第18話 私が被害者です
「おい、いい加減にしないか!」
王子が怒気をはらんだ声でそう叫んだ瞬間、シャロンの腕の拘束が解かれる。
(ふう、痛かった)
しかし、足を痛めてしゃがみ込んでしまう。そのうえ手首に赤いわっかのようなあざが出来てしまった。ニック、許すまじ。
「いたたた!」
突然叫び声を聞いて、顔を上げると王子がニックの腕をねじり上げていた。
ニックは体を鍛えていて随分強いが、あっさりとユリウスに制圧されている。
王族は体術を身に着けているが、ユリウスは相当強いのだろう。そういえば、この間ブラットも腕を捩じ上げられていた。癖なの?
「貴様、シャロンは何もしていないだろう! なぜいきなり暴力を振るった。それにララが勝手に一人で転んで紅茶を被ったところをこの場で見ていただろ。シャロンには何の過失もないことは分かっていたはずだ。それをいきなり貶めるとはどういうことだ。
シャロンに今すぐ詫びろ! それから、シャロンに話があるとこの場に誘ったのは私だ」
真っ赤になってユリウスが怒る姿にシャロンは度肝を抜かれた。それは周りも同じで、シーンと静まり返る。彼が公けの場で怒りをあらわにするのは初めてのことだ。
彼の怒る姿があまりにも美しく一瞬他人事のように見惚れてしまった。
集まってきていた野次馬たちは、皆ばつが悪そうにその場からすごすごと去っていく。そして残ったのは来年の断罪メンバーズ。
目の前では紅茶を自らかぶったララが、「ごめんなさい、ごめんなさい。私が悪いの」とふるふる震えながら涙を流している。
これではどちらが被害者か分からない。シャロンはケガだってしているというのに。誰も心配してくれない。せめて治療させてほしい。
パトリックとロイがララを慰め。ニックは王子に謝れと叱られ、悔しそうに唇を歪めている。
悔しいのも泣きたいのもこっちだとシャロンは思う。
王子はニックを放し、泣いているララに向き直った。
「ララ、その恰好では帰れないだろう。着替えを用意しよう」
イベントが始まった。ここから王子がララを着替えに連れて行くのだ。
シャロンは早くこの場を去りたいのだが、足が痛くて上手く立てない。いっそのことずるずると這っていこうかといざり始めると、突然ふわりと体が浮いた。
視界がいきなり高くなって結構怖い。
「きゃあ」
「かわいそうにシャロン、痛かったろう。治癒師に見せよう」
低く甘さを帯びた声が耳朶を打つ。あれ? 今のこの状況はお姫様抱っこでは。
「ええ! 殿下、ちょっと降ろしてください!」
「そんなことを言って、その足では歩けないだろう?」
寒気がするほどやさしい声で囁く。何か企みでもあるのだろうか? それとも罠? そしてあろうことか王妃がいる方へ向かって行く。
「あの! 歩けないのでありがたいことは確かですが、あちらには皆さまがいらっしゃってですね……」
「仕方ないだろう。あそこを通る以外ない。お前は歩けないのだから」
「……」
その通りなので黙るしかない。真っ赤になってユリウスの腕の中でちぢこまり、人々のどよめきの声が聞こえる中を通り抜けた。生きた心地がしない。
明日はいったいどんな奇想天外な噂がたってシャロンが加害者になるのだろう……。
♢
王族専用の治癒師は腕がよく手首のあざは引いた。足は少し痛む程度で、歩くのに支障はなさそうだ。
送ろうと言う王子を断り、部屋の外に出るとブラットがいた。
「シャロン、大丈夫か? けがの具合は? 何があった、情報が錯綜していてよくわからないのだが」
困惑したように言う。すると王子がずいっとブラットの前にでる。
「シャロンは何もしていない。私がシャロンに話があっただけだ。そこにララがやって来て転んで自分で持ってきた紅茶を浴びた。
それから、どういうつもりかニックがシャロンの腕を捩じ上げてけがをさせたんだ。あいつが何をどう言っているかは知らんが、シャロンに落ち度は一切ない。彼女はニックに一方的に暴力を振るわれた被害者だ」
初めて被害者認定してもらえた。涙が出そうなほど凄くうれしい。
とりあえず、話しているブラットとユリウスの横をすり抜けて馬車に向かう。
「おい、ちょっと待て一人で歩くのはまだ無理だろう」
大丈夫だと言っているのに王子が追いかけて来る。
「ちょっとシャロン待ってくれ。僕は王妃陛下からの伝言を言付かっている」
そしてブラットも追いかけて来る。
「伝言って?」
シャロンは少し不安になる。
「今起こした騒ぎの説明をしろと仰せだ」
一難去ってまた一難、悪役令嬢はなんて忙しいのだろう。
「シャロン、それには及ばない。私が行く。ブラットお前はもう戻っていい」
「しかし、王妃陛下の命令ですよ?」
なぜかシャロンではなく、ブラットが答える。
「王宮でけがをしたんだ。こちらの警備が悪かったという事だ。ニックには必ず謝らせる」
と言いながら、勝手に王子がシャロンの腕をとる。
すると反対側からブラットが来て、シャロンの腕をとろうとするとユリウスがシャロンの肩に手をまわし、それを阻む。
「殿下、シャロンは僕が責任をもって送ります。王妃陛下はあなたのこともお呼びです」
「待たせておけばいい。シャロンは私が送る」
「いいえ、僕が送ります」
「ソレイユ家に先触れはもう出してある。ブラットお前は戻れ」
などと言っている間に馬車止めに着いてしまった。
王子はナチュラルにシャロンを抱いて馬車に乗せると自分も乗り込んだ。本当に屋敷までついて来た。
まあ、ソレイユ家は一等地に立っているので王宮は凄く近いが……。
父は驚いていたが、王子からことと次第を聞くにつれ、烈火のごとく怒り始めた。
「おのれ、あのバカ息子が! シャロンにけがを負わせるとは、どうしてくれよう!」
といって息巻いている。
「まあ、まあ、お父様、けがも治してもらったわけですし」
父を何とかなだめようとする。そのうちニックに仕返しするにしても、今のところ揉めごとは充分だ。
「何もしていない女性に暴力を振るうとは何事だ」
とその後も父の怒りは冷めやらない。確かにその通りなのだが、そこでシャロンは妙案を思いつく。
「お父様、王宮は危険なようなので、私はしばらく近づきたくないのですが、王妃様のお茶会とか行かなくていいですかね?」
というと父はさすがに微妙な表情で首を傾げた。
「いや、しかし、王族からの直接の呼び出しは断るわけにはいかないぞ?」
「なら、それ以外の茶会と夜会は行かなくていいですよね?」
物凄くわがままを言っていると思うが、いざという時に修道院がある。着々と準備を続けることにした。
そしてその日のうちに、ホーキンス侯爵家からは使者がきて丁寧なわび状とお詫びの品が届いたが、ニック本人からは何も言ってこなかった。
父は慰謝料の相談をすると息まいている。
それから不思議そうに首を傾げて聞いてきた。
「お前はいつから殿下とあんな風に仲良くなったんだ。随分大切にしてもらっているようだが? それならば、なぜ、殿下は婚約を断り続けたんだ?」
と言って首を傾げる。
「さあ、殿下は自分にソレイユ家から縁談の話が来ているのを知らなかったといっていましたよ」
すると父ダリルの瞳が一瞬鋭く光り、シャロンはどきりとした。
「お、お父様?」
「シャロン、後は私に任せて、今日はゆっくり休みなさい」
と言って父は去っていった。
それにしても今日のユリウスの親切には驚いた。ちゃんと被害者認定もしてくれたし。きっとシャロンが求婚を受け入れなかったから、負い目を感じているのだろう。
(どうか来年の舞踏会で断罪されませんように)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます