第40話 誓約
数日間は何事もなく過ごすことが出来てほっとした。
その日もシャロンは勉強の遅れを取り戻すべく、学園の図書館で一生懸命勉強していると、イザベラがやってきた。
「シャロン様、少しお話したいのですが、よろしいでしょうか?」
彼女の話に興味はないが無視すると後々面倒になるので、顔を上げる。
「何でしょう?」
シャロンが問うと、イザベラは珍しく言いだしにくそうに切りだした。
「あの、その、私はシャロン様の事を勘違いしていまして、てっきり殿下の不興でもかっておそばにいられなくなったのかと誤解しておりました。本当にもうしわけありませんでした」
「いいですよ。別に、その通りかもしれませんから」
とりあえずいろいろとあって心も体も疲れたので別れる方向で行きたい。
だが、父は忙しそうにするばかりで何も教えてくれないし、シャロンは今週からまた学園寮に戻っている。
「まさか! お二人の絆がとても強い事はあの茶会でひしひしと伝わってきました。まさか殿下が、あんな公衆の面前で」
といって、イザベラが頬を染める。もったいぶって、いったい何なのだろう。
「ああ、いろいろと、噂に尾ひれがついているようですね」
もううんざりしているので、早く噂が終息してくれることを祈るばかり。
「噂ではありません! 私はおそばにいましたから、この目で見ました。殿下が毒で倒れたシャロン様に接吻するのを! もちろんあの場にいたものは王妃陛下に口止めされていますが、私とシャロン様の仲なら構いませんよね?」
「……」
シャロンは一瞬思考が停止、その後思いが沸騰した。
「はああ? せ、接吻って何ですの? こ、公衆の面前でなんてことを!」
「ええ、だから、殿下がシャロン様にキスをして、何の毒を飲まされたのかあてられたのですよ。なんというか、シャロン様が含んだ毒を吸いとって。それでシャロン様は少量の毒を飲んだだけで助かったのですよ? ご存じなかったのですか?」
イザベラが驚いたように目を丸くする。
「いえ、まったく……」
誰もそんなこと教えてくれなかった。
「その後、治癒師や薬師に指示を出されていた殿下も毒がまわり倒れられて二日ほどお休みになられました」
羞恥に染まった赤い顔が青くなり、シャロンはがたりと立ち上がった。
目の前でぎょっとしているイザベラの様子にも気づかずに椅子を蹴立てて走り出す。
それでは最初に見舞いに来た彼は同じく毒におかされていて……だから、あれほどやつれていた。
なんてことをしてくれたのだろう。
走って図書館の外に出る。壁に肩をもたせかけた金髪の頭が見える。ユリウスがいつものようにシャロンを待っていた。
「シャロン、今日は早かったね。どうしたんだ? そんなに慌てて」
といつものように穏やかな笑みを浮かべる。
「どうして、あなたはそんな危険な真似をしたんですか!」
「え? シャロン、どうかした?」
訝し気な表情に変わる。
「あなたの代わりはいないんですよ! なんで……なんで……自ら毒など口にしたのですか!」
というと王子が顔を赤くして額に手をあてた。
「まったく誰だ。お前にそのことを言ったのは?」
シャロンは思わず、ユリウスの胸倉をつかむ。
「そんなことの為に、毒を飲んだんじゃないのに! もしもあの毒に耐性がなかったら、あなたは」
猛烈に腹がたって彼の胸をどんどんと叩くと抱きしめられた。
「シャロン、泣かないで」
そんなことを言われても涙は止まらないし、嗚咽でしゃべることすらできなくなった。
なぜか、凄く悲しくて、悔しくて。
「私の代わりがいないのではなく、私が代わりなんだよ。第二王子だからね。毒に倒れたとしても国はスペアを失うだけだよ」
と笑いを含んだ声で言う。なんて……悲しい人なのだろう。今まで本当の彼を知らなかったのかもしれない。
しばらく背中をさすられていると気分が落ち着いてきた。それと同時に気恥ずかしくなる。周りには帰宅途中の学生がたくさんいて、皆が驚いたように見ている。
慌てて、ユリウスから離れた。気づけば、何事かと周りに人が集まっている。
「すみません。つい、でももう無理はしないでください」
シャロンが真っ赤になって後退りすると、ユリウスがまた距離を詰めるように一歩前へ出てきた。
「お前次第かな」
「はい?」
驚いてユリウスを見上げると彼がすっと体をおとし跪いた。シャロンが驚いて一歩下がると、彼に手を差し出された。
「シャロン・ソレイユ嬢、私ユリウス・バラト・アルテイと結婚してください。あなたを生涯愛し、必ず守ると誓う」
「そんな……」
「シャロン、どうしても私では駄目か? ソレイユ卿も君の大切な弟のショーンも必ず守ろう」
そういうユリウスのサファイヤのような美しい瞳が揺れる。差し出された彼の手はほんの少し震えていた。
――これじゃあ、逃げられないじゃない……。
彼の手を取るしかない。シャロンはそっとユリウスの手を取った。
その瞬間周りからどっと拍手の音がわいた。
シャロンがユリウスに寮に送られるまでに、二人の間で交わされている会話はさきほど結婚を誓い合った男女であるにも関わらず色気のないもので。
「きっと王妃陛下はお許しになりませんよ」
溜息交じりにシャロンが言う。今度こそ殺されそうな気がする。
「私の結婚の申し出を受けたのは君だよ」
「あんな公衆の面前で……どうやって断れと」
この国の王子に恥をかかせるわけにはいかない。それに彼がいなければ、自分は今こうして生きてはいない。恩もある。
「王家から断ってください。父と弟は私のすべてなんです」
「わかっている。いそいで、王家から打診をしたりしないよ。来年の 学園主催の舞踏会の後ならばいいのだろう? もう一年もないから、待つよ。シャロンが納得するまで」
「納得しなかったらどうするのですか」
「じゃあ、根負けするまで」
「……」
こうなると自分のどこがそんなに良いのか分からない。媚薬や毒の件で彼が強く負い目を感じているとしか思えない。
「そんなことより、シャロンは誓約魔法の事をしっている」
話題が変わってほっとする。
「歴史で習いました。昔、貴族の間で契約の際に結ばれていたものですよね」
「王族ではいまだにあるんだ」
初耳だった。
「もしかして、王家との婚約が正式に決まった場合誓約魔法を?」
「正式に婚約が決まっていなくても国王である父の許可があれば可能だ。王家には秘密があってね。シャロンに話したくても誓約魔法があるから話せないこともある」
この国の王族は離婚ができない。
「あの、王家の秘密って嫌な予感しかしないんですが……と言うか誓約魔法がいまだに使われているなんて、内容的にまずいことですよね?」
パンドラの箱的な気がする。やはり王家の闇は深そうだ。乙女ゲームのあのキラキラ感はなんだったのだろう。この現実とのギャップが恨めしい。
「別に魔法自体はそれほど恐ろしいものでもないよ。誓約に記されていることを話すと王家の誓約魔法に関わっている者たちに即座に知れ渡る仕組みになっているんだ。その誓約魔法も何段階もあるしね。互いに秘密を共有し守るんだ」
シャロンは目を見開いた。
「怖いです。誓約したくないです」
「王族と婚約した場合は、その選択肢はないよ。だから、書類の上で婚約した後、誓約魔法を交わし、後出しで王族の事情を知ることになる。一応君に結婚を申し込んだものとして、伝えておく。だから、私は婚約を前提として父に許可を貰い、君と誓約し事実を話したい。じつはこれも誓約魔法ぎりぎりの事項なのだけれど。帰ったらお叱りをうけそうだ」
といって苦笑する。
「ええ! そんなことして大丈夫なんですか?」
「もとより、命はよく狙われているから慣れている。用心するから、大丈夫」
ユリウスが無謀な真似をしているようで心配になる。
「怯えないでよ。そんな怖いものでもないから」
「それって王妃陛下とも秘密を共有するということですよね?」
凄く嫌だ。
「シャロン、お前が誰を疑っているのかはわかっているよ。ただ、いまは絶対に口にしないで」
ユリウスが耳元で囁いた。
父のダリルにも同じようなことを言われていた。当事者のつもりでいたのに、シャロンはいつの間にかかやの外だ。
だが、そんな父は妙に張り切っていて、まるで憑りつかれたように仕事をし、毎日のように城に出仕し、帰って来てもすぐにどこかに出
かけて行く。
いったい自分の周りで何がうごいているのだろう。父にしてもユリウスにしてもあまり危ないことはしないで欲しい。
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