第48話 その後
その数日後、学園に行くと王妃や突然学園に来なくなったララについての憶測や噂話が蔓延していたが、おおむね平穏無事な生活が待っていた。
それから、教師陣の顔ぶれは少々変わっていた。魔法理論や教養の先生が数人入れ替わっている。
「なんでもあのララに点数を加算していたらしいですわよ」
シャロンが放課後のサロンで一休みとばかりに紅茶を飲んでいると、イザベラがやってきて学園の裏事情を告げる。ララ様などと言ってちやほやしていたのに変わり身が早くて怖い。
「そうなんですか」
シャロンはおざなりに返事をする。
「教養も知識もなくて出来るのは魔法実践だけだなんて。本来はシャロン様の方がずっと成績が上だったんですのよ? 腹が立ちませんこと?」
とバーバラが言う。この二人は仲たがいをしたと聞いていたが、今はまた二人セットになっている。解せない。
「で、シャロン様、お茶会は開きませんの? 殿下とも仲睦まじく、婚約まであと少しという感じですが、お披露目もかねてガーデンパーティなどいかがでしょう」
キラリと目を光らせてイザベラがきいてくる。
「王妃陛下がご病気なので、派手なことは控えるように言われていますので、やりません」
きっぱりと断った。
二人は目に見えてがっかりする。
「殿下に、パトリック様にロイ様にニック様、それに他のご令嬢方も参加してのお茶会は楽しみでしたわ。ざんねんです」
「あら、それなら、イザベラ様とバーバラ様でおやりなったらよいのでは?」
「私達ではあそこまでのメンバーは集まりませんし……」
茶会の為に二人はまた組んだのかと納得した。ふたりとも肩をおとしているが、もう派手な茶会などやる気はない。
とそこへ、アルフォードがやって来た。彼もこの学校を去るという。これからは魔法省で研究に打ち込むそうだ。
「すこし、ソレイユ嬢と話したいのだが、いいだろうか」
アルフォードがそういうと残念そうに二人は去っていった。
「先生、何でしょう」
「いや、ことが片付いたようだから、きちんと君に詫びようとおもってね」
シャロンは、慌てて首をふる。
「別に気にしていません」
いろんなことがあり過ぎてすっかり忘れていた。彼はよい教師だったし、どうでもいい。
「いや、その言い訳なのだが、魅了は惹きつけると同時に操るものでもあるのだ」
「はい」
「私は自分がかかっていると気づいていなくてね。殿下が相談に来た時に気づいたんだ」
「え?」
それは初耳だ。
「ある成分を分析して欲しいと頼まれたんだ。それがララの香水だと知ったときには驚いたよ」
彼が、陰でそんなことをしているとは思わなかった。そういうことはちっとも話してくれない。協力して欲しいとか言っていた癖に。
そういえばシャロンにはもうひとつ気になることがあった。
「あれには効く人と効きにくい人がいるようですが?」
「ああ、それかい、もともと思いの人が心にいる者にはそれほど効かないらしいよ。嫉妬深くなったりするくらいかな」
「え?」
という事はユリウスは……。
アルフォードがくすくすと笑う。
「君は気付かなかったようだね。あの頃学園で、ご学友ではなかった君がランチで殿下のおそばにいても誰も咎めなかった。殿下がお許しになっていたからだよ。異例のことだと思う」
「ええ!」
言われてみれば……。確かに、あのメンバーで彼の学友ではないのはシャロンだけだった。最初の頃はパトリック達も温かく迎えてくれていた。それからユリウスはこっそりと好きなものまで教えてくれた。
縁談に色よい返事が貰えなかったり、ララにばかり目がいってしまって気づきもしなかった。
シャロンは首までカッと赤くなる。
「私はララに同調してしまった。実は私も事情があって、市井で育ったんだ。貧しい暮らしを知っている。だから、彼女にうっかり同情してしまったんだよ」
「まあ、それは仕方がないのでは?」
「ああ、だが、魅了が解けてよくよく話を聞いてみると彼女は市井に隠されていただけで身分の高い貴族の庶子らしい。男爵に引き取られる前から贅沢三昧の暮らしをしていたんだそうだ」
「は?」
ララはさんざん庶民の生活を語っていたように思う。
「ところがこの学校にきたら、君のような特権階級の生徒がいる。少なくとも男爵家や市井では自分の上に人がいなかったのに。そのことで特に君に不満を感じていたようだ」
「そんな理由で? 何だって、私に……」
怒りを覚えるより、脱力した。確かに同学年で侯爵家以上の令嬢はシャロン一人だ。
「そんな理由で人はときに罪をおかすんだよ。君は自分の価値に気づいていないようだね」
アルフォードは笑う。
「結局かかりやすい人って、同調できる人ってことですか?」
「いや、人それぞれで、ニックのように単に好みのタイプだったから、あっさりかかった者もいる。彼のように、常に感情が優先するタイプはその傾向があるようだね。そして残念なことに私と同じように君に敵意をもってしまった。
しかし、不思議なことに魅了が解けると、君にもっていたはずの敵意は霧散してしまうんだ。まるで夢から覚めたように。君の何が気に入らなかったのか分からない。
まあ、言い訳にしかならないが、ララが言っていたことを確かめもせずに真に受けて信用してしまったのが敗因だったね。
もともとあの魅了の香りは万能ではなかった。殿下のようにララに違和感を感じて調べ始める者もいるだろう。本当は教師であった私が真っ先に気付くべきだったのだが、ソレイユ嬢には本当に申し訳ないことをした」
最後にアルフォードは頭を下げた。
アルフォードが席を立つとすかさずユリウスがやってきた。
「何話してたの?」
「あの、思ったんですが、ユリウス様は暇なのですか? 例の一件で王宮はたいへんなことになっていると聞き及んでおりますが……」
「別に寝なければいいだけの話だ」
「駄目です。ちゃんと寝てください」
「それで何の話しだったの?」
「魅了の話です」
「ああ、あの碌でもない香水の話ね。全く」
そういって憂鬱そうに金糸の髪をかきあげる。最近、ふと、ユリウスはやきもち焼きなのではないのかと思うことがある。
「そういえば、殿下、前に私が送り付けた長文の手紙ですが、恥ずかしいので捨てておいてください」
「手紙? シャロンから、手紙など受け取ったことないけれど?」
ユリウスが不思議そうな顔をする。
「え? そうなんですか」
王妃が処分していたのだろうか? それとも城に仕えている者が気持ち悪いと捨てたのだろうか。いずれにしろほっとしていると、ユリウスが怖い顔で虚空をにらんでいた。彼はおもむろに口を開くと、
「シャロン、もう一度書いてはくれないか?」
とのたまう。
「え? 無理です」
きっぱりと断るとユリウスが残念そうに肩を落とす。
「婚約は来年か…とても楽しみではあるが、長いな」
ユリウスが切なそうに溜息をついた。そんなに望まれているのかと少しドキドキする。
「いいですよ。いつでも」
「え? シャロン?」
驚いたようにユリウスが目を見張る。もう家族を傷つけるものは何もない。待たせることに何の意味もないのだから。
「私の未来視、違ったみたいですし」
といった瞬間ユリウスに抱きしめられていた。
未来はいつの間にか変わっていた。それともここがゲームの世界ではなく、ゲームに似た世界だったのか。いずれにしてもシャロンにとってここが、今が、現実だ。
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