さよならの代わりに

シヨゥ

第1話

「しばらく会えなくなる」

「なんだいいきなり」

 友人からそんなことを言われてぼくはマンガから目を離した。

「引っ越すことが決まったんだ」

「なんだなんだ。突然すぎるじゃないか」

 ぼくは慌てて起き上がる。

「突然じゃない。だいぶ前から準備をしていた」

「知らない知らない。聞いてないよ。ぼくにしてみれば突然だ」

 ハマっていたマンガがいきなり『次号最終回』と告知するようなものだ。

「理由はなんだい。理由は。理由いかんによってはぼくは君を軽蔑する」

「婿入りすることが決まったんだ。僕は奥さんの実家を継がなければならない」

「なるほどなるほど。それはめでたい。おめでとう」

 彼女がいたこと自体知らなかった。だが、人生の新たな段階に進むというのはめでたいことだ。

「ありがとう。だから僕は1週間後にはこの街から旅立つよ」

「そうかいそうかい。それじゃあぼくはこの街からきみの躍進を祈ろうじゃないか」

「ありがとう。式には必ず呼ぶよ」

「いやいや。お気になさらずに」

「何か月かしたら招待状を送るからさ。いい返事を期待しているよ」

 友人が立ち上がる。

「今日はこれぐらいで失礼するよ」

「分かった分かった。準備も大変だろうから早く帰るに越したことはない」

 僕も見送りに立ち上がる。

「たぶんしばらく会えなくなると思う。だから」

 友人は僕の手を取った。強く握られ、ぼくも握り返す。

「「どうか元気で」」

 別れる時の決まり文句。さよならの代わりにそう言いあう。それがぼくらが分かれる時の決まりだ。

 元気でいればいずれは会えるだろう。そんな期待を込めてぼくらは今日もその言葉を交わすのだ。

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さよならの代わりに シヨゥ @Shiyoxu

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