トイレのハナコさん
矮凹七五
第1話 ハナコさん
「三階の女子トイレ、出るんだって」
「え? 何が?」
「ハナコさんだよ」
「え!? ウッソ~」
「実際に見た人がいるんだって」
「で、どうだったの!?」
「それがね、ハナコさんを見たとたんにダッシュで逃げ出したらしく、どんな姿だったか、よく覚えてないって」
「何なのよ、それ~」
昼休み。教室の中で女子達が「ハナコさん」の話で盛り上がっている。
「ハナコさん」とは、僕の学校に夜な夜な現れるというお化けだ。
見たという人が何人もいるらしいけど、あくまでも噂は噂で、本当にいるのかどうかはわからない。
どういうお化けかというと……それが、よくわからない。
女の子のお化けらしく、背格好はクラスの女子とあまり変わらないらしいけど、ここから先はわからない。
はっきりとした姿は誰も覚えていないらしい。
……
…………
………………気になるな。
見に行こうか。
でも、女子トイレだぞ?
夜中なら誰もいないから……たぶん。
僕の頭の中で、何人かの僕による会議が始まった。
――結局、僕は学校に来た。
白い光――月明りと町明かりだろう―――が塀と校舎をほんのりと照らしている。
相変わらず、ダサい校舎だな。
微妙にボロっちい。
壁はくすんでいるし、よく見ないとわかりにくいけど、ひびも入っている。
かなり昔に建てられたからダサくてボロっちいのはわかるけど、建て直さないのかな。
学校の周りを歩いてみた。正門も裏門も閉まっている。
なので、僕は塀をよじ登って学校の中に入ることにした。
校庭を素通りし、校舎の中に入った。
正門や裏門と違い、昇降口の所は閉まっていなかった。
校舎の中は暗い。けど、窓の外から月や町からの光が入ってきているので、真っ暗というわけではない。
だが、それでも暗い所は暗いので、そういう所は懐中電灯で照らしながら歩いて行く。
こうして僕は三階の女子トイレを目指す。
女子トイレの前に来た。
「……」
僕以外は誰もいない。きっと。
でも……
誰かいたらどうしよう。きっと怒られる。
けれども、僕は小学生だから、警察には捕まらないな、うん。
最悪、怒られるだけで済むだろう。
僕は勇気を奮い立たせて、女子トイレの中に入る。
窓から入ってきている控えめな光が、女子トイレの中をうっすらと照らしている。
床や壁のタイルの色はピンクなんだろうけど、暗いせいか、ずいぶんと地味な色に見える。
鍵がかかっているかどうかは知らないけど、個室のドアは全て閉まっている。
コンコンコン。
僕は、すぐそばにある個室の扉を三回ノックした。
「ハナコさん、いらっしゃいますか」
返事は無かった。
すぐ隣の個室の扉の前に移動し、同じことをしたけど、やっぱり返事は無い。
全ての扉に同じことをし終えたその時……
「はい……」
声が聞こえてきた。三番目の所だ。
しかし……
妙に野太い声だな。
怖い気もするけど、僕は三番目の個室の前に行き、思い切って扉を開けた。
真っ暗なので懐中電灯で照らす。
「うわあああああーーーっ!!!」
なんじゃこりゃあああ、とも叫びたかったけど、そんな叫び声にはならなかった。
僕の目の前には、一人の女の子らしきものが、しゃがんでいた。
便器は和式なので、女子がおしっこをする時――うんこもだけど――は、しゃがむのだが、そんなことはどうでもいい。
目の前にいるのは、きっと女の子だろう。スカートにブラウスだし……
だけど、首から上は何なんだ!
髪の毛が無い、眉毛も無い、目も無い、耳も無い、口も無い!
ついでに額も頬も
あるのは鼻だけ。
だけど、人の顔と同じくらいの大きさはある。
「き……き……君が……ハ、ハナ……ハナコ……さん……?」
僕は話しかけた。えらいぎこちないけど、これでも全力だ。
女の子らしきものは、鼻をひくひくとさせた。
「そうよ」
鼻の穴あたりから声が聞こえてきた。さっきと同じ野太い声だ。
「しゃべったあああ!!!」
僕は再び大声を上げてしまった。鼻がしゃべるなんて、ウソだろ!?
「ん?」
腹のあたりに何かが触れているような……
見下ろすと、僕の腹に黒い毛が巻き付いていた。
改めてハナコさんの方を見る。
「ぎゃあああああーーーっ!!!」
ハナコさんの鼻の穴から長い毛が伸びてきていて、それが僕の腹に巻き付いている。
「何すんだ! や、やめろ! やめてくれー!」
しかし、ハナコさんは何も答えない。
それどころか、毛はどんどん伸びてきて、僕の体に巻き付いてくる。
まるで長い蛇のようだ。
やがて、僕の顔にまで巻き付いてきた。
「んーっ! んーっ!」
口を塞がれているためか、まともに声を出すことができない。
ついに目の前は真っ暗になった。
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