第6話 岩橋さんが『ぼっち』になってしまった理由

 一時間目が終わった休み時間、俺は岩橋さんが気になりながらも岩橋さんの席まで行って声をかける度胸など無く、チラチラと様子を伺っていた。


 岩橋さんは一人寂しそうに机に向かっている。今まで気にもした事が無かったのだが、岩橋さんの休み時間はいつもこんな感じなのだろうか? もっとも俺だって和彦が居なければ似た様な休み時間の過ごし方をしていた可能性が高いんだけれども。


「お前がそんなんでどうすんだよ」


 そんな俺の肩を呆れた顔で和彦が叩いてきた。『どうすんだよ』って言われても、どうすれば良いんだろう? いや『どうすれば良いか』じゃ無い。『俺がどうしたいか』だ。答えは十分過ぎる程に分っている。ただ、根性無しの俺が行動に移せないだけだ。そんな風にむにゃむにゃしているうちに二時間目開始のチャイムが鳴った。


 同じ様な感じで授業と休み時間が繰り返され、遂に昼休みとなってしまった。十分間の休み時間と違って昼休みは一時間と長い。ここで俺は腹を括った。


「岩橋さん、一緒にお弁当食べようよ」


 休み時間に話かける事すら出来なかったというのにいきなり弁当を一緒に食べようと誘うとは、我ながら大胆な行動に出たもんだ。うわっ、周りのみんなが目を丸くしてこっちを見てやがるよ。これって、俺じゃ無く、岩橋さんを見てるんだろうな。いつも一人でいる岩橋さんが俺の誘いに対してどんな反応をするのかを。

 そう考えると何か不安になってきた。先輩に振られた時の記憶がフラッシュバックする。いや、大丈夫。岩橋さんは人との繋がりを求めているんだ、きっと応えてくれるに違い無い。


「うん、ありがとう」


 岩橋さんは嬉しそうな声で俺の誘いに応じてくれた。俺が断られるのを期待しながら見ていたクラスメイトが驚きの表情を見せる中、和彦と由美ちゃんは岩橋さんを歓迎するかの様に手を振っている。岩橋さんは弁当箱を机から出すと口元に微笑みを浮かべた。前髪で目が隠れているのが残念で仕方が無い。きっと嬉しそうな目をしているんだろうな。


 いつもは俺・和彦・由美ちゃんの三人で食べる弁当タイムに岩橋さんが加わった。俺は何か喋りたかったのだが、どうも意識してしまって言葉が出ない。その結果、黙々と弁当を食べる事になってしまっている。せっかく根性見せて誘ったってのに……これじゃ逆に岩橋さんも息が詰まるんじゃないか? 

 するとそれを見かねたのだろう、由美ちゃんが話を切り出してくれた。


「岩橋さんって、おとなしいよね。休み時間とか、何してるの?」


 いきなりの質問に岩橋さんは戸惑った。戸惑うと言うより、答えに困っているのだろうか、少し困った様な感じで箸が止まった。


「一人で本読んだりしてるかな。私、友達いないから……」


 寂しそうに答える岩橋さんに由美ちゃんは呆れた顔で言った。


「友達いないって……もう二ヶ月も経つのに?」


「うん。最初の頃は話しかけてくれる人もいたんだけど……」


 岩橋さんによると、入学当初は隣りの席の子等と少しは話をしてはいたのだが、時間が経つにつれ女子の中にグループが出来てきて、内気で引っ込み思案な岩橋さんは少人数なら話が出来てもグループという多人数では上手く話が出来ず、いつしか孤立してしまったらしい。

 うん、解るぞ、その気持ち。俺だって和彦がいなかったら……そう思うと胸が苦しくなって来る。すると由美ちゃんが言った。


「なるほど、岩橋さんは少数精鋭ってわけね」


 いや、なんかそれは違うと思うぞ。まあ、なんとなく言いたい事はわかるけど。ともかく岩橋さんが周囲から嫌われているわけでは無いとわかっただけでも一安心だ。後は本人次第ってヤツか……って、それは岩橋さん自身が一番わかってる事なんだろうけどな。

 ともかくそれからは由美ちゃんが上手くリードしてくれて、岩橋さんと俺達は色々な話をする事が出来た。と同時に俺は「やっぱり女の子には女の子の友達が必要なんだな」と心の底から思ったのだった。

 

 その夜、俺は考えた。人ってどうやったら変われるんだろう? 内気で引っ込み思案な自分を克服し、社交性の高い人間になるにはどうすれば?

 もっとも、それが分からないから岩橋さんも苦労してるんだろうな。それは俺だって同じ事なんだけど。だが、一つ思う事はある。それは生まれながらにして引っ込み思案なヤツなんて居ないんじゃ無いかって事だ。なんたって俺が多人数相手に上手く話が出来なくなった原因は自分でわかってるからな。ココでは言いたくないけど。


 まあ、俺の事はどうでも良い。今は岩橋さんの事を考えよう。顔を前髪で隠している女の子は自分に自信が無いとか内気だとかいう説があるが、それは逆に言えば自分に自信が無かったり内気だからこそ前髪で顔を隠しているという事だ。問題はなぜ岩橋さんが自分に自信が持てないか、なぜ内気な女の子になってしまったかだ。幼少時に何かあったのだろうか? だが、こればっかりはいくら考えたところで俺にわかる訳が無い。かと言って本人に聞くわけにもいかないし……難しいところだな。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る