第42話 呼び出し2

 しかし、王妃は、


「平気よ。私がみているから。それに何を勘違いしているのか知らないけれど、王族の心得を教えたいだけよ。ほら、あなたがうっかり漏らした王族の秘密保持の方法とかいろいろとあるでしょう?」


 といって悠然と微笑む。


「シャロンのことは、ソレイユ卿から頼まれていますし、国王陛下からも、シャロンのそばにいて彼女を守るようにと言われています」


 すると王妃はきっとまなじりを上げ、ぴしゃりと閉じた扇子をぎりぎりと握りしめる。


「まあ、ユリウス、大したものね。母親である私を出し抜くなんて。シャロン、そこまで殿方の気持ちを掴むなんて、あなたは母親のオリビアにそっくりだわ」


 王妃フレイヤのぞっとするような冷たい視線がシャロンに向けられる。


「え?」


 そういえば、フレイヤは昔、シャロンの母オリビアと父ダリルを取り合ったという噂があった。


「自ら毒を飲んでユリウスを口説くなんて、道具は違えどオリビアと同じやり方ね」


 王妃が恨みのこもった口調で言う。


「え? それはどういう?」


 シャロンは混乱した。そのような話は聞いたこともない。


「シャロン、耳を貸す必要はない」


 そう言ってユリウスは母である王妃に鋭い視線を向ける。


「あなたの母親もダリルを矢から庇って傷を負い、ダリルは責任を取る形で、しかたなく結婚したのよ。元々は婚約者であった私を差し置いて、本当に母娘揃って体を張った自作自演、見事な手並みね! 感服するわ」


 初めて聞く話に、シャロンは心臓が止まりそうになった。


「母上、嘘はやめてください。あなたはソレイユ卿の婚約者であったことは無いはずだ。それにシャロンの御母堂は自作自演などではない。あの事件は解決している。故人の名誉をけがすようなこと言わないでください」


 すると王妃が再び扇をひらき口元を隠す。目だけが三日月形に笑っていて、シャロンはうすら寒くなった。なぜ、こんなすらすらと嘘を吐くのだろう。


「シャロン、嫌な思いをさせてすまないね。もう君は帰っていいから」


「あら駄目よ。まだ話はすんでいないのだから。ねえ、ユリウス、私達は親子である前に王妃と第二王子であるはずよね? あなたの発言はさきほどから不敬ではなくて?」


 王妃が畳みかけてくる。


「あなたの方こそ、シャロンに礼を欠いている」


 二人がにらみ合う。


「あの、すこし落ち着きませんか。私だったら、全然、気にしていませんので」


 うそだ。本当はユリウスのフォローがなかったら、頭に来ていた。だが、今は親子喧嘩を止めなければならない。それに王妃にはいろいろと聞きたいこともある。母の話は初耳だ。


「私はこれから、母上と話があるから、君は先に帰ってくれ。送れなくてごめん」


 しかし、ユリウスはシャロンの背を出口に向かっておす。


「何を言っているの? ユリウス、あなたうやむやにする気なの?」


 王妃がむきになってユリウスにつっかかる。話が見えなくてシャロンは困惑した。


「ねえ、シャロン、あなたが毒を飲んだのは自作自演だとわかっているの。あなた、自分の母親と同じことをして気に入った男を得たのでしょう。ユリウスに恩を売って結婚してもらおうと思ったんでしょ? 純潔を捧げても、彼が婚約してくれなかったら。

 でもね、ユリウスもあなたを助けようと毒をのんでしまったの。これは出来心では済まないわ。今ここで本当のことを白状すれば毒の出どころは聞かないでおいてあげる。つまりソレイユ家は助けてあげるということね」


 そう言って王妃が迫ってきた。どういうわけか彼女はユリウスとのあの一夜を知っている。


「そんな真似していません! それにソレイユ家はまったく関係ないです。巻き込まないでください!」


「汚い手を使う、あなたみたいな娘が、ユリウスに相応しいわけがないでしょう。図々しいにもほどがあるわ! 王族を手玉にとって利用するなんて、恐ろしい」


 王妃フレイヤに非難され、一気に冷水を浴びせられたきがした。


「たとえ母であってもその言葉はゆるせない!」


 ユリウスがシャロンを庇うように前に出る。


「まってください! 殿下、なぜ、王妃陛下はそのことをご存じなのでしょう」


 王妃に言われたことに怒りを感じる前に酷く傷ついてしまったが、事実関係ははっきりさせたい。


「当然じゃない? 王宮の中で知らないことは無いわ」

「ならば、その媚薬を盛った犯人も教えてもらえませんか?」


 シャロンが思わず口を挟む。


「まあ、図々しい。あなた被害者面を!」


 王妃が柳眉をひそめる。


「いい加減にしてください! 彼女は純然なる被害者です! そして加害者は私だ。それに媚薬を盛った犯人はララ・バンクロフトでしょう」


 さらっと王子がすごいことを言った。ララが犯人だという証拠がちゃんと見つかったのだろうか? 少し心配になる。


 シャロンが口を開きかけると黙っていろとユリウスに目顔で指示され、頷いた。


「そうね、そのような証拠が出てしまったわね。ねえ、シャロン、本当はあなたとダリルが侯爵家の権力を使ってバンクロフト家を従わせたのではなくて? あなたがたが仕組んだんでしょう。白状なさいな」


 ガンと頭を殴られたような気がした。


「冗談じゃないわ。父はそんな最低な人じゃない。侮辱は許さない!」


 目の前がちかちかするほど頭に血が上った。父を貶めるなど許せない。シャロンが怒りの余り王妃に掴みかかろうとするのをユリウスが後ろから、抱きしめる。


「シャロン、落ち着け」


 口調は宥めるようだが、彼にがっちりと腕と腰を掴まれ動けない。


「放してよ! お父様を馬鹿にするなんて絶対に許せない! 一発殴って」


 ふわりと体が持ち上がったと思うとユリウスの腕の中に抱きかかえられていた。そのまま、あっという間にドアの外に連れて行かれてしまう。


「ちょ、ちょっと!」


 サロンから追い出され、追いすがろうとするが、誰かにガシっと腕を掴まれた。


「シャロンをよろしくお願いします」


 ユリウスがシャロンの腕を掴んだ人物に言う。


「任せておけ。頑張れ弟」


 そういって、頷いたのはこの国の第一王子ヘンリーだった。


「え?」


 意外な人物に、シャロンは目を見開いた。


 そしてサロンのドアはばたりと固く閉ざされた。


「王家へようこそ。じゃあ、シャロン、まずは場所を移動してお茶でも飲もうか? それとも今すぐ帰りたい?」

 

 と言って栗色の毛をもつ美丈夫、ヘンリー王子は淡く微笑んだ。



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