第12話 なんで怒っているの?
運悪くヒロイン、ララ・バンクロフトと休日に遭遇してしまった。
「バンクロフト様……ごきげんよう」
とりあえず愛想笑いを浮かべる。気に入らなくてもそっけない態度をとったりしたら、身の破滅に繋がりかねない。どこに罠が潜んでいるか分からない以上慎重になるほかない。
「やっぱり、シャロン様じゃないかと思いました! 銀髪でとても目立ちますから」
子供の頃は金髪に比べて地味だと思っていた父譲りの銀髪も年頃になるにつれ目立つことに気づいた。絶対数が少ないのだ。
そして、ララと一緒にいるメンツがすごい。ユリウス、パトリック、ニックにロイ、そして、女生徒が二人。何かのヒロインイベントだろうか?
生憎シャロンはゲームの内容をすべて思い出しているわけではないし、すべてのルートをプレイしたわけでもない。
大人数の男女で店に入り、彼らはまるで集団デートのよう。それにヒロインと攻略対象キャラたちだけに顔面偏差値がモブ以外全員無駄に高く、そこだけエフェクトがかかったようにきらきら輝いてみえる。
というか、それ以前に休みの日にユリウスと出かけたことなどシャロンは一度もなかった。王族の彼もお忍びでカフェに来ることがあるのかと驚いた。
そんなユリウスがもの問いたげに先ほどからこちらを穴が開くほどじっと見ている。何となく落ち着かない。
折角スイーツを楽しんでいたのに、しゅっと食欲が萎む。きっと雰囲気も味のうちなのだろう。美味しく感じなくなってしまった。
しかし、そうこうするうちにララがとんでもないことを言いだした。
「あの、席、ご一緒してもよろしいでしょうか? ここの席、窓際でとても素敵ですね。そとからの眺めも最高です。ぜひこういう場所で食べたいとおもっていたので」
と前半はブラットに後半は攻略対象者たちに向かって言う。
「え? いえ・・・」
「あ、いや・・・」
シャロンとブラットの戸惑いの言葉が重なる。二人で思わず顔を見合わせた。さすがヒロイン、そしてさり気なくぐいぐい入って来る。
とりあえず、人数からいって席を譲らなければならないだろう。
そうこうするうちになぜかララがシャロンの隣に座る。
「このお店はロイ様のお父様が出資なさっているそうですよ。今日は特別メニューを出してくれるというので楽しみです」
ララだけが浮かれ、王子はどことなく機嫌が悪いし、パトリックは無表情、ニックはシャロンを睨みつけ、ロイは愛想笑いを浮かべている。そしてララの付き添いて来た女生徒はオロオロとしていた。カオスな雰囲気にシャロンは新鮮な空気が吸いたくなる。
「あ、そうだ。ロイ様、シャロン様達にも特別メニューを食べていただいたらどうです?」
「あ、いや、それが、その……数量限定で」
ロイが珍しく困ったような笑みを浮かべる。
さすが乙女ゲーム「数量限定」という女子の好きなフレーズをしっかり抑えてる。
だがしかし、この空気で何かを食べろと? 食欲はとんでもなく駄々下がりだ。
「ああ、いえ、私は結構です、充分いただきましたので、それにそろそろ家に帰らないと」
クレープシュゼットはまだ三分の一ほど残っていたが、もうすっかり食欲も消え、楽しい気分はぶち壊しだ。
いちいち人の気持ちを逆なでするララに一言言ってやりたい気もするが、そこはぐっと堪えた。
彼女に悪気はないのだろう。良かれと思って言ってくれている。
「え? 帰るのかい?」
驚いたように、ブラットが言う。
「ええ、失礼させてもらうわ。ブラット、今日は付き合ってくれてありがとう」
そう言った瞬間、殺気を感じて顔を上げるとユリウスと目があった。鋭い視線にい殺されるかと思った。
「ひっ」
(何なの急に? むちゃくちゃ怖いっ)
思わず小さく悲鳴を上げ、慌てて目をそらす。見なかったことにしよう。
「あの、ブラット様はまだいいですよね? ご一緒にいかかですか?」
さすがヒロイン、美男を侍らせる努力は怠らない。その隙にシャロンは逃げ出すことに成功した。というか結局誰も彼女を引き留めない。
ただ、王子の強い視線だけは店を出るまで感じた。彼が、何に怒っているのかさっぱりわからない。
どのみちカフェで長居をするつもりはなかった。
弟のショーンから、焼き菓子を頼まれていたのだ。気持ちを切り替え早速菓子店に向かう。
こうなったら弟の笑顔と新刊のロマンス小説に癒されよう。
そして、ユリウスの怖い顔も忘れてしまおう。
シャロンが馬車から降りると、弟のショーンが出迎えてくれた。
「姉さん! 焼き菓子!」
「ショーン!」
焼き菓子目当てに走って来る弟をガシっと捕まえて、シャロンはその日弟を構い倒した。
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