第49話 デート
週末にユリウスが、初めてのデートで行った湖畔へ行こうと誘いにきた。
ショーンもぜひ一緒にと言ってくれた。
湖の周りを三人で散策する。病弱で外に出ることの少なかったショーンは、意外にも虫に興味を示した。そして、なぜかユリウスも虫にくわしく二人で楽しそうに話している。
「前回行かなかった、あの別邸を見学してみないか?」
ユリウスの声かけに、ショーンとシャロンの目が合った。
「行ってみたいです」
姉弟二人の声が重なる。実は二人ともあの別邸が気になっていたのだ。湖畔に馴染んだその姿は優美でとても美しい。
いつの間にか弟は本当の兄のようにユリウスを慕っていた。彼が姉の命を助けたと知っているのだろう。それに最初に思った通り、二人はとても気が合うようだ。
警備兵の立つ錬鉄製の門から入る。
バラのアーチをくぐり広すぎる庭を抜けエントランスに到着した。
別邸と呼ぶにはいささか大きすぎる建物で、さすが王族の持ち物というところか。
長い回廊を抜けた先に、芝の緑が眩しい中庭がある。壁に蔦が絡まりティーテーブルが置かれている様は、一枚の名画のようだ。
「素敵な場所ですね」
思わずうっとりする。
それから、姉弟そろってユリウスに案内されるままに家を巡る。ユリウスは読書好きな二人を書庫に案内してくれた。両開きの扉を開けると、広々とした空間が広がり、中二階まであった。
背の高い書架が並び、本がぎっしりと詰まっている。図鑑も各種取り揃えてあり、ショーンは喜んで手に取った。外国のものまであり、ソレイユ家の書庫よりも充実していて種類が豊富だ。シャロンは図鑑に夢中になる弟を微笑ましく眺めた。
それから別の棚に目を移すと、なぜかそこには……。
「『市井の乙女は国王と恋に落ちる』が最新刊まであります! 私、まだ最新刊読んでないんです!」
思わずシャロンは叫んでいた。
「持って行っていいよ。君のいう『推し』というものは、よくわからないけれど」
ユリウスが笑う。彼が用意してくれていたのだろうか?
「ありがとうございます。私にとっては殿下が『推し』です」
「なぜか、あまり嬉しくないよ」
ユリウスが、呆れたように軽く肩をすくめた。
しばらく、姉弟ともに図書室を満喫したあと、三人はまた建物を巡り始めた。
長い回廊を抜けると、その先に広々としたガラス張りのルーフテラスが見えて来た。
木々に隠された場所にあるテラスは湖にはりだしているが、外からは見えないようになっている。
「わあ! 姉さん、凄いよ! 下が湖だ」
最近、だいぶ大人っぽくなり落ちついてきたショーンも、今日は興奮気味ではしゃいでいる。
「ショーン、昼食が済んだらここで釣りをしよう」
「ここで、釣りが出来るんですか! やりたいです!」
ユリウスの言葉にショーンは飛び上がって喜んだ。
ショーンはユリウスといると男の子の遊びも喜んでやる。きっと今まで姉に合わせてくれていたのだろう。
それから皆で、少し遅めの昼食にした。サンドウィッチやフルーツを食べ、温かい紅茶を飲んだ。
シャロンが疲れて少し休むと言うと、ユリウスとショーンは一緒にテラスに出て釣りを始めた。
ユリウスは面倒見がよく弟を可愛がってくれている。
そのことで彼に礼をいったら「愛情は足し算なんだろう」と言って照れながら笑った。
二人がテラスから釣り糸を垂らし、釣りをする姿が見える。シャロンはそれをのんびりと眺めたり、読書したりして過ごした。
うとうととしていると、ユリウスだけが戻ってきた。
「ショーンはもう少し粘るって」
と言いながら、ユリウスはシャロンの隣に座る。まだ一匹も釣れていないので悔しいのだろう。
「弟、負けず嫌いだから、きっと釣れるまで粘りますよ」
シャロンは笑った。前回もそうだったのだ。
席を立ちユリウスの為に茶の準備をする。
「それで、シャロン」
ユリウスが少しぎこちない笑みを向ける。
「私たちが結婚したら、王城で暮らすのは嫌だろ?」
「そうできるなら、嬉しいですが、無理はしないでくださいね」
王妃はもういないが、城が嫌かと聞かれれば嫌だ。しかし、そんなわがままが許されるとは思えない。とぽとぽとユリウスのカップに紅茶を注ぐと、シャロンは再びユリウスの横に腰を下ろす。
「父に離宮で生活したいと言ったんだ」
「え?」
それが叶うならいい。
「それで、ここを貰った」
びっくりして紅茶を零すところだった。
「え、陛下からいただいたのですか? このお城みたいな別邸を?」
「ああ、それから、他の離宮も。あとついでに拝領した」
「ええ! なんでまたそんなにいただいたのですか?」
シャロンは目を白黒させた。拝領などと……ゆくゆくは公爵位をもらうつもりなのだろうか?
「今回の手柄だそうだ。そのうちソレイユ卿も褒美を貰うことになる」
「うちもですか!」
それは驚きだ。
「陛下はお喜びだ。母の実家が弱みを見せたからね。今まであの家が独占していた貿易権の半分が転がり込んできた。それに領地と慰謝料も……。まあ、表面的に罰されているのはバンクロフト家だけだが。裏取引だよ」
ユリウスはさらりと言う。
「それは、また……」
相変わらず王族近辺はドロドロしていて答えに窮する。
手放しに喜べない、というか彼がそれを喜んでいるのか分からない。シャロンはちらりとユリウスの様子を見る。
「それで、相談なんだが」
ユリウスが真面目腐って言うのでシャロンは居住まいを正した。
「はい、何でしょう?」
「私たちはこの度正式な婚約者になったわけだし、その……国王陛下から、一緒に住んでも良いという許可をいただいた。で、週末はここで一緒に暮らすのはどうだろう?」
ユリウスの言葉を聞いてシャロンは仰け反った。
「だっ、駄目に決まっているじゃないですか!」
真っ赤になって即答する。
「なんでだ!」
「その……始まりはいろいろありましたけれど、まずは普通の恋人同士みたいに付き合ってみたいです!」
シャロンがそう言うとユリウスが僅かに肩を落とした。
「お前が、そう望むのなら……」
少しかわいそうだったかなと思っていると、
「そうだ。今度一緒に離宮に行かないか?」
と、いいことを思いついたように言う。立ち直りが早い。
「はい、それはぜひ」
シャロンも興味はあるので頷いた。
「それから領地にも」
といってユリウスはにこにこ笑う。
「それは行きたいですが、どこにあるのですか?」
あまり遠いと旅行になってしまう。
「シャロンが海側の方と森の方とどちらに行きたいかにもよるな」
「ええ! そんな広いんですか?」
「僅かだが、私も貿易権を手に入れてね。港の一部を貰った」
と言って嬉しそうに笑う。
恐らく彼はやり手なのだろう。品の良い見かけとは違い、ただでは起きない人のようだ。
そのあとサクサクとユリウスが予定を決めていった。
休日がほとんど埋まってしまいそう……。
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