第31話 お出かけ1
その後、二人は宝飾店にいった。お忍びで来ていたのにすぐに第二王子だとバレて特別室に連れて行かれる。
「あの、殿下あまり高いものは困ります」
ドレスも買ってもらったのに、高い宝飾品など買われては困る。つけて行くあてもないし、これではおねだりする悪役令嬢だ。
「シャロンはいつもアメジストやサファイアしか身に着けないから、こういうのもいいんじゃないかな」
といって彼に見せられたのは、透明感のある淡い黄色が美しいトパーズだった。
「綺麗な色の石ですね。今まで身に着けたことないです」
「ん、じゃあ、石はこれで決まり、今から飾りを作らせてドレスと一緒に送るよ」
「は? まさかオーダーメイドですか?」
「もちろん」
「いや、あの、ちょっとそれはやめて……」
しかし、ユリウスは、さっさと書類にサインをし始めた。
「君があまりものを買わないのは、修道院に行く準備をしているのではないかとつい勘ぐってしまってね。不安になるんだ」
と言ってにっこり笑うので、シャロンの顔は引きつった。ほぼ図星。
その後、シャロンは書店に行き、嬉々としてロマンス小説をあさりユリウスをうんざりさせ、公園を散歩して日も暮れてきたころ、食事をすることになった。
「シャロンは何が食べたい?」
「ふつうにレストランに入ると、殿下だとばれますよね」
「そうだね」
「せっかくのお忍びなので、市場の屋台で食べるのはいかがです」
「屋台か、いったことがないので、興味はあるが私は毒見が必要だから」
とユリウスが残念そうに言う。
「別に平気ですよ。私がしますから。それに今日は殿下に本まで買って頂いたので、ここは私がおごります」
大した金額ではないが、屋台は初めてではないので、道案内くらいは出来る。
「まさか! シャロンにそんなことはさせられない。やはりレストランに行こう」
「気にしないでください。
それから私たちが、どこの屋台を選ぶかもわからないのに、いちいち毒なんて仕込みませんよ。この雑踏に紛れてしまえば、通り魔的なもっと有効な暗殺方法があると思います。屈強な王家の護衛もついていますし、大丈夫ですよ」
といって、シャロンは気軽に市場に足を踏み入れた。
「身もふたもない事を言うなよ。まあ、確かに屋台ならば、話すのに都合がいいな」
ユリウスには何か話したいことがあるようだ。良い話ならいいのだが。
二人で屋台を見て歩き、シャロンは先ほどから香ばしい匂いが漂う肉の串焼きを選んだ。
「では、まずはこれから」
シャロンは串を二つ注文し店主から受け取り、二人は適当にあいているベンチに座る。
「で、話って何です?」
「ララ嬢の事だ」
いま結構楽しいので、凄く思い出したくないが、聞かないわけにいかない。
「何かわかったんですか?」
といいつつ、シャロンは毒見をしようと肉の先をちぎろうとした。しかし、肉が熱くて上手くいかない。
「いいよ、齧って」
見かねたユリウスが言う。
「それだと、殿下が私の食べ残しを食べることに」
「私はいつも人の食べ残しの冷めた料理を食べている」
シャロンは一口齧った。美味しい肉汁が口の中一杯に広がる。塊にかぶりついたせいか、いつも食べている肉よりもダイレクトに旨味が伝わる。
しかし、熱い。
「美味しいです。熱いから気を付けてくださいね」
そう言って彼に串を渡すと、何の躊躇もなくユリウスがシャロンの齧った肉をぱくりと食べるので、どきりとした。
その後二人は野菜を煮込んだスープを飲んだ。肉と野菜の出汁がよくでていて美味しい。
「へえ、屋台の食事も美味しいものだね。素材の味がそのまま味わえる。それと随分とスパイスが効いているな」
ユリウスは興味津々だ。口にあって何より。
「肉の臭みを消すためだそうですよ」
しばらく屋台料理の感想を言い合ったあと、再び話はもどり、
「シャロンもララ嬢の人気は分かっているよね?」
「はい、まあ、皆さんバンクロフト様が学園に入られた折には大騒ぎでしたね。今も人気は衰えていないようですが」
シャロンは冷め始めた肉を一口食べ、屋台で買ったさっぱりとした果実水で喉を潤す。
「ほんとにそう思う?」
「最近は人によっては、反応がかわってきているかも……」
パトリックやロイ、ニックの様子が変わった。前までもっとララに心酔していた気がする。
今は随分引いているというより、いっときの熱も冷めて以前の彼らに戻ったように見えた。
「元は私の父や学長の意向ではあったが、皆、最初は彼女を好意的に受け入れたんだ。市井の生活から、学を身に着けるのは大変だからね」
「そうでしょうね」
それは見ていれば分かる。
「だが、次第に彼女に違和感を感じるようになってね」
「私は最初からもっていました。上手く説明できないですけれど」
ユリウスはシャロンの言葉に頷く。
「だから魅了を疑った」
「え、まさか。それはないでしょう? あれって使ったらすぐにばれますよね?」
王族をはじめ高位貴族は魅了の対策をしている。過去にこの国では何年かごとに魅了の被害があったからだ。現在はそれぞれが魔道具などの護身具を身につけ自衛している。
「魅了は魔術のようなもので使えばバレる。常識ではそう思われていた」
「常識ではって、何かあったんですか?」
少し不安になる。
「ああ、魔術を使わずに魅了と同じ力を発動することが出来るとわかった」
「魅了体質ですか?」
「いや、それも一種の魔力だから、魔道具で防げる。ララ嬢にもその傾向はあるので、防御の魔道具を持たない下層の人々から、特に異性からは人気がある。問題なのは彼女の使う香りだ」
さらりと知らない事実が語られた。ララが魅了体質とは知らなかった。ユリウスはいつから気付いていたのだろう。
「香りって、何か特別な香水でも調合しているのですか?」
「彼女の使う香水は魅了と同じ効果が認められ、わずかに媚薬効果も含んでいた」
シャロンは驚いて目を見開いた。
「香水にそんな効果が? 初めて聞きました。そんなものをどこで手に入れたのでしょう? しかし、何だってそのようなものを、バンクロフト様は別に何もしなくても可愛いのに」
シャロンがララのように魅力的であったならば、そんなものをわざわざ使ったりしない。
「驚いたな、お前がララ嬢の事をそんなふうにおもっているとは」
「勘違いしないでください。バンクロフト様を褒めているわけではありません。事実を言ったまでです」
「ま、まあ……、だが、お前の方が綺麗だ」
シャロンはびっくりした。
「え! な、何を、いっているんですか! 私のフォローまでいりません」
シャロンは慌てて真っ赤になった。
「いや、別にフォローではなく、本心だ」
ユリウスをみると珍しく彼も赤くなっている。
シャロンは恥ずかしくて身の置き所がなくなり、慌てて話題をもとに戻した。
「いや、そんな事より、バンクロフト様のその怪しげな香水を取り締まれば終わりってことですよね」
しばしの沈黙の後、顔を引き締めたユリウスが口を開く。
「香水に使われているのは未知の成分であって違法ではない。この国の法律では取り締まれないんだ。もちろん、彼女に使わないように伝えるつもりだ」
その香水には魅了の効果があるから使うなと、彼が直接言うのだろうか。
「先に言っておきますが、私はバンクロフト様に物申すのはお断りです」
「お前をそんなことに使おうとは思わない」
ならば、なぜ話したのかと疑問に思う。
「この件を母上に相談したのだが、放って置けと言われた」
「なぜですか? それほど微量のものとか」
シャロンは驚いた。
「お前もみたろ。一時期、単純なニックばかりか、ロイやパトリックまで、ララに心酔していた。身近にいれば、少なくない影響を受ける。放っておいてよいはずがない。だが、王妃陛下は気付いていれば対策できるし、香水の香りの届く範囲の被害だから、禁止する必要はないという」
「そんな……」
その王妃の判断はどうなのだろう?
やはり、ヒロイン、ララにはとことん優しい世界なのだろうか。
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