第43話 王妃の罪
シャロンを部屋から出した後、ユリウスは王妃フレイヤと対峙した。
「それで、王妃陛下、話の続きなのですが、媚薬を盛ったのはあなたの指示だとララ・バンクロフトが証言しています」
ユリウスはシャロンが傷ついてしまったことに怒りを覚えながらも冷静に指摘した。
「あんな小娘のいう事を信じるの?」
王妃が心外だとでもいうように目を見開く。
「いい加減にしてください。あなたの息のかかった女官も給仕も罪を認めています。あなたはこの王宮に随分としっかりとした独自の組織を築いていたのですね。それで気に入らない相手に毒や薬を盛っていたのでしょう」
王妃の顔色が変わる。
「何を言っているの? そんなばかなことがあるわけないじゃない! ユリウス、あなたは妄想に囚われているのよ」
「証拠もなくこのようなことを言うとお思いですか? 関係者の尋問は済んでいます」
「尋問ですって? 冗談じゃないわ。私は陥れられたのよ! あなたはこの母が信じられないの?」
王妃が叫んだ。
「女官や給仕があなたを陥れると? 身分だってあなたよりずっと低いのに。だいたいそんなことをして彼らに何のメリットがあるのですか。彼らはあなたから高額な報酬を受け取っていたと証言しています。または弱みを握られ脅されたとも」
「そんな馬鹿な。ダリルの、ソレイユ侯爵の差し金よ!」
フレイヤはそう叫んだ。
「違う、毒や媚薬を準備したのは、あなたの傘下であるバンクロフト家だ。あなたの筋書きでは、私が毒の入ったチョコレートを食べ、犯人は運んで来たシャロンで、嫉妬のあまり私を殺そうとしたという事ですか? なんともお粗末な出来ですね」
ユリウスが淡々と語る。
「ひどいわ。私が自分の息子にそんな残虐な真似をすると本気で思っているの?」
王妃はショックを受けたように顔色を失くした。
「シャロンとソレイユ家を消したかったのでしょう。昔、ソレイユ卿があなたを選ばなかったことに腹を立てているのですね。プライドの高いあなたは我慢ならなかった」
フレイヤの瞳がギラリと光りを帯びる。
「選ばれる? 私はいつだって選ぶ側よ。私の方がオリビアより、ずっと条件が良かった。家格だって権力だって上。それなのにダリルは顔ぐらいしか取り柄のないあんな女に入れあげて。息子であるあなたまで、あの女にそっくりなシャロンに夢中になるだなんて許せない。こんな屈辱ってないわ」
王妃が怒りに体を震わせる。
「屈辱ですか?」
ユリウスからふと笑みが漏れる。
「そのせいで私は政治の道具にされて、あの女好きの国王に嫁がされたのよ! あなたも分かっているでしょう? この国の王は屑よ。私がどれほど苦しんだか。なのに、ダリルに愛されたあの女もあの女の娘も幸せになるなんて絶対に許せない」
ユリウスは母の醜い独白を昏い表情で聞いた。
「ソレイユ卿とオリビア様はもともと仲睦まじく、似合いのカップルだったと聞きます。横恋慕をして邪魔だてをしたのはあなたでしょう? 矢を射るように仕向けたのもあなたが裏で糸を引いていたのではないですか? 手に入らないのならば、殺してしまえとでも思いましたか。今回ソレイユ卿にはいろいろと相談に乗ってもらい、あなたの悪事の数々の証拠を一緒に集めてきました」
王妃はそれを聞いて怒りに顔を赤く染める。
「いい加減になさい。私は王妃である前にあなたの母よ。いったい誰の味方をしているのよ!」
フレイヤが居丈高にユリウスを叱りつける。
「先ほど言った事と矛盾していますね。それに、あなたが、母だったことは無かった。私は乳母や侍従、王宮に仕える者達に育てられた」
サラリとした口調で事実を告げる。
「冗談じゃないわ。それはあなたの思い込みよ。私はあなたを愛している。まさか、ずっとかまってやらなかったことを恨みに思っていたの? 勘違いよ。公務が忙しいのはあなたも分かっているでしょう? それに王妃が子育てをしないのは王族の慣例だわ」
王妃は当然のことのように言い放つ。
「ご自分の護衛騎士と遊ぶ時間はあったのに?」
ユリウスの追及に、フレイヤの顔色が変わり、にわかに動揺する。
「違うわ。あなたは誤解しているのよ。とにかく今は私の味方をなさい! そうすれば、私と私の実家の力を使ってユリウス、あなたを絶対に国王にしてあげる。
先妻の子であるヘンリーよりあなたの方がずっと優秀なのだから。このままヘンリーが王位につくのは癪でしょ? 賢いあなたなら、どっちが得か分かるはず。
そうよ、ララと結婚なさい。バンクロフト家は融通が利く。私達が手を組んで、あなたがこの国の最高権力者になるのよ。でないと替えの利く第二王子など、都合よく使い捨てにされる。あなたも王の性格はわかっているでしょ? どうか私を信じて、そのためにはいちいち盾を突くソレイユ家が邪魔なのよ。愛だ恋だのそんなのは一時の気の迷い。あの娘は諦めて、賢い選択をすべきだわ」
今度は懐柔するように猫なで声を出す。母の発言の醜悪さにユリウスは怒りを覚えた。
「その気の迷いに振り回されたのはあなたでしょう。
それで私は傀儡の王になれと? くだらない。あなたの実家は、すでにあなたを見限っている。それは私も同じだ。いつ寝首を掻かれるか分からない相手と組むなどごめんですから。いまさら母親面をするとは、呆れましたね。恥を知ったらどうです」
ユリウスがきっぱりと断る。
「勘違いしないで、あなたがあの程度で死なないことは分かっていたわ。私はただシャロンをソレイユ家を排除しようと! あなたの為にやったことなのよ。彼らには騙されないで。王宮で生きて行く為には、シャロンより私が必要なはずよ。現に何度も命を狙われているでしょ? 私の後ろ盾がなくなれば、あなたは第一王子派の貴族に暗殺されるかも知れない、それでもいいの?」
王宮で生きて行く為に……確かに母の言う通りだが、ユリウスの決心は揺るがなかった。
「舞踏会の日にララ・バンクロフトに媚薬を盛らせたのでしょう? 周りから怪しまれることなく身体検査のないあなたが、会場へ薬を持ち込み、女官に渡して立ち去った。その後、女官から給仕を通してララへ。ララの使った媚薬を給仕が回収した。容易にあなたにたどり着けないように間に人を挟んだのでしょう。いざという時は彼らを下から切っていけばいい」
ユリウスが冷静に指摘する。
「ちょっと待ってよ。なぜ私が犯人前提なの? あのパーティの後、持ち出しの検査があるわよねえ。使用人のなかには高価な食器や装飾品を盗んで売りさばく者もいるわ。あの日、怪しいものを持っていた給仕はいたのかしら? 瓶を回収したのなら、給仕が持っているはずじゃない。どう考えても犯人はあのときあなたと一緒にいたララじゃない。どこに私が噛む要素があるのよ」
それを聞いたユリウスが小さく笑う。
「あなたがララと直接接触するのを避けたかったから間に人を挟んだのでしょう? それと、媚薬は瓶に入っていた。給仕は女官の指示で舞踏会で割れたグラスに混ぜて破棄処分にしたと証言しています。そして女官はすべてあなたの指示だったと言っています。その方法に味を占め、毒も同じように処分した。彼らがすべて白状しましたよ」
「下賤の者の言い分を信じるの? それにただの推測じゃない。結局証拠なんてどこにもないわ!」
王妃が苛立ったように、扇子でパンとテーブルを強く打つ。怒りにゆがんだ顔はとても醜悪で。
「廃棄物は二つとも押収してある。一つは粗悪で、強力な媚薬の成分が付着したガラス片。そしてもう一つ茶会後回収した欠片には、毒が付着していました。下の者から、順々に取り調べ最終的にあなたにたどり着いたんですよ」
ユリウスがそう言った瞬間、ふりを悟った王妃が叫び声を上げた!
「だから何だというの? 結局誰も傷ついちゃいないじゃない。あなたもあの娘もいい思いをしたのでしょ!」
ユリウスは振り上げそうになる拳を片方の手で必死に抑えつけて、深呼吸する。
「父上、ソレイユ卿、王妃陛下は己の罪を認めました」
ユリウスが声を張り上げると、隠し扉が開き、国王が、そしてバンと大きく開かれた正面扉からは衛兵を引きつれたダリルが現れた。
「ユリウス、あなたダリルと結託して母親を売ったの?」
王妃が零れんばかりに目を見開く。
「売った? あなたは息子に毒を食わせようとしたのに? 毒や媚薬の原材料はあなたの持つ貿易網からバンクロフト家経由で入って来たことは分かっています。製造元は本日未明に無事摘発しました。着々と証拠も証言も揃ってきている。もう終わりにしましょう」
ユリウスが引導を渡すと、フレイヤが侮蔑の笑みを浮かべた。
「そう、そんなにシャロンの歓心を買いたかったの? ふふふ、馬鹿ね、あなたはどうしたって、あの娘の一番には永遠になれない。なぜ、あの娘が毒を食らったのか分かっているの?
あなたの為じゃない。自分の家族の為よ。だから、あなたは永遠に三番手。もしかしたら、それ以下の存在かも。例えあなたが命懸けで愛してもあの娘からは何も返ってこない。その屈辱を思い知るがいい! 滑稽ね。あははは」
王妃が高らかに哄笑した。
「いい加減にしないか、フレイヤ」
国王が疲れたように言う。しかし、王妃は黙らない。ばらばらと衛兵が王妃を包囲するように近づき確保する。
「ユリウス、息子なら、母である私を愛して当然のはずでしょ! どうしてこんな冷酷な仕打ちが出来るのよ。あなたには赤い血は流れていないの?」
ユリウスは妙に凪いだ気持ちで醜悪な心を持った母を見た。
「なぜ、人を愛せないあなたが、人から愛されて当然と思うのか。大切な者の為に己の命を捨てる覚悟があるシャロンは、私にはもったいないくらい素敵な人です。彼女がそばにいてくれれば何もいらない」
喚き続ける王妃を国王と衛兵達が連れ出して行く。
やっと終わった。
テーブルにある菓子や茶の毒の有無を調べるため押収するよう指示していたダリル・ソレイユがユリウスのそばに近づいて来た。その顔は苦渋に満ちている。
「愛情に順番などあるものか。なんと愚かな……。さあ、殿下、娘があなたを待っています。頑として帰らないらしい。シャロンを迎えに行ってやってください」
そう言って、微笑んだ。これから、王妃は20年近く前にソレイユ卿に対して矢を射った件でも黒幕として追及される。今回はダリルにとっても娘と妻の為の戦いであった。
ユリウスは媚薬の件をダリルに打ち明けていた。シャロンはそれを知らない。怒りに震えるダリルに絶対にシャロンを幸せにするから、彼女と結婚させて欲しいと頭を下げたのだ。
それからユリウスとダリルは、協力し合って王妃の悪事の証拠を集め始めた。王妃に勘付かれないよう細心の注意を払いユリウスは王宮の情報を彼に流し、ダリルがそれをもとに調査を進めた。
ユリウスはダリルと握手を交わし、お互いに労い合ってから、兄に預けたシャロンを迎えにいった。
今回、終盤は兄のヘンリーの協力も大きかった。彼にとっても王妃は邪魔な存在だった。なぜならヘンリーは先妻の子だから。彼女が消えれば、ユリウスが王位につく脅威が薄くなる。そのお陰で大詰めは彼の協力を得ることも出来た。
――守るつもりがシャロンをたくさん傷つけてしまった。泣いていなければいいのだが……。
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