第39話 そして日常へ?
一週間がすぎ、再びシャロンは登校した。
ちょっと校門で「帰れ」「帰りません」とユリウスともみ合ったが、今回は彼も諦めたようでため息をついた。
「お前がいう事を聞くと思った私が愚かだったよ」
と疲れたように言う。そう言う彼も疲労が濃い。
「殿下、心配ありません。王宮より学園の方がずっと安全ですから。それで、犯人はどうなったのですか? なぜか父が全く教えてくれないのです」
後半の部分は声を潜めて囁く。もちろん父には茶会での詳細を話し犯人は王妃ではないかと伝えてあるが、絶対に口を噤んでいるように言い含められてしまった。
この国の王妃は実家が貿易港を牛耳っているせいもあって、力が強いのだ。そのため証拠もないのにめったなことは言えない。
「それは、娘が心配だからだろ」
そういってユリウスがゆるゆると首を振る。
「あの日の給仕が一人捕まったのですよね」
「しっかりとどこからか聞いているじゃないか」
とユリウスが顔をしかめる。事件のことは、見舞いに来たパトリックとロイから聞き出したのだ。
そしてそのほか、ニックも来たらしいが執事が断ったという。
「でも、給仕は身体検査していますよね? どうやって毒を持ち込んだんですか? テーブルにサーブされる前に毒見は済んでいるはずですから」
「犯人捜しなどやめろ。危険だから」
ーーいや、それ無理だから。当事者だし。
「それで思ったんです。殿下の暗殺を企んでいるのではなくて、私を殺そうとしていたんじゃないですかね?」
「なぜ、そんな発想になるんだ」
「あの状況ならば、私がバンクロフト様と殿下の邪魔をするのはわかりきったことではないですか?」
「そうか? そういう状況は久しぶりな気がするが……」
「で、このまま殿下と付き合っているふりをしていると、私は殺されてしまうような気がします。早くわかれてください」
「……どうして、そういう話になるんだ」
ユリウスの瞳が一瞬揺らぐ。
「考えてみてください。もしも、あの状況で、私がチョコレート食べなければ、殿下が食べていたわけで、私は毒を盛った犯人として、今頃処刑されていますよ?」
「君は……。まあ、いい。これ以上、首を突っ込むな」
「無理です」
「だろうね。シャロン、交際は続行だ。私も引くに引けなくなってね」
ユリウスが大きくため息を吐いた。
「引くに引けない? それは私が体をはって殿下を守ったという噂のことですか?」
ユリウスの負い目となってしまったのだろうか? しかし、彼はそれには答えず。
「シャロン、私はこれから、王宮に戻ってやらなければならないことがあるから早退するよ。分かっているとは思うが、くれぐれも王宮には近づかないように」
といって疲れたように微笑んだ。
♢
その日の昼休み久しぶりにレイチェルやジーナとランチを楽しんだ。
「嬉しいです。シャロン様が戻って来て」
とレイチェル。
「ええ、いつまでも休んでいられませんからね」
シャロンも笑って答える。
「それにしてもシャロン様、殿下から随分愛されているのですね」
ジーナが嬉しそうに言う。
「え、いや、そんな……」
多分、先週お姫様抱っこをされて、家に帰されたことを言っているのだろう。恥ずかしい。
「まあまあ、シャロン様大丈夫ですか?」
「まだ体調が万全ではないのでは?」
レイチェルもジーナも甲斐甲斐しく世話をしてくれる。
「それから、バンクロフト様が一週間ほど前から突然学園に来なくなって」
とレイチェルが気掛かりそうに言う。
「どうかなさったのですか?」
「ご病気だという噂も流れていますが、よくはわかりません」
ジーナの顔が曇る。
まさか彼女の使っている香水の件が問題になったのだろうか? しかし、ユリウスは別に彼女の話はしていなかった。
「それから、イザベラ様のグループが消滅しそうになっておりまして」
「ええ? なんでまた」
「イザベラ様がロイ様に入れ込んでいてララ様にすり寄っていて……ところがララ様が学園にこなくなってとまあ、いろいろあって私も分かりませんが」
そう言ってレイチェルが首を傾げる。
「それでなんですが、バーバラ様が今度シャロン様とお茶を飲みたいので茶会に招待してくれませんかと伝えてくれと言われました」
今度はちょっと憤慨したようにジーナが言う。
「お断りです」
シャロンがにっこり笑って答える。
「ですよねえ」
その後、三人はいつも通り、ロマンス小説の話題に戻った。
シャロンはこのまま何もなかった日常に戻っていけたらと思った。
しかし、その一方で何もなかったことには出来ない自分がいる。
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