をお祈りいたします。
――謝ってください。
――たしかに嘘はよくない。
「ええ? いや、違うって。あっちが間違っていて、私が八月晦日で」
――テレビが嘘ついて何のメリットがあるの。
――よくないよ。
――やっぱり声、いつもと違うかも。
――動きも違う。
――顔も違う。
「顔は違うわけないだろ、いい加減にしろ!」
――とりあえず謝ろ?
――八月晦日ちゃん、やっぱ死んじゃってたのか。
――ふざける状況じゃないよ。
――謝罪して、ちゃんと配信したほうがいい。
「……え、でも……」
――今ならまだ許してやる。
――謝罪して。
――謝罪。
「このたびは……どうも、申し訳ありませんでした」
――なにが悪いかわかってるの?
「や……ちょっとわからないけど」
――八月晦日ちゃんが死んだんだよ?
――人が死んでんねんで。
――穂積カナさんに悪いと思わないの?
「穂積カナが八月晦日なの?」
――そうだよ。
――そうでしょ。
――そう言っている。
「じゃあ……え、じゃあ……穂積カナが八月晦日で、八月晦日はもう死んでるとして」
テレビの映像に“私”の顔が映る。
「配信している“私”は誰なの?」
ある朝、Vtuberが目を覚ますと死んだことにされていた話 甚平 @Zinbei_55
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